第4話 ごめんなさい。間違えてしまいました!

 通霊トンリン大峡谷を抜けると、小さな村が見えた。

 爛 梓豪バク ズーハオはようやく着いたと、肩の荷を降ろすために嘆息する。


「何もない村だな」


 建物は六軒のみ。

 町のような華やかさはないけれど、のどかで静かなところだった。畑、小河、馬小屋もあり、村人がちらほらと顔をだしている。

 そんな村の建物の中で唯一、一軒だけ看板がついていた。看板には【彗星ホイシン宿】と、書かれている。


「……唯一、泊まれるのはここだけ、か」


 店内が丸見えの家屋へと入っていった。



 中に入れば、近くに勘定台がある。けれど店員の姿は見えない。しかたなく、大声で呼びつけた。

 すると、奥からひとりの中年男性が顔をだす。


「いらっしゃいませ」


「えっと……大人ふたりと、子供ひとり。さんにんが泊まれる部屋、ある? あ、それと。ロバが外にいるんだ。そいつも休ませてあげたいんだけど……」


 そう尋ねられた店員は、彼をいぶかしげな眼差しを向けてきた。けれどすぐに笑顔を浮かべる。


「はい、ありますよ。こちらに、お名前を記帳してください。ロバの方は馬小屋がありますので、そちらでお預かりいたしますので」


「おう!」 


 女神を別の店員へと預けた。名前を書き、案内されるがまま階段を登っていく。

 二階へと到着すると、すぐに部屋へと入った。

 部屋の奥には天幕がついてあるショウ(ベッド)、木製の机と、ふたつ椅子がある。壁側には丸い飾り棚があって、茶器などが置いてあった。

 

「……へえ。質素だけど、なかなかにいい部屋じゃねーか」


 店員が女神をショウへと寝かせ、部屋を出ていく。瞬間、彼は店員を呼び止めた。


「あ! 悪いけど、医者を呼んでくれないか? 美少女ちゃんが熱出しちゃってさ」


「わかりました。あ、乳母はどういたします?」


「え? 乳母?」


「ええ。赤ん坊がお腹空かせたら、お乳を飲ませなければなりませんし。奥方様は病気をわずらっている様子。そのような状態では、お子様に母乳をあげることは無理かと」


「い、いや。美少女ちゃんは母お……あ、いや……」


 ──母親じゃないし、俺は父親でもない。だけどそんなことを言ったって、信じてくれないだろうなぁ。下手をすると誘拐って思われて、大騒ぎになるし。


 ここは、おとなしく店員のご厚意に甘えるか。

 何もかもが面倒となった彼にとって、店員の厚意はありがたいものだった。快く受け、お願いしますと頭を下げる。

 店員は少しお待ちくださいとだけ伝えて、部屋を出ていった。


 赤ん坊を床に寝かせる。

 その場にドスッと座りこみ、ふうーと一息ついた。すやすやと眠る赤子に微笑み、頬っぺたをぷにぷにする。

 数回つついき、ショウへと視線を向けた。ショウの上で眠る女神は、額に汗を流している。苦痛に眉を歪ませ、ときどきうなされていた。


「…………」


 指で、額に張りついている銀髪を退かす。袖から布を取り出し、額の汗を拭ってあげた。

 そのとき、扉をたたく音が聞こえる。彼はどうぞと、たたいた人を部屋の中へと招き入れた。


「失礼いたします」


「あんた、医者か?」


「はい」


 手に箱を持って現れた老人は頷く。ショウのそばへとやってきて、眠る女神を診察した。


 見ていることしかできない彼は、その場でうろうろと。診察が終わった瞬間、医者につめよった。


「ど、どうなんだ!? 持病とか、何かに感染したとか……ただの風邪、なんだよな!?」


 老体を労ることも忘れ、医者の両肩を掴んでガクガクと揺らす。


「ちょっ……お、落ち着いてくださいませ。大変申しあげにくにのですが……これは風邪ではございません。体が火照り、熱を持つ。そして……他者の温もりを求めてしまう」


「……? 他者の温もり?」


 風邪をひいたから、暖めて的な意味なのだろうか。もしそうだとするなら自分ではどうしようもないなと、天井を仰いだ。

 けれど彼の考えとは裏腹に、医者から出た言葉は思いもよらない内容となる。


「えっと、ですね。つまりはその……び、媚薬を飲んでしまったのではないかと」


「……え? 媚薬?」


 汗をかきながら媚薬について答えていく医者を横目に、彼は一瞬で固まった。天井を眺めていた視線はショウへと向かう。ふらふらと、よろけながら女神のそばで力なく座った。

 

 ──何だよ。媚薬のせいかよ。驚かせやがって……あれ? でも、ちょっと待て。


 媚薬を飲んだと言うのならば、それはいつなのか。爛 梓豪バク ズーハオは、女神が眠ってからずっと一緒にいた。当然、通霊トンリン大峡谷から出て村に到着しても一緒に行動していた。


 ──え? そうなると、いつだ?


