向き合う心

第8話 禁止された名

「……いやこれ、地図逆さまじゃねーか」


 来た道を引き返している途中で、彼らは立ち止まった。

 砂利道の端にある木に、ロバを繋げる。全 紫釉チュアン シユはロバから降りることなく、赤子を抱えながら視線を逸らした。


「…………すみません。どうやら私、地図を読めないっぽいです」


 逆さまにしていたことにより、目的地とは真逆の陸路を進んでいた。そのことに反省の色は示しているものの、追及はしないでほしいと訴える。


 爛 梓豪バク ズーハオは脱力し、空を仰ぎ見るしかなかった。


「一応聞くけどさ。さっきの茶屋は、東西南北のどこだって思う?」


「え? ええと、王都が國の最北端にあるので……あっ! わかりました。反対側ということは、南ですね!?」


 自身満々に胸をはる。


 瞬間、爛 梓豪バク ズーハオの顔色は悪くなった。その場にうずくまり、頭を抱えてしまう。


「嘘だろ……東西南北わかんないやつとか、本当にいるとか。あのなぁ、よーく聞けよ? 茶屋は西だ」


「西? でも王都は北ですよね? その反対側ということは、南では?」

 

「反対側って言っても、途中で東西南北が変わってんの! わかる!?」


「…………?」


 全 紫釉チュアン シユは、彼が何にたいして絶望しているのか。それはわかっていた。けれど内容について納得できなかったので、ひたすら南だと言い続ける。


 最終的には爛 梓豪バク ズーハオが折れ「方向音痴のやつって、本当に存在してるんだ」と、あきれてしまった。


「あー、うん。もう、いいよ。ってか、これからは俺が地図持つからさ」 


 げっそりとなってしまう。それでも見捨てないあたり、面倒見のよさが伺えた。

 この話は終わりだと、木に繋げていたロバを離す。ロバは再び歩きだした。


 □ □ □ ■ ■ ■


 しばらく道なりに進むと、赤煉瓦の屋根が見えてきた。建物の前には門があり、左右にひとりずつ兵が立っている。

 

「ここ、関所だよな? 何て名前なんだ?」


 入り口には、関所名が記載されている看板がなかった。そのこと疑問を持った様子の爛 梓豪バク ズーハオに、視線で質問される。


「……ここは百五十年ほど前に、一度滅んだんです。妖怪たちの襲撃にあって」


 風に靡く銀髪を手で抑えながら関所を凝望した。爛 梓豪バク ズーハオの顔を見つめ、再び関所へと向き直る。


「【中秋の悲劇】は、聞いたことありますか?」


 そう、尋ねた。


 爛 梓豪バク ズーハオは両腕を組み、うーんと考えこむ。しばらくして何かを思い出したかのように「あっ」と、声をあげた。


「……お師匠様に教えてもらったことがある。どこかの関所が妖怪の襲撃にあって、一夜で滅んだってやつだったような? 当時は関所を中心に、ふたつの仙門が東と西を治めてたって話だった。いろいろあって今は合併して、【黄黒きこくの仙楽】になったんだ」


「……詳しいですね」


 爛 梓豪バク ズーハオは胸をはる。


 全 紫釉チュアン シユが赤子を抱いたままロバから降り、門を見上げた。


「当時……今から百五十年ほど前。ここは【友中関ゆうちゅうかん】という名の関所でした。妖怪に攻められて以降、名をつける度に不運に見回れたそうです。そういった経緯から、この関所は無関むせきとして、地図にすら載せることを許されない場所になったそうです」


「名前のない関所、か。何か、寂しいな」


 爛 梓豪バク ズーハオの呟きに、全 紫釉チュアン シユ相槌あいづちをうつ。彼の隣に立ち、関所を守る兵たちと話した。


 兵たちは快く彼らを中へと案内する。


 中には、突飛した何かが置かれているわけではない。建物も普通で、真新しさもなかった。人は疎らで、数人の兵が巡回しているだけのよう。一般人の姿はなく、寂れた関所だった。


「……災厄に見舞われる前までは友中関ゆうちゅうかんと、呼ばれていたそうです。でも今は、その名前は鬼門とすらされています」


 爛 梓豪バク ズーハオにしか聞こえないように囁く。

 

