意外とドライな調査員

「ボクは荒上宗司。転校生です。綺麗な女の人に囲まれてキョドってます」

「全然キョドってるようには見えないな。さっきからボケ倒しているよね」


 岡島さんは疑念の目を俺に向ける。


「普通の男子は同じ学校の女子に綺麗な人なんていわないよ?」


 それもそうか。日下部さんはゆるふわ系の雰囲気だが本質を見抜いてくるタイプかもしれない。

 

「うん。それで? ヒロインガイド調査員の俺に接触して何かようかな?」


 面倒臭くなってきたので俺から本題を切り出した。


「ちょっと。なんで自分から言うのよ。わけわかんないあんた……」


 呆然と北条さんが呟く。


「たまたま名前の知っている女子が三人いるんだ。情報の出所は奴らしかいない」


 裏切りやがったな。あの三人。

 それぐらいは承知の上だが、ランカー三人がまとめて接触してくれるとはな。

 

「察しがいいわね。なんであんたのようなつかみ所がない男が調査員なのかしら」

「酷い言われ様だな。調査員は俺だぞ?」

「あ……」


 北条さんが気付いたようだ。芸能事務所ならなおさらだろう。通常なら審査員に対して笑顔で対応する。セクハラされた場合は事務所経由で抗議だろう。


「冗談だよ。素のままでいてくれ。俺達は同じ高校生だ。なぜ俺が調査員なんてやっているのかは簡単な話。志願制だから応募して試験に合格。納得したか?」

「試験があるんだ! それっぽい!」


 目を丸くする日下部さん。


「試験に合格?」


 いまだに訝しげな視線を俺に送る北条さん。


「アイドルではなくヒロインの調査だからな。調査員にもそれなりの特技は要求されるさ。歌に踊りで容姿だけならもう北条さんは芸能人の資格は十分あるだろ? 学園一の美少女まで狙うのかい。現状に満足できないか?」


 図星を指摘してしまったのか、むっとした様子で睨んでくる北条さん。


「あはは。北条さんも調査員相手に形無しだね。ところで調査員さん。ヒロインガイドでなにかあなたのメリットはあるの?」


 岡島さんにはウケたようだ。良かった。


「趣味だ」

「やっぱりね。そんなものか」

「彼女は募集中だ。だけど、原則があってな。彼氏持ちはヒロイン学園一の美少女に選ばれない。もちろん調査員の俺にもその原則は当てはまる」

「調査員が恋愛OKならなんでもありになるもんね」

「そこは正直に言うのね。じゃあこの三人のうち、彼氏持ちがいたらアウトなの?」

「アウトではないんだ。学園一の美少女である必要はもうないだろう。その女子は恋愛におけるヒロインだ。恋愛中なんて他の異性はモブにしか見えないだろ?」


 ヒロインガイドの心得にある一節を読み上げる。受け売りのようなものだな。


「シビアだけど、一理あるかな」


 日下部さんがうんうんと頷く。


「彼氏持ちでも、みんなの思い出に残るカップルならありだけど、一種のカリスマだよ。ヒロインガイドなんかに載らなくても幸せコースさ」

「彼女持ちがダメではなく、すでに幸せで学園一の美少女である必要がない、つまりゴールした人扱いなのね」

「そう。とっくに青春を満喫中だ。そんな人をわざわざピックアップして二人の関係に波風立てるようなことは、ヒロインガイドの趣旨じゃないからな」


 我ながら臭いが、本音でもある。


 日下部さんの質問に答える。


「アイドルグループには恋愛禁止もある。そりゃそうさ。芸能事務所がいて彼らのマネージメントでファンの、一種の投資で成り立つシステムだ。他人の彼女に投資する男は希だよ」

