第12話 白黒の髪は好きですか? 嫌いですか?

 ──何だろう? 阿釉アーユ、さっきと何かが違うような……


 逆光を浴びて金色に輝く銀髪を目で追う。さらりと、蜘蛛の糸のように細い髪が、輝き続けていた。

 ついと、きれいだなと呟く。


「……? 爛清バクチン、どうしました?」


「え? あ、ああ、いや……うっ!」


 ズイッと、全 紫釉チュアン シユの美しい顔が近づく。

 長いまつ毛の下から見えるのは、男とは思えないほだに大きな瞳だ。白くきめ細かな肌や、艶めかしい薄い唇。少し力を入れただけでもポッキリと折れてしまいそうな首も、細い体も、すべてが悩ましいほどの色香を放っている。


 そんな彼に、口づけができそうなほどに近づかれ、爛 梓豪バク ズーハオはたじろいでしまった。

 

 心臓が高鳴る。鼓動が早まり、渇いていないはずののどがカラカラになっていった。

 冷たい風を体に受けているのに両手が熱くなっていく。


 ──本当に、きれいな顔してるな。これだけ美人だとやっぱりもう、誰かのものなんだろうな。


 そう考えた瞬間、胸の奥がチクりと痛んだ。


「……?」

 

 未だに、この痛みの理由がわからない。

 小首を傾げて、きょとんとなった。


爛清バクチン、私を無視するとはいい度胸です」


「え!? あ、えっと……いてっ!」


 全 紫釉チュアン シユに、頬をつねられる。ただ、そんな些細な行動ですら、爛 梓豪バク ズーハオは嬉しいとすら思えてしまった。同時に、言い知れぬ緊張を眉に乗せる。


「変な人ですね」 


「あ、あはははは……ん?」


 笑って誤魔化していたとき、違和感の正体を知った。起き上がり、今度は彼自身が全 紫釉チュアン シユに顔を近づける。


 全 紫釉チュアン シユはビックリしながら数歩、後退った。ふたりの間に白月パイユエを置いて、これ以上距離を近づけるなと、警告のようなものを発している。


 けれど頭のよくない爛 梓豪バク ズーハオには、何の効果もなかった。白月パイユエを持ち上げる。自らの腕を椅子代わりにして、そこへ子供を乗せた。

 あまりにもきれいに流れる扱いに、白月パイユエはきょとんとしてしまう。小首を傾げ、遊んでくれるのかと、瞳に期待をよせていた。

 

 爛 梓豪バク ズーハオは子供の頭を撫でなから「また今度な」と、受け流す。本題の疑惑の元へと視線を走らせ、全 紫釉チュアン シユの全身をくまなく凝望していった。



「……阿釉アーユ、よくやくわかったよ」


「はい?」


 全 紫釉チュアン シユはこてんっと、首を横に動かす。


「いや。何か、阿釉アーユの見た目に引っかかってたんだ……」


「むっ! どうせ私は、女みたいな顔ですよ!」


「え? いやいやいや。違うって。そうじゃなくて……」


 機嫌を損ねてしまったようだ。爛 梓豪バク ズーハオは慌てて、彼のご機嫌取りをする。


 しばらくそれが続いた。爛 梓豪バク ズーハオは頭を掻き、ため息をつく。そして、奥歯に引っかかっていたある疑問をぶつけた。


「……阿釉アーユ、髪の一部が黒くなってないか? ほらそこ。両端が……」


 問題の箇所を指差す。そこには、耳に近い左右の一部が黒へと変色した髪があった。一房というべきか。夜にも負けないほどの漆黒で、銀髪の中にあって、かなり目立つ。

 

「……っ!?」

 

 指摘を受けた全 紫釉チュアン シユは両目に涙を溜めて、キッと彼を睨んだ。両手で黒髪になった部分の先を握り、子供っぽく頬を膨らませる。

 黒髪になっている部分で口を隠し、ううーと唸った。


「と、時々、髪の一部がこうなるんです。理由も、いつ、戻るかもわかりません」


 恥ずかしそうに、そっぽを向く。耳まで真っ赤にさせながら、黒髪部分だけを引っぱったりしていた。

 その姿勢のまま、上目遣いで見つめられる。


「へ、変、ですよね?」


「うっ、ぐぅ! んんっー!」


 全 紫釉チュアン シユの、見た目よりも幼い行動。儚い見目を裏切らない庇護欲をそそる姿に、爛 梓豪バク ズーハオの心は打たれていった。


 ──やっべぇ。めちゃくちゃ可愛い。こんなの見せられたら、ギュッてしたくなっちゃうじゃないか。


「……こほんっ! べ、別にいいんじゃねーの?」


 その場で四つん這いになりたい気持ちを押さえ、平常心を装う。

そう言いつつも、チラチラと爛 梓豪バク ズーハオを見た。


 遊んでほしいとじゃれつく白月パイユエにたいし、優しく頭を撫でている。子供の乱れた服を直し、身なりを調えていった。指で影絵を披露しては、白月パイユエと一緒に笑っている。


 ──阿釉アーユ、本当にきれいだな。ただきれいなだけじゃなくて、子供の扱いも上手い。もしかして、子を想う母性のようなものがあるのかな? でもそうなると、だ。今の俺と阿釉アーユは、子持ちの親……夫夫ふうふってことになるのか? 


 そう考えるだけで、にやけてしまった。


「よーし! 気を取りなおして、目的地へ行くか!」


 ──やべぇ。何かよくわからないけど、めちゃくちゃ嬉しい。


 心の中に生まれた不思議な感覚に疑問を持ちながら、全 紫釉チュアン シユの肩に腕を回す。そしてロバに乗るように促した。


 全 紫釉チュアン シユは膝に白月パイユエを乗せ、ふふっと微笑する。



 こうしてふたりは本来の目的地へと向かうため、来た道を引き返していった。

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