第一章 赤子と正反対なふたり

第2話 交わることのないふたり

 悲運だ。呪ってやる。


 男──爛 梓豪バク ズーハオ──は座りながら、下を向いてやさぐれていた。

 ガタガタと、体が上下左右に揺れる。自分の体だというのに自由が利かない。これほど理不尽なことがあってたまるかと、心の中で嘆いた。

 そんな男の両手足首は、ガッチリとした太めの縄で縛られている。紫色の華服は乱れ、顔はげっそりてしていた。


「──【あか魂石こんせき】を探してただけなのになぁ」


 黒い布で目隠しされながら、盛大なため息をついた。

 木板に背を預け、物思いにふける。


 ──石の行方を求めて町に出ただけで……まさか、捕まっちゃうとはなぁ。お師匠様に知られたら、雷落ちるどころじゃすまねーだろう。


 そう考えた瞬間、身震いした。


「やっべぇ。冗談抜きで、ぶっ殺される。早く何とかして脱出しないと……うおっ!?」


 体を縛る紐を自力で解こうとした直後、揺れが大きくなる。体は前のめりになり、板敷の床へと頬り投げられてしまった。


 ──動きが止まった、のか?


 ここがどこで、どんな状況なのか。唯一自由に動く口で確認する。


「お、おい! 何なんだよ!? いったい何があ……え?」


 突然、体がふわりと浮く感覚に見回れた。弾みで目隠しが取れ、知りたかったものが視界に入ってくる。


 爛 梓豪バク ズーハオは現在、見知らぬ大男の肩に担がれていた。しかも荷物のように、軽々と。

 前を見れば、そこには空っぽの荷車があった。


「…………」


 瞬時に悟る。

 売り飛ばされたのか、と。


 そしてどうしてこうなったのかと、爛 梓豪バク ズーハオは思い返していった。



 爛 梓豪バク ズーハオという男は善良な市民ではない。義賊という、盗賊家業を生業としていたのだ。だからといって極悪非道かと問われたら、違うと答えるしかなかい。

 それでも泥棒には変わりなかった。お尋ね者として、指名手配すら受けていた。

 

 そんな彼は数時間前、ある一派に捕まってしまう。それはもう、拍子抜けするほどにアッサリと。


 ──一仕事終えて、気持ちが緩んでいたんだよな。

 

 自身がお尋ね者であるという事実を忘れ、町をぶらぶらと歩いていた。そのときに初対面の人に声をかけられ、振り向いた瞬間に棒で頭を殴られてしまう。

 気がついたときには縄で縛られ、荷馬車に乗せられていたのだった。


「……な、なあ。俺を兵に突き出すんだろ? 賞金首だからな。でもさ……」


 ふっと、顔を上げる。


 燦々と煌めく太陽は地上を照らしていく。空は青く、鷹や鷲などが鳴きながら飛んでいた。

 秋を象徴する紅葉もみじが、ハラハラと落ちる。紅に染まった葉は風に遊ばれながら、ゆっくりと宙を泳いでいた。


「ここ、どこなわけ?」


 アホウドリの鳴き声が彼の言葉と被さる。


 口を開けた状態で、他人事のように周囲を見渡した。

 前後左右、どこを見ても木々や雑草しか生えていない。無理やり雑草を切ったような痕があり、そこを荷馬車が通ったようだ。


 ──森、いや。山の中か? でもそうなると、どこの山だ? ってか、お尋ね者の俺をまったく関係ないここに連れてきたのは何でだ?


 再度、現在地を聞いてみた。

 すると、先頭を歩く黒い布を被った者が立ち止まる。爛 梓豪バク ズーハオへと向き直り、布で顔を隠したまま目だけで笑った。

 

「ふん。あんなはした金……そんなのよりも、ここで売り飛ばした方が金になる」


 どうやら彼らは、人身売買を行っているよう。爛 梓豪バク ズーハオを相手に売ることで、くにが出している金よりも多く手に入るのだと笑った。


「……ああ、まあ。確かに、賞金が銀銭二個ってのはショボいけどさ」


 義賊といえど、所詮は小者に変わらない。殺人などの重罪を犯したのであれば、もっと膨れていただろう。けれど爛 梓豪バク ズーハオは、そのようなことを好まない性格だった。

 

