豪釉(ハオユ)の夜は絆で結ばれた朝になる

液体猫(299)

不可抗力ってことで許してください

始まりの朝

 コケコッコー。


 濃い霧がたつ明朝、鶏の鳴き声を聞いて、長身で黒髪の男は目を覚ました。しかも、なぜか

 上布団を被った状態ではあったが、肝心の服を何ひとつも着てはいない。

 ただ、それだけなら納得がいこう。酒に酔ってしまったからだと。見れば、近くには酒瓶が転がっている。かめもたくさん転がっていた。


「ああ、酒呑んだからか。そうか、そうか。だから酔って、脱いで寝たのか……」

 

 うんうんと、納得する。しかし……


「……って、んなわけあるか!」


 ガバッと起き上がる。

 呑みすぎたのなら二日酔いのような頭痛があってもいいはず。けれど男はそういった痛みをいっさい感じなかった。むしろ、頭痛よりも右腕が痛い。

 そんな謎の痛みを覚え、右側を見た。するとそこには……


「……っ!?」


 男と同じ、真っ裸の人が眠っていたのだ。


 日に透けるような薄い銀髪が、布団の上一面に広がっている。銀髪の持ち主の者は、すやすやと寝息をたてていた。



「……ひょーー!?」


 男は驚いて布団から飛び出す。

 すっぽんぽんな状態で頭を抱え、顔を青ざめさせながら混乱した。


 ──まてまて。何で俺はこんな……はっ! 思い出してきたぞ。


 散乱している華服を目にした。それを手にとり、急いで着ていく。


 ──そうだ。確か昨日、捕まって売られそうになって。で、競売場に、こいつと赤ちゃんがいて……そのまま、こいつと赤子のことで揉めて。酒の勢いもあって……


 さあー……

 顔色が、ますます青くなっていく。着替えの途中で手をとめ、その場に四つん這いになった。


「見ず知らずの……行きずりの男を、抱いてしまった」


 ──そっちの方に興味なんかない。ない、はずだ。


 チラリと、未だに眠る銀髪の人の顔をのぞく。


 雪のように白い肌、長いまつ毛など。銀髪も相まって、全体的に純白の雰囲気がある。そして何より、少女のように美しい顔立ちをしていた。


「この顔に負けたんだよなぁ。あ、いや……負けたってか、色香に惑わされた気がする」


 頭をボリボリ掻く。

 がに股で眠る人の枕元に座った。手入れのされた長く美しい銀髪を手に取れば、指に絡みつく前にほどけてしまう。


「…………これから、どうすっかなあ」


 普通ならば、責任はとるべきだろう。けれど相手は女ではない。それでも、一夜をともにした事実は消えなかった。


「うーん……あっ! そういえば赤ちゃん……」


 部屋の中を探し始める。けれど、どこにも姿はなかった。青白い顔が、ますます深くなる。

 

 ──おいおい。まさか……


「誘拐!?」


 依頼をこなすどころか、行方不明にしてしまう。それがどんなに自分の首をしめることなのか。男は、それがわかっていた。


「これって一大事なんじゃ……でも、何をどうすれば……」


 結局何もわからず仕舞いで、再び頭を抱えてしまう。ぐあーと叫ぶしかなく、立ち上がって部屋の中をうろうろとした。あーでもない、こうでもないと、ぶつぶつ呟く。



「──赤ちゃんなら大丈夫ですよ。あなたが寝ている間に乳母がきて、ご飯をあげるために連れていきましたから。それよりも、慌てる暇があるのなら、何をするべきか。それを考えたらどうです?」


「……っ!?」


 少しばかり掠れてはいるけれど、透き通る声が背中にあたった。

 振り返った瞬間、銀の糸がふわり。男の視界を覆う。

 

「あ。お、お前……」


 声の主は銀髪の麗人だった。女性のような線の細さがある美しい人で、仕草が妙に色っぽい。目をこすりながら布団の上に座り、軽くあくびをかく。


「うぅ……腰が痛い。あなた、もう少し丁寧に抱くことできません?」


「……っ!?」


 彼の華奢な体を見て、男の心臓が高鳴った。ゴクッと唾を飲み、慌てふためきながら妙な色香を放つ人へ服を投げる。


「わっ! ちょ……何、するんですか!?」


 無作法な行動に、銀髪の人はぷんすかと怒りを顕にした。


「本当にあなたは力任……わっ!?」


「覚えてる限りでいい。昨日の夜、何があったのか。それを俺に教えてくれ!」


「……えー?」

 

