第9話 過去を映す蝋梅
静かに眠っていたはずの
あやしても泣きやまない。泣き声は大きくなるばかりだった。
「おいおい。どうした
「あ、もしかして! お漏らししちゃったのか?」
近くにある木陰まで歩き、地面へ腰かけた。
「……おや? 特に濡れてはいませんね? そうなると、お腹の方ですかね?」
「ええ? でも俺らは、あげれねーだろ?」
どうするんだよと、途方に暮れる。
「……そう、ですね。こんなところでは、乳母なんていないでしょうし」
お腹を空かせた赤子にとって、お乳は命綱だ。けれどふたりとも男ということが災いし、空腹を満たしてあげることが不可能となってしまう。
このままでは餓死してしまうのではないか。彼らはそれを疑念し、何とかしようと動き回った。
「───む、無理だ。俺たちじゃ、子育て無理だ」
「だからって、捨てるわけにはいかないしなぁ」
もういっそのこと、寺の前に置いてきてしまおうか。そんな、心にもない思いつきを呟いた。
「そんなことしたら、私は
はっきりと言いきる。
「ひ、えっ……じょ、冗談だよ! 俺だって赤ん坊を置き去りにしようなんて、これっぽっちも思ってないから!」
「本当に?」
「もちろんです! 男に二言はありません!
──情けない人ですね。まあ、正直な人といえば、そうなんですが……。
お調子者だけど、悪い気はしない。
長く、美しい髪をたなびかせた。踵を返し、赤子を抱いたまま、
「
きゃっきゃっと、腕の中で笑う赤子の手を握った。赤子らしい暖かさと、もちもちとした柔らかい指が、
「この関所から北へ進むと、道なりに宿屋があるそうです。そこまで行きましょう」
「え? いつの間に聞いたの?」
「ふふ、私は要領がいいんです」
「……自分で言うか、それ? まあいいや。それよりも
歩きだした
「ほら。何をしているんですか
「うわっ!
ふたりは嫌がるロバを引っぱりながら、来た道の反対方向の出入り口へと向かった。けれどもう少しで出入り口だというところで、
「……
優しい声で語りかけた。立ち止まって、赤子へ微笑みを送る。
それでも
黄色い花をつけた木だ。
「…………これ、
ふらり、ふらりと、大木に誘われるかのような足取りで近づいていく。
「蝋梅? 名前からして、梅ってことか?」
「ええ、そうてす。落葉樹のひとつで、この
「何だそれ? 大層な名前だな」
ざあー……
冬の風が、彼らの髪をたなびかせていった。ふたりは髪を手で押さえながら、蝋梅の木を凝視する。
「蝋梅は冬に咲く花です。黄色い花びらをつけ、それが満開になると、木が持つ記憶を教えてくれる。そう、言われています」
発端は、関所が
そのときから、蝋梅は記憶の渡し木と呼ばれるようになる。
「本当かどうかはわかりません。でも、蝋梅の木が見せてくれた過去があったから、関所の事件は解決した。とも、聞きます」
そっと、何気なく、蝋梅へと触れた──
そのときだった。
この光を直接受けた
「…………」
「……っ!? 何だこれ!?
「…………」
腕を掴まれた
「
光り続ける蝋梅を背に、
「……いったい、何……っ!?」
残された
「……あれ、は……」
ゆらり、ゆらりと、煙のような何かが現れる。それは人の形に変わり、蝋梅の前で蛍火のような淡い光を放っていた。
『──届けたい。頑張っていたことを。人が好きだから、守りたいって思える存在だから……』
『うん、届けよう。君の思うようにすればいい。私は、君に付き従うだけだから』
届けたいと願う存在は小柄な女性だ。美しい銀の髪をたなびかせた、とても端麗な顔立ちの女性だった。
その女性に従うのは大柄な男性である。漆黒の髪を三つ編みした、美丈夫だった。
どちらもが非常に整った顔立ちをしている。そんな美しい人たちは互いに肩を並べ、寄り添っていた。
やがて、ふたりの姿が揺らめいていく。煙へと姿を変え、人の形を崩していった──
彼らの姿を目にした瞬間、
「──親父、は、はうえ」
そう呟く
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