「…………うおっ!」 


 腕を組んで悩んでいたとき、華服の袖から白い袋が落ちた。袋の口が上手くしまっていなかったようで、中身が出てしまう。

 慌てて拾い集め、手のひらにすべてを乗せた。


「あっぶねぇー。睡眠薬と媚薬が入ってるから気をつけろって、お師匠様に注意されてたんだよなぁ。ちゃんとしまっ……あれ?」


 手のひらには、豆粒ほどの二種類の玉が乗っている。青い玉は三粒、赤い玉は二粒だ。そして一枚の紙がある。紙を開き、中を確認した。


【青い玉は睡眠薬。赤い玉は媚薬。くれぐれも、間違えるでない】

 

 達筆な字を見た瞬間、彼の顔色は一気に悪くなる。


「…………ひょーー!」


 もはや口癖としか思えない、奇妙な雄叫びをあげた。


「やっべーー! 睡眠薬と媚薬、間違えて飲ませちまったぁー!」


「ええーー!? だ、旦那様、それはまことでございますかぁー!?」


「ああー! お師匠様にぶっ殺されるぅーー!」


 間違えて覚えていたことを白状し、頭を抱える。

 媚薬を飲んで苦しんでいる女神よりも顔を青くし、ガタガタと震えた。医者の肩を掴む。どうすればいいのかと、必死に対処法を求めた。


 医者は、彼の両手を優しく握る。すべてを悟ったかのような微笑みを浮かべ、それはそれは陽気なまでに、楽しげに語った。


「ぶっちゃけ、抱いちゃえばいいかと」


「おじいさん、ぶっちゃけすぎだー!」


 無理だと、何度も首を左右にふる。間違いから起たことだとしても、それで子供でもできたら、目も当てられない事態になるのだろう。

 それを杞憂し、断固拒否した。


 いくら相手が女神と呼ばれるほどの美少女でも、見ず知らずの人を抱くことなどできはしない。

 最悪の場合の責任などとれないと、真剣な顔で訴えてみる。


「……ああ、その心配なら不要でございましょう」


 青ざめた顔で拒否を続ける爛 梓豪バク ズーハオは、医者の言葉に小首を傾げた。


 ──いやいやいや。心配するだろ! 俺のせいでこうなったのは事実だけど、だからって、媚薬を抜くために美少女ちゃんを抱く? もしもそれで子供ができたら……


 その場で四つん這いになり、盛大なため息をつく。ぶつぶつと、念仏を唱えた。

 そのとき、医者の手が肩に置かれる。顔をあげて医者を見れば、老人は片目を瞑って「抱いちゃえ」と、言い続けていた。


「できるかーー! 妊娠しちゃったら大へ……」


「この方は、男性ですよ?」


「……はい?」


「ですから、私や旦那様と同じ男性です」


「う、嘘……だろ?」 


 言葉を疑う。絶望から立ち上がれず、再び落ちこむ。


 ──美少女ちゃんだと思ってたら、美形かよ! 男なんて聞いてねーよ! あー……だけど媚薬の件は、完全に俺のせいではあるしなぁ。


 よしっと、両頬をたたいた。気を引きしめながら立ち上がり、医者へと向きなおる。覚悟を瞳と眉に乗せ、医者にあることを伝えた。


 医者は一瞬だけ両目を見開く。けれど笑顔になり、「すぐに手配しますね」とだけ言って、部屋を出ていった。


 残された彼は、女神が眠るショウに腰かける。うなされている人の前髪を静かに触った。冷や汗のせいなのだろう。べっとりと額に髪の毛がついてしまっていた。


「……俺が、責任取らなきゃ駄目なんだよな? わかっちゃいるけど……」


 ──男だと思うと、な。もう、酒の力借りるしかねぇんだわ。


 間違えてしまったことが原因とはいえ、彼自身、割りきれるものではない。ましてや相手が同性となればなおさら、一歩を踏み出せなかった。

 そうこうしていると、店員が酒を持ってくる。店員に礼を言い、酒を手にした。ショウへと向かい、床にがに股で座る。そしてダバダバと、浴びるほどに酒を飲んだ。


 しばらくすると、持ってきてもらった酒瓶がすべて空になる。その頃には彼自身、ほろ酔いから泥酔へと変わっていた。しゃっくりをし、よろけた様子でショウへと足を登らせる。

 眠り続ける女神をまたぎ、美しい顔を見下ろした。


「……これは、応急措置だ。俺は、そんな趣味はないんだ」


 女神の青い華服へと手を伸ばす。えりを剥げば、白く滑らかな肌が見えた。

 眠る美しい人の吐息は、蠱惑こわくそのもの。長いまつ毛や儚げな髪色。どれもこれもが、女神の色香を作り上げていた。


 それを見た彼の喉はゴクッと鳴る。


「……ゆ、許せよ? これしか方法ねーんだから」


 自分の服を脱いだ。そして……


 女神と肌を重ねていった──

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