「だからって、金持ちに俺を売り飛ばすってのは違くない? たいして変わらない金額だと思うけど?」


「そんなことはないぞ。お前は、見てくれは悪くないからな。そっち系のお貴族様たちには、人気が出るだろうさ」 


「……そっち系?」 


 突然、脳に未知の世界がやってくる。

 売り飛ばされ、朝から晩までこき使われるのだろうか。そうなれば今までのように、自由気ままにとはいかなくなるだろう。

 義賊は廃業だなと、他人事のように遠い目をした。


 ふと、爛 梓豪バク ズーハオの抱えた男は足を止める。目の前には、古ぼけた一軒の大きな寺院があった。

 彼らは慣れた様子で寺院の中へと入っていった。



 建物の中に入ってすぐ、あかい布を垂れ幕にした場所に出くわす。奥の方が明るく、何やら騒がしい。

 光が差す方へと進んだ。そして雑に爛 梓豪バク ズーハオを床へと落とす。


「いってぇー! おいこら、何し……っ!?」

 

『さあ皆様、始まりました。今日はとても貴重な、珍しい品があります!』


 爛 梓豪バク ズーハオの抗議に、弾んだ声が重なった。


 ──何だ? 今度は何だよ!? ってか、あいつら、いつの間にかいなくなってるし。


 忽然と姿を消した違法者たちへ、怒りをぶつける。それで体に巻きつく縄がほどけるわけではなかったけれど、暴れずにはいられなかった。

 海にあげられたばかりの魚のようにビチビチと動く。近くにある茶器を蹴り落とし、割れた破片を右手で掴む。その破片で手を縛る紐を切り、足や腹などを自由にしていった。


「……ふう、体が痛い。ったく! 何でこんな……っ!?」

 

 軽く柔軟体操をする。そのとき、その場が一斉に歓声へと包まれた。


 急いで柱の影に隠れる。


 ガラガラと何かを引くような音とともに爛 梓豪バク ズーハオがいる場所の反対側から数名が姿を見せた。その者たちは、目の回りを隠す仮面を被っている。


「何だ? あの箱……」


 仮面の者たちが運んできたのは大きな箱だった。大人がひとり入れるぐらい大きい。

 

 ──あれが、目玉商品ってやつか?


 逃げたい気持ちよりも興味、好奇心が勝っていった。震え半分、わくわく感を瞳に乗せる。



『それでは今日の目玉商品、【神子みこを抱く女神】のお披露目です』

 

 箱の横にひとりの男が立つ。指をパチンっと鳴らすと、箱はゆっくりと四方へと剥がされていった。

 同時に、歓声が色めきたっていく。


「おお! あれが……」 


「なんとも美しい」


 箱の中から現れたのは氷の中で眠る、美しい女性だった。



 色素のない髪がキラキラと輝いていた。閉じられた瞳は、開けたら、さぞかし美しかろう。雪よりも白い肌に、すっと伸びた鼻。

 すべてが精巧に作られた彫刻のような、妖艶で、人間離れした美貌を持つ。


 そんな人間が赤子を抱きながら、氷漬けにされていた。


『それでは皆様、競売を開始いたします。最初は、金銭きんす百から!』


 声高らかにりを唱う。

 すると観客たちは我先にと、競争に参加を始めた。


「金銭、二百!」


「金銭、五百!」


 どんどん額が膨らんでいく。有名な妓楼の上位妓女を一日買い取れるような額、さらには、豪華な家が建てられるであろう金や銀が飛び交った。

 それらを平然と出す客たちに、台の上にいる男の口はいやらしくつり上がっていく。



 隠れて見ていた爛 梓豪バク ズーハオは、競りを行う人間たちに目もくれない。氷の中で眠る美しき女神に、釘付けとなっていた。

 

 ──人が氷漬けになるって……どんだけ強力な術なんだよ。でも何だ? あの凍った人見てると……


 胸の奥が熱くなる。

 不思議な感覚が、彼の心を襲った。


「……だったら」

 

 論より証拠という言葉が浮かぶ。

 右の人差し指を立て、意識を集中させる。すると指先がゆらゆらと揺れ、黒いほのおが現れた。無言でほのおに息を吹きかける。

 瞬間、ほのおは勢いを増して、場内に飛び散った。


 競りに夢中になっていた者たちは大騒ぎ。客たちは我先にと扉へと向かい、主催者側は品を守るように動いていた。

 

「よしっ! この術、いつも失敗ばかりだったから不安だったけど……」


 ──怒られるの嫌だから、術のひとつでも扱えるようにならないとって特訓しておいてよかった……さて、と。


 爛 梓豪バク ズーハオは自ら作った機会を逃すことをしない。ほのおで全身を隠しながら氷漬けになっている人へと近づき、主催者たちを脅かしていった。

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