「投資、ね。還元もないのに?」

「還元はあるよ。お金じゃない部分、充実感というね。学園一の美少女は金銭とは無縁だ。だけどさ北条さん」

「なに?」

「記憶にも残らないような女優でいいのか? 芸能界で売れたあとで知人ですと自称するような連中が殺到するような人間関係で満足できるのか」


 北条さんは目を逸らして黙り込んだ。うん。北条さんには何故か反発してしまうな。


「むむ。意外とドライだぞこの調査員さん。じゃあアイドルとヒロインの違いって何さ」

 

 岡島さんの質問は当然だ。


「ヒロインガイドにも選考の基準があるんだ。生徒それぞれにドラマがあり青春がある。学校生活で卒業後、思い出に残るような存在。ヒロインガイドが推す学園一の美少女」

「学園一の美少女とは、学園生活を彩るに相応しい人物ってこと?」

「正解」


 俺はにやりと笑う。日下部さんはいち早く正解に辿り着いた。


「手に届くアイドル、みたいなコンセプトだが似ているようで違う。学校生活で記憶に――思い出に残る輝きを持つ美少女を探すのが俺の役目だ」

「へえ。面白いね!」

「アイドルみたいなもんだと思っていたけど、そうじゃないんだね」


 二人が頷く。釈然としないのは北条さんだ。


「そんなもの人それぞれじゃないの?」

「あくまで調査員の主観さ。容姿だけで選ばれるならルッキズムの極みだし、そんなもの学校に頼んで人気投票でいいだろう? 人脈や顔の広さが幅を利かせるし、おおっぴらにするほど変なことを企むヤツがいる。そこで調査員が調べるんだ」

「グルメの覆面調査員みたいね」

「そのシステムに近いな。もう一つある。はっきり言おうか? たとえばな。俺みたいなぼっち陰キャが北条さんみたいな美少女と縁があると思うか?」

「そんなこと言わせないで」

「自己投影できるって大事なんだ。女性にランク付けが失礼なのは重々承知の上で言わせてもらう。だからそうだな。今この会話だけで言うなら二位が岡島さんで、一位が日下部さんだ」


 目を丸くする岡島さんと、嬉しそうに微笑む日下部さん。般若の形相になっている北条さん。


「何よ。私がきついから?」

「それもある。――冗談だ。睨まないでくれ」


 殺意すら感じる視線が俺に突き刺さる。


「芸能事務所も入ってさ。女優を目指しているんだろ? それだけで承認欲求は溢れ出てるし、雲の上の存在だよな。北条さんは同い年にも興味はないだろ。逆も然りだ。高嶺の花には彼女として興味ないさ。ブランドとしてなら芸能人を彼女にしたいヤツは山ほどいるだろう」

「……」


 ストレートに言ってしまった。思い当たることがあるのだろう。だからといって俺を睨むな!


「岡島さんはスポーツで輝いている。きっと遠巻きに見ていた人や告白したかった男もいるだろう。それでもスポーツを選んで一生懸命頑張っているという話を聞いた。それだけで、見ている人間にとっていい思い出だ」

「じゃあ私は?」


 日下部さんが興味津々で尋ねてきた。


「日下部さんはとくに男女問わず友達が多いだろう。変な男が近付いてきたら忠告もされるはず。一定の距離感で、そうだな……」


 言葉を句切る。


「あの子には幸せになってほしいな。という雰囲気かな。それが今一位の理由だ」

「あーないない。でも幸せになって欲しいと思われる女の子一位なんて殺し文句にもほどがあるよ。私は今ぐらりときた」


 けらけらと笑い出した日下部さんは可愛い。


「あたしも悪い気はしないよ。ただ先にいっておくけど、結構毒舌だからね? それだけで幻滅しないでよ?」

「おうよ」


 三人で盛り上がるなか、悔しそうな北条さんに気付いた。


「ふざけないで。そんな理由で。必ず見返してやるから!」


 大げさにぴしっ! っと俺を指しながら宣言するんじゃない!

 そういうとこだぞ!

 演技臭いからな!

 

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