第二章 昔語り

第7話 人ならざる者の町

 翌朝、爛 梓豪バク ズーハオ全 紫釉チュアン シユは宿屋を出発した。

 外に繋いでいたロバを引っぱり、白月パイユエと名づけた赤子とともに村を後にする。





 パッカパカ……

 ロバはゆっくりと歩いていた。背には銀髪の美しい麗人、全 紫釉チュアン シユを乗せている。腕に白月パイユエを抱えながら、静かに子守唄を口ずさんでいた。

 そのロバを引っぱって歩くのは爛 梓豪バク ズーハオだ。彼は、ロバを睨んではため息を吐く。


「ったく、このロバめ。俺の言うことはまったく聞かないくせに、阿釉アーユの命令だけは素直に聞くんだな?」


 宿屋を出発する際、ロバは嫌々と、その場から動こうとはしなかった。

 キレた爛 梓豪バク ズーハオが無理やり紐を引っぱり、歩かせようとする。そのとき、全 紫釉チュアン シユがロバの頭を撫でた。瞬間、先ほどまで我が儘を繰り返していたロバが、コロッと態度を変えたのだ。全 紫釉チュアン シユへとすりより、甘えた鳴き声をだす。




「……この、エロロバめ!」


 経緯を思い出し、ロバを睨んだ。


 ロバは小馬鹿にしたように笑っている。歩くたびに小石を蹴りあげた。

 わざとかと思えるほどに器用な行動に、彼は怒り心頭となっていく。ロバの耳を引っぱり、威嚇した。


阿釉アーユに何かしようものなら、ぶっ飛ばすからな!?」


「……いや、あなたは何を言っているんです?」


 ロバの背中の上で赤子を癒す全 紫釉チュアン シユが見下ろしてくる。あきれたような表情でため息をつき、ロバの後頭部を撫でていた。

 銀の髪がさらりと流れる。

 太陽の光を受けた髪と白い肌が合わさり、まさに美貌の女神といった儚さを見せていた。


 爛 梓豪バク ズーハオはゴクッと喉を鳴らし、視線を逸らす。


 ──相変わらず、阿釉アーユはきれいだな。一人占めできたらどれだけいいか……


「そ、それよりも! 王都への道は、こっちで合ってるのか?」


 心の中にある負の感情を隠し、前方を指差した。

 そこには二又に別れた道、手前には古びた茶屋が建っている。茶屋の屋根は茅葺かやぶきで、こじんまりとしていた。

 爛 梓豪バク ズーハオはロバを引っぱりながら茶屋へと向かい、店主を呼ぶ。


 出てきた店主は彼らを見ては、愛想笑いで注文を求めてきた。爛 梓豪バク ズーハオはしかたなく、適当に頼もうとする。すると……


「私はサンザシ飴と包子パオズ青椒肉絲チンジャオロースと炒飯。それからお饅頭に、油淋鶏ユーリンチーと桃饅みっつお願いします」


「……え!?」


 ロバから降りた全 紫釉チュアン シユが我先にと、食べ物をご所望していった。それは数えきれないほどで、茶屋の献立表に記載されているもののすべてのよう。


「せっかくなので、お昼にしましょうか。店主、お願いしますね」


 にっこりと微笑む。それは美しいけれど、有無を言わせない妙な厚がある。


 店主は慌てて奥へと入っていき、爛 梓豪バク ズーハオは呆然と立ち尽くした。


「……え? あ、いやいやいや。そんなに食べれないだろ!?」


「え? 普通ですよ? というか、私にしては少ない方ですねぇ。今日はあまりお腹空いてないので、いつもより少食ですけどね」 


「少食って……」


 爛 梓豪バク ズーハオは理解が追いつかない。混乱と、無理してないかという気持ちでいっぱいだった。しかし……


 数十分後、注文した食品のすべてが空となった。


「……嘘、だろ?」


 絶句したのは彼だけではない。店主はもちろん、野草を食べていたロバですら、食事を忘れて両眼を大きく見開いていた。


「はー、美味しかったです」


 完食した本人は、呑気にお茶をすすっている。


「あ、あれだけ大量の飯を……おまっ、こんな細い体のどこに入るんだよ!?」


 華服の上からお腹を触ってみた。けれど膨らんだ様子は微塵もない。ほっそりとしていて、肉づきが悪いほどだった。


「まだ、いけますよ?」


「やめれ! 見てる俺の胃がおかしくなるから! それと、お金ないから! これ以上食べたら俺ら、無一文になるからな!?」


「むー……それは、困りますね。わかりました。やめておきましょう」


