閑話 最初は目。最後は頭。

 俺はある目的のために四月末に転校することが決定した。来月だな。

 三月の終業式が終わった日。東京の某所に集まった同学年の生徒たちが、同じようにして椅子に座っている。


「では『学園一の美少女とはなんぞや』。君たちには転校してこの命題に挑んでもらいたい。それが編集長から、私――今年高校を卒業する葛西澄香からのはなむけだ」


 目の前にいる女性はそういっていいほどの美少女。凜として、堂々とした物言い。歌うように語るやや高めの声音は多くを魅了する。

ナチュラルストレートのロングに、パッツンと揃えた前髪、見る者を惹きつける切れ長の目。近寄りがたい雰囲気の美人であることは確かだろう。


 拝聴している生徒たちも同様の意見だろう。

 集められた生徒は全国各地から集められた学生エージェントたち。本日は男子生徒の部である。

 エージェントという呼称は大げさだと俺は思う。文部科学省と連携したNPO法人に選ばれた学生。雑誌を作るものたちの集いとはとても思えない。

 男子生徒もいれば女子生徒もいる。

 政治家と出版社が受験に追われる学生にせめて彩りをという配慮で創設された非営利団体が運営する組織だった。学生生活に彩りと思い出を残すためという名目で作られた組織だが、大変評判は良い。


「それはあなたのことではないのですか?」


 思わず声に出してしまった。

 賛同の声が上がる。


「こほん。そういってもらえると嬉しい。ではどうして君は私が学園一の美少女だと君は思ったのか?」

「魅力的だからではないのでしょうか?」


 澄香先輩は学校が違う。この活動を通して面倒見がよい先輩だ。

 特異なキャラだが澄香先輩は後輩の面倒見がよく、美人で凜としている。


「君の評価か。感謝しよう。??しかしそれは万人の評価ではないはずだ。気難しい、変な口調の女だと思うヤツもいるだろう」


 試すかのような不敵な笑み。


「ええと、それは個性の範囲かと」


 やぶ蛇の質問だった。自分のキャラを理解している。

 彼女は俺との対話を望んだようだった。集まった者たちへの解説役として。


「では質問だ。私が君の学校にいたとして、君は私にアプローチできたかな?」

「学園一の美少女にアプローチしてはまずいでしょ。あと、他意はないのですが完璧すぎてその。澄香先輩は近寄りがたい雰囲気があります」

「そうとも。はっきりいったな。私のこの性格や口調は人を遠ざけてしまう。美人とは言われるが。ふむ。私は性格がきついし意地悪だぞ? もっとも君の言う通り、私も元学園一の美少女だが。当時の調査員の結果ゆえ、だ」


 壇上の先輩はにこりともせず言った。


「君たちはこれから学園一の美少女を探すことになる。とはいっても難しく考えることはない。受験と同じだよ。重要な点は読解力だ」


 黒板に要点をつらつらと書き連ねる澄香先輩。


「君たちは選ばれた。これからも学園一の美少女捜しによって君たちは人を見る目を養い、コミュケーション向上を期待する」


 生徒全員が無言になる。調査員になるためにはある程度の学力と体力が要求された。


「だから自分の読解力に頼るな。できないから君たちはここにいる。青春もまた苛烈な競争なんだ。渡したヒロインガイドの心得を熟読したまえ。ヒントぐらいは書いてある」


 澄香先輩が語る言葉は重かった。


「最初は目。最後は頭。受験テクニックの一つだ。無意識でやっている生徒も多いだろう。いわゆる出題者の意図を、特定の法則をもって読み取れということだな」


 講義のように説明する葛西先輩。


「視覚情報は重要だ。しかし美人なだけが学園一の美少女ではあるまい? 対象の容姿以外にも雰囲気、話し方。そして性格。頭の回転の速さや要領の良さも大切になってくる。君たちの任務は学園一という曖昧な概念を見極めること。それは男性側の推しメンガイドやLGBT誌のナチュラルガイドでも変わらない」


 うんうん頷く学生たち。


「見た目がすべてではないんだ。学園で過ごす経過が重要なんだ。見目麗しい第一印象で学園一の美少女を決めるわけにはいかないだろ? そんなルッキズム極まった趣旨の企画などなら私も編集長なんぞ辞退している。それではJK時代の美しさだけを競った、趣味の悪い外見評価になってしまうのだから」


 皆に問いかけるように続ける澄香先輩。


「面倒見は良いが要領が悪いドジっ子ならそれも個性だ。容姿が良くても話が噛み合わずイライラする生徒は良い印象は受けないだろう。先生受けが良くて陰湿な生徒は? それはどれほどに麗しくても学園一の美少女とは言い難い。そうだろう?」


 賛同の声があがる。


「そこでもうひとつ受験テクニックを。量は質に転化する。より多くの異性を対象としろ。友達になれ。観察しろ。ああ、ストーカーにはなるなよ? より多くの人と交友関係を広がることが君たちの質を底上げする」


 にっこり笑う葛西先輩。


「学園一の美少女など、それぞれの心によって違うものだ。誰もが一致する価値観など洗脳と変わらない。されど定義がないと判断、審査もできないだろうとは思う。だからあえて調査員にとって学園一の美少女、美少年を定義するとすれば -それは学校生活の思い出に残るような人物。青春を豊かにしてくれた人物だ」


 思い出に残るような人物を見極めるのか。難しい課題ではある。


「君たちも青春という晴れ舞台の登場人物。良き青春を送ってくれたまえ。君たちはあくまで任務ということで各地の学校に転校することになるが、今回の経験が君たちの人生を豊かにするためになれば担当者の私としてもこれほど嬉しいことはない」


 ここにいる者たちは調査員として全国各地に散らばる。


 学園一の美少女、美少年を探すために。


「私も君たちを束ねる編集長として来年一年は相談役になるが、校外の部外者だということを忘れずに。――では始めようか。学園一の美少女探しを」


 葛西先輩は激励とも号令とも取れる言葉を発した。


 

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