第11話 半分人間じゃないのは嫌ですか?

 冬の冷たい風が、ふたりの体を突き刺していく。山茶花さざんか睡蓮すいれん蝋梅ろうばい。様々な花が、風に乗って舞っていた。

 厚い雲がゆったりと動く青空には、まぶしいまでの太陽が輝いている。周囲にある高い山々によって、トンビたかの鳴き声が木霊した。




「……親父は、多忙な人でさ。子供の俺ですら、滅多に顔を見ることはなかった」


 ロバの紐をひきながら、砂利道を歩く。

 表情には明るさはなく、淡々とした瞳をしていた。父への複雑な感情を隠すことなく、まっすぐ前を見ながら口を動かす。


「母上が亡くなってから、親父は変わっちまった。笑うこともなくなって……必要以上に、俺に干渉してくるようになったんだ」


 子煩悩と言えば聞こえはいい。けれど実はそうではなかった。亡くなった妻を息子に重ね、ことあるごとに、爛 梓豪バク ズーハオのやることに口出しをしてしまう。どこへ行くにもついてきて、何をするにも、細かく指示を出してくる。


「それが嫌で、お師匠様の力を借りて、家を出たんだ。もう、三年ぐらい前の話だけどさ」


 縛られることを嫌う彼にとって、相当窮屈な生活だったよう。深いため息とともに、口を尖らせた。


「親父のことは嫌いじゃないよ。優秀で、すっげぇ強いってのは知ってるし。政治のやり方なんて見習える部分がある。だけど……」


 神妙な面持ちで空を仰ぎ見る。

 

「俺は俺なんだ。母上じゃねー!」


「……子供のわがままですね」


「う、ぐっ!」


 同情してもらいたいなどと、思ってはいなかった。けれど、もう少し言葉を選んでほしいよと、傷心した気持ちで肩から崩れていく。

 ロバを繋ぐ紐を持ったまま、砂利道の上にうずくまった。いじけるようにのの字を書き、ひたすら全 紫釉チュアン シユが冷たいと抗議する。


 冷めた態度の全 紫釉チュアン シユは、残念なものを見るような眼差しになった。ロバの頭を撫で、眠そうにしている白月パイユエを優しく抱きしめる。


「片親だったとしても、いるだけいいじゃないですか。子煩悩だって、愛しているという証だと思いますよ?」


 風に靡く銀の髪を押さえた。耳にかけ、彼と一緒に青空へ視線を走らせる。


「……私はあなたではないので、幸せかどうかなんてわかりません」


 親が子を心配するということは、愛情が表に出ているからそこ。でなければ、家出したくなるほどに鬱陶しとは思わないはずだ。

 そう、口にする。


 全 紫釉チュアン シユの透き通る声が、風に乗って爽やかな音へと変わった。


「…………」


 爛 梓豪バク ズーハオは瞳を大きく見開く。

 ふっ切れてはいないけれど、先ほどよりは表情に柔らかさが戻っていた。


「親父はしつこいぐらいに俺に絡んできてたから、寂しいとかはなかった。でも……」


 全 紫釉チュアン シユに真向かう。


「親父は、本当に母上を好きだったのか。それがわからないんだ。母上の話をすると凄く怒ったし、辛そうな顔をするんだよ」


「…………」


 腰をあげた。両目をつぶり、大きく深呼吸する。


「正直言うとさ。過干渉なことはオマケみたいなものなんだ。俺を見るたびに泣きそうな顔をする親父……それが嫌で、家を出たんだよ。お師匠様には、もう一人立ちしても大丈夫だって言われたから、夜の内に飛び出したんだ」


 そのときに、お師匠様襲撃事件に出くわしたことを教えた。


 懐かしいなと頬を掻き、全 紫釉チュアン シユの長く美しい銀髪を指に巻きつけていく。ふと、全 紫釉チュアン シユが、その指を握った。


「あなたが、今にいたるまでの事情はわかりました。書物に書いてあった人たちが、あなたの両親だということも。ですが書物に書いてある人たちは、百年以上も前の人たちの話ですよ?」


 爛 梓豪バク ズーハオが二十歳であるならば、年数的におかしなことになる。


 何もかもを見透かすような大きな瞳を向け、確信をつく言葉を放った。


 この顔に弱い爛 梓豪バク ズーハオは、うっとたじろいだ。弱腰になり、苦笑いする。えっとと、視線を外しては頬を掻いた。

 けれど全 紫釉チュアン シユから送られてくる、無言の圧力に心が折れていく。盛大なため息をついてはははと、から笑いした。


阿釉アーユだから言うけど……俺、半分人間じゃないんだ」


「……?」


「うんうん。混乱する気持ち、わかるよ」


 変わらぬ声音こわねのまま、全 紫釉チュアン シユの肩をポンポンと軽くたたく。にかっと、白い歯を見せながら頷いた。


「だって俺、半分妖怪の血をひいてるからさ。見た目以上の年齢なんだわ。ざっと、百歳は越えてるんだ」

 