「わ、わかってくれて嬉しいよ」 


 ──阿釉アーユ、見た目すごくきれいで可愛いのに、めちゃくちゃ欠食男子じゃねーか。お師匠様が、無限胃袋は存在するって言ってたけど……本当だったんだな。


 どっと、全身に疲れが生じていく。


「……まあ、いいか。それよりも店主、ちょっと道で聞きたいんだけど」


 王都への道は、こっちでいいのかを尋ねた。


「え? 王都ですか? お客さん、それはこことは反対側ですよ?」


「ん? 反対?」


 反対とはどういう意味なのか。小首を傾げながら、再度問う。


「はい。こっちの道……そこにある二又の道は、右は幽霊谷ですね。幽霊やグゥイが住んでいると言われている谷です。で、左は今はなくなってしまいましたが、昔は町だったところです。名前は確か……鬼魂グゥイコン、だったと思います」


 恐る恐る、店主は話していった。


 店主の話によると、百年ほど前に滅んだ町とのこと。滅ぶ前は、人間のまま妖怪と化した半端ものが集う町だった。鬼女をはじめ、魂魄こんぱくだけの者などもいた。

 彼らは、人間たちに悪さをするわけではない。近くにある幽霊谷に捨てられた人間たちを迎え入れては、楽しく暮らしていた。


 けれどある日、突然、町は滅んでしまう。


「一夜にして滅んだとは聞いておりますが、理由は存じ上げません。ただ……」


「ただ?」


 彼らは、二又の道を目で追いかけた。

 何もない、荒れ果てた道は、野生動物ですら寄りついていないよう。鳥ですら地上に降りることを避け、どこかへと飛んでいった。


「わたくしめが又聞きしたお話になりますが、当時あの町は、幼子が支配していたとか」


 全 紫釉チュアン シユが使用した食器を片づけながら、淡々と口にする。


「まだ五、六歳の子供だったそうです。実権は他の方が握っていたそうですが、その幼子が原因で全滅したとも噂されておりますね」


 爛 梓豪バク ズーハオからお代を受け取った店主は頭を下げた。そして彼らが来た道を指差し、王都は戯山きざんを越えた先だと伝える。

 


 爛 梓豪バク ズーハオたちは店主に別れを告げ、来た道を引き返していった。

 ロバの歩く音が響くなか、ふたりは無言になってしまう。


 ──んー……俺、何か喋ってないと気がすまない体質なんだよな。あれ? そう言えば……


 重たい空気に耐えられず、話題を探していた。ふと、あることを思い出し、全 紫釉チュアン シユに尋ねる。


「なあ阿釉アーユ、幼い子供が治めてた町ってさ、どんなのだったんだろうな?」


「……どう、なんでしょう」


 煮え切らない返事だ。全 紫釉チュアン シユを見れば、青い顔をしている。心なしか声には元気がなく、少しばかりオドオドしているようだ。

 

爛清バクチンはそんな國、嫌ですか? 滅んだ原因も、幼い子供のせいだって思います?」


「……嫌いかどうかはわかんねー。でも俺は、その子のせいだなって、絶対に思わない」


 そう、断言する。

 並んで歩くロバの背中を見れば、驚いたように両目を見開く全 紫釉チュアン シユの姿があった。

 

「はは。そんなに驚くようなことか? ……よーく考えてみろよ。幼子なんて、ものの良し悪しがわからないんじゃないのか? ましてや政治的なことなんて、わかるわけがない。大人に、いいように利用されるだけだ」


 無邪気な笑みと、裏表のない言葉で伝える。


「そんな幼子を、どうして責められる? だいだい悪いのは大人の方だろ? 子供のせいにして、自分たちの失態を隠してるだけなんじゃねーの?」


「…………」


「俺だったら、その幼い子供を抱きしめるね。よく頑張ったって言って、一緒に何が駄目だったのかを考えてみ……って、何だよ?」


 一通り話た直後、全 紫釉チュアン シユからの視線を感じた。その視線にいたたまれなくなった彼は、照れくさそうにそっぽを向く。


 そんな爛 梓豪バク ズーハオへ、全 紫釉チュアン シユは微笑した。首をふって、はにかむ。腕に抱えている白月パイユエに子守唄を聞かせながら、穏やかに笑っていた。

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