「口にしてはいけない、ってやつか」


「昔はこの関所の周辺に、村があったそうです。けれど災厄に巻きこまれ、一瞬で滅んだとも聞きます」


 ふたりは関所の中を進んでいった。

 数人の兵が彼らを見ては会釈をしていく。瞬間、ひとりの兵が、全 紫釉チュアン シユの腕を掴んだ。


「え?」


 全 紫釉チュアン シユは驚き、両目を見開く。銀の髪をふわりと流し、瞳に恐怖の色を乗せた。


「あっ! お前、阿釉アーユに何してやがる!?」


 爛 梓豪バク ズーハオの怒りは、兵を殴りつけてしまう。全 紫釉チュアン シユを背中に庇い、がルルと威嚇していた。その姿は、主に忠実な大型犬のよう。


 全 紫釉チュアン シユは苦笑いし、彼の肩に軽く触れた。


「大丈夫ですよ爛清バクチン、ちょっと掴まれただけですから。それよりもなぜ、こんなことを?」


 睨むのではなく、微笑む。あくまでも相手を上に持たせたやり方で、静かに問いかけた。

 すると兵はハッと我にかえり、慌てて謝罪をする。


「も、申し訳ありません! その……とてもよく似ていたもので……」


「……?」


 兵の言葉に、彼らは互いの顔を見合せるしかなかった。ふたりは首を傾げ、どういうことかと尋ねた。


 兵はしどろもどろに語り始める。


「あ、いえ……この関所が友中関ゆうちゅうかんと呼ばれていた頃、あなたと似た髪色の方がいたと、書物で読んだことがありまして」


 懐から一冊の古びた本を取り出した。それをめくり、ふたりに見せた。

 

 本の中身に目を通せば、そこにはふたりの人物画が描かれている。ひとりは長身で黒髪、もうひとりは薄い髪色の人だった。

 黒髪の方は優しく微笑み、視線を薄い髪色の人へと向けている。

 薄い髪色の人は女性だろうか。とても儚く、手に持つ花がよく似合っていた。

 そんなふたりは、ともに整った顔立ちをしている。


「かつて、友中関ゆうちゅうかんが妖怪に襲われたとき、このふたりが守ってくれたそうです。それ以降、彼らは関所にとっては神として崇められました」


 災厄が訪れるたび、ふたりに祈りを捧げた。そうすると災厄は自然となくなっていくのだと、夢物語のように語っている。


「そ、そちらの方の髪色が、ここに描いてある人と同じな気がして……」


 全 紫釉チュアン シユへ、視線が集まった。

 

「まあ、この髪色はかなり珍しいですからね」


 片手で白月パイユエを抱えながら自分の髪を弄る。口を尖らせ拗ねれば、子供っぽい仕草をした。


 爛 梓豪バク ズーハオはそれを見るなり両手で顔を隠しては「ハオ!」と、叫ぶ。我慢できなくなり、全 紫釉チュアン シユを抱きしめた。


「……子供扱いしないでくれません?」


「えー? だって、めちゃくちゃ可愛いじゃん!」


「…………二十四の男に可愛いって、おか……」


「え!? お前二十四なの!? 俺より年上かよ!」


 俺は二十歳なんだぞと、若々しさを自慢するように胸をはる。


 そんな彼にたいし、全 紫釉チュアン シユは頭痛を覚えた。眉間にシワをよせ、大きなため息をつく。彼の頬を軽くつねり、残念なものを見る眼差しになった。


「話の論点、ズレてますよ? 今は、そんな話をしてはいません」


 説教されてブー垂れてしまった爛 梓豪バク ズーハオを無視し、兵を凝視しする。


 兵は慌てて頭を下げ、書物を渡してどこかへと行ってしまった。


 ふたりは苦笑いし、書物を見つめる。

 黒と白。対照的なふたりが美しく描かれた絵巻で、物語のようになっていた。一頁、また一頁と、めくっていけば、最後はふたりが大木を前に手を握っている姿になった。

 

「絵ならあるけど、文字がねーな。想像しようにも、いまいちわからねー」


 爛 梓豪バク ズーハオの意見に同意する。頷き、書物を閉じた。


「……私のような髪色をした人が、過去にもいたのには驚きました」


 書物を懐にしまい、関所の中を歩く。直後……


 腕に抱えていた白月パイユエが、大声で泣き出してしまった。

 

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