 さも、当然のように言う。

 そのことに誇りすら持っているように、胸をはって自慢した。


 ──まあ、どうにもならないことだしな。考えたって、妖怪の血が消えるわけじゃないし。


 開き直りのようなものを心に含ませ、笑顔を崩さずに全 紫釉チュアン シユを見つめた。

 美しい青年がどう反応するのか。それについての反応め楽しみだなと、面白半分な気持ちになっていた。しかし……


「……ああ、半妖ですか?」


 全 紫釉チュアン シユのあっけらかんとした態度に、爛 梓豪バク ズーハオの表情が固まる。


「……うん? えっと、君は俺の話聞いてた?」


「それはもちろん。でもですねぇ……うーん。だから何? って話ですよ。私にとっては、ね」


「え? ええー!!?」


 全 紫釉チュアン シユの予想外の反応に、彼は心の底から声を出して驚いた。身振り手振りで生まれなどは重要だと、一から説明していく。

 

「……言いたいことはわかります。でも、それであなたの何が変わるんです?」


「え?」


「私の知る爛 梓豪バク ズーハオは、考えなしの無鉄砲な男です。半分妖怪だったとしても、それが、あなたの性格に影響ありますか?」


 ふっと微笑んた。外されることのない視線そのままに、細長い指が爛 梓豪バク ズーハオの両頬へと触れていく。


 突然触れられ、爛 梓豪バク ズーハオの心臓が一気に高鳴る。声を出すことも忘れるほどに、目の前の美しい青年へ魅入ってしまった。

 冬の風が当たって寒いはずなのに、両手は汗でいっぱいだ。服で隠れている背中などの肌も汗でべったりとなっている。


 ──やっべぇ。俺、何か変だ。阿釉アーユ見てると体が熱くなる。手汗が凄いし。心臓なんか、かなり早く動いてるんだよなぁ。


 この気持ちは何なのか。それを伝えることもできず、モヤモヤした。


 ふと、全 紫釉チュアン シユの細い指が離れていく。いつの間にか石積みをして遊んでいる白月パイユエの頭を撫で、抱っこした。


「──私は、私が出会った爛清バクチンしか知りません。たった数日しかともにしてませんけど、その中であなたは妖怪としての悪を働きましたか? 人間としての善を行いましたか?」 


「…………」


 ふわり、ふわり。山茶花さざんか睡蓮スイレンなどの花びらが、四方から舞ってくる。白月パイユエが手を伸ばしてそれらを掴んだ。爛 梓豪バク ズーハオへと笑顔で手渡し、きゃっきゃっと喜ぶ。


 花びらを受け取った爛 梓豪バク ズーハオは、表面に触れた。滑かで、微かに香る優しい匂い。それらに、ついつい頬を綻ばせてしまった。

 

爛清バクチン、忘れないでください。人間だって悪に染まる。妖怪でも、いい行いをする者もいる。どちらがいいかではなく、どちらもが、ひとつの存在なんです」


 腕が疲れたと言って、白月パイユエを渡す。子供を渡された爛 梓豪バク ズーハオは苦笑いした。白月パイユエにベロベロバーをして、子供と一緒に笑う。


「妖怪とか、人間とか……そんなのは私たちには関係ありません。だって私たちは……」


 風に靡く銀髪を押さえた。女神と謡われた見目のまま、儚げに微笑む。


「もう、友だちなんですから」


 さらさらと、美しい銀髪がたゆたう。太陽の光を受けて、金色にも見えた。

 それを目で追う爛 梓豪バク ズーハオは、言葉を飲みこんでしまう。全 紫釉チュアン シユの美しくも儚い色香に、ゴクッと喉を鳴らした。


 ──やっぱり、きれいだ。阿釉アーユが、俺だけのものになってくれたら……って! 何んでそんなこと考えてるんだよ、俺は。


 ぶんぶんと、首をおもいっきりふる。赤くなってしまいそうになる顔を隠しながら、その場にしゃがんだ。

 

「どうしたんです?」


「い、いや。その……あれ?」


 髪を押さえて見下ろしてくる全 紫釉チュアン シユに気づき、彼は顔をあげる。そのときだった。


 ──何だろう? 阿釉アーユの髪、何かおかしくないか?


 それが何なのか。爛 梓豪バク ズーハオは、わからずじまいだった。

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