バラの包みのプレゼント(掌編・1話完結)

天野橋立

バラの包みのプレゼント

 路上のあちこちに朽ち果てた廃車両が残されたままの、「縦貫自動車道」を歩き続けて3日。道路脇に続くフェンスの向こうに、目指す街の姿がついに見えてきた。


 夕焼け空に向かってそびえる、立派な高層ビル。その周囲には、たくさんの家々が集まっている。それは、18歳になったばかりのわたしが初めて目にする、本物の都会だった。

 旧時代には、「県庁所在地」と呼ばれていた町。

 今ではそんな呼び名に意味はなくなっているけれど、この「旧県内」でここが最も大きな町であることには、今でも変わりがない。


「インター」と呼ばれていたスロープを下り、さらに歩き続けて、市街地の中心を貫く大通りにたどり着いた。何本も走っていたはずの白い車線も今はすっかり消え失せて、まるで長大な広場が続いているみたいに見える。

 あちこちに車両が放置されているのは、今ではどこでもおなじみの光景だった。

 でも、それ以外のガラクタや、死骸などが路上に転がっていないのは、誰かが片づけてくれているのだ。この町がまだ死んでいないという証拠だった。


 左右に並ぶビルの窓ガラスはみんな割れていて、見上げてみても、その奥には不気味な暗闇が広がるだけだ。

 立派な高層ビル群も、今となってはただの巨大な廃墟の群れになってしまっている。

 でも、通りに面した、それら廃墟ビルの一階には、まだいくつもの商店が生き残っていた。食料品や衣料品、電子機器類や、さらには貴重な古書さえも売られている。後で寄ってみよう。

 それぞれの店の中では電気の灯りが点り、お客を呼び込むメロディーが流されていたりもした。

 こんなにぎやかな大通りを目にしたのは、生まれて初めてのことだった。

 都会。やはりここは、今でも都会なのだ。気持ちが昂る。


 今までは近くの町で、一通りの買い物ができていた。こんな立派な都会ではなかったけれど、それでも町の中心にある「旧モール街」の市場に行けば、生活に必要なほとんどの品を手に入れることができたのだ。

 だけど、あの無慈悲な「恐慌波」、それもカテゴリー3クラスの巨大なものが、ある日突然に町を飲み込んだ。拡散された悲観バイアスの連鎖とバランスシートの爆縮に、町の経済はみんな破壊されてしまった。

 今の研究のレベルでは、さざ波程度の「恐慌波」を食い止めることしかできないそうだ。もしも、その発生を前もって予知することができていたとしても、どうにもならなかったらしい。


 この冬は厳しい寒さが予想されていて、わたしは寒がりの母に、暖かなセーターをプレゼントしてあげたいと思っていた。その矢先に起きた、町の壊滅。

 この都会まではるばるやって来たのは、プレゼントのセーターを手に入れるためだった。今こうして、にぎわう大通りの様子を見ていると、苦労してここまで来て良かったと嬉しくなってくる。


 廃墟ビルのあちこちに点在する店を眺めながら歩くうちに、大きな通り同士が交差する、交差点にたどり着いた。特に立派な高層廃墟ビルが、その四隅を固めている。

 ぞれぞれの廃墟ビルの一階では、店先に果物が山積みされた食料品店や、カラフルな服が展示された衣料品店、代用茶が飲める準喫茶店などがそれぞれ営業していた。

 ぐるりとどちらの方向を見回してもお店に囲まれている、それはまるで奇跡のような風景だった。かつてのこの街の姿が、ここにはそのまま残されているようだった。


 色とりどりのシャツやスカートに身を包んだ人形たちが、窓の向こうでポーズを取っている衣料品店にわたしは向かった。この人形は確か、「マネキン」といったと思う。

 その華やかな店頭はまるで、子供の頃に旧時代の「テレビ」で見たお店の風景のようだった。きっとここなら、良いセーターが見つかるだろう。


「いらっしゃいませ。どのような品をお探しでしょうか?」

 店に足を踏み入れると、立派な口ひげをたくわえた、店員のおじさんが声を掛けてくれた。型崩れのないスーツに身を包んだ、その店員さんの丁寧な対応は、この荒んだ時代では本当に珍しいものだった。これが、都会の一流店というものなのだ。

 店の内部もそれほど荒れ果ててはいなくて、壁紙が剥がれ落ちたりはしていたものの、焼け焦げた跡などはなかった。天井の電灯も、まだいくつかが点っている。


「女性ものの、温かいセーターを探していて……」

 少し緊張しながら、わたしは店内を見回した。着替えも持たずに三日間歩き通してきたわたしの薄汚れた格好は、きっとここでは場違いに見えるだろう。

「それならば、当店には良い品物がございます。こちらなど、お若いお客様にお似合いかと……」

 店員さんはそう言って、コンクリートむき出しの壁にかかったレモンイエローとネイビーのセーターに手を伸ばしかけた。


「あ、ごめんなさい。探しているのは、母へのプレゼントなのです」

 わたしは慌てて言った。

「なるほど、なるほど! それは素晴らしい。クリスマスのプレゼントというわけですね」

 その店員さんの言葉に、