 目の前の美しい人の両肩を掴む。鬼気迫る表情ですべてを聞き出そうとした。


 銀髪の人は苦笑いする。男の手をやんわりと退かし、服を着た。長い銀髪を払いのけ、男に背を向ける。

 

「そう、ですね。どこから話せばいいのか。まずは、私とあなたが出会った時。それを覚えていますか?」


「忘れるもんかよ」


 男は静かに頷いた。記憶の中にある自身を恥じりながら、目の前にいる美しい人の背中を見つめる。

 背筋を伸ばし、拱手きょうしゅした。


「俺……あ、いや。私、爛 梓豪バク ズーハオは、深く反省しております」


 平常心を保つのに必死だった。額から汗を流し、美しい人の背中に向かって謝罪する。

 頭を下げ、殴られるのを覚悟した。


「……過ぎてしまったことは、どうしようもありません。それよりも……」


 声とともに、カタッと音がする。


 彼が顔をあげた先では、美しい人が椅子に座っていた。

 長いまつ毛の下からのぞくのは灰混じりの黒真珠のような深い瞳で、少しだけ潤んでいるよう。そして腰痛を堪えているかのように、腰をトントンと叩いていた。


 爛 梓豪バク ズーハオは、その原因が自身にあると知っていた。バツの悪さを知り苦笑いする。再度、ごめんと謝り、美しい人の真向かいの椅子へと座った。


「あー……そのぉ。大丈夫、か?」


「大丈夫に見えますか? 見えたのなら、お医者様に視力を測ってもらってください。ああ、そんな必要もないくらいに、あなたは脳ミソそのものが破壊されているんでしたっけ?」


 ぽんぽんと、あの手この手で毒を吐く。

 少女のように美しい見目を軽く裏切る口の悪さだ。


 爛 梓豪バク ズーハオは眼前にいる女神のような姿の人を、ただ睨む。けれど、口で勝てそうもないなと早々と諦めた。


「はいはい。確かに、俺が悪ぅございましたよ」


 悪びれた様子はない。口笛を吹いて、上部だけの微笑みを作った。


「……まあ、いいです。それよりも、お互いが持つ情報を交換しませんか?」


 美しい人はふたつの茶器に烏龍茶を注ぎ、ひとつを彼の前に置く。


「うん? 交換?」


 爛 梓豪バク ズーハオは豪快に茶を飲み干し、どういう意味だと問いかけた。

 向かい合う銀髪の人は無表情のまま、軽く頷いている。薄い唇を開いたかと思えば、大きなため息をついていた。


「──私の名は全 紫釉チュアン シユ。とある理由で、あの赤子と一緒に氷漬けにされてしまいました」


「それは、どんな?」


「罠にはめられた。とだけしか、言えません」


「……?」


 意味がわからないぞと、彼は身を乗りだす。

 全 紫釉チュアン シユを凝視した。目の前の人は、見る者すべてを魅力してしまいそうな美しさと儚さを持つ。爛 梓豪バク ズーハオは、純粋に「本当にきれいな顔してるな」と呟いた。

 ただ、その呟きは、全 紫釉チュアン シユには届くことはない。


 ──これで男だなんて……言われても信じられねーよなぁ。どう見ても美女だし。ああ、でも……これだけ美しければ、既に、誰かのものになっているんだろうなぁ。


 それを横取りならぬ、寝取ってしまったのかもと、彼は一瞬だけ罪悪感に駈られた。同時に、胸の奥にチクッとした不思議な傷みを覚える。


「……?」


 鈍い傷みに首を傾げた。



「──……と! 私の話、聞いてます!?」


「え!? あ、ああ、ごめん」


 全 紫釉チュアン シユの声で我に返る。申し訳ないと頭をペコペコ下げ、低姿勢になった。


「はあ。しっかりしてくださいよ? ……いいですか? 私たちが、何をしなくてはならないのか。それを、話し合っているんですから」

 

 全 紫釉チュアン シユは扇子を広げて、口を隠す。男のわりに大きな瞳を瞬きさせながら、ひとつひとつの言葉に棘を持たせた。

 

「先ほども言ったように、私たちはお互いの情報を交換し合わなければならいでしょう」


「そう、だな。うん」


 全 紫釉チュアン シユの意見に同意し、ひとつひとつを紐解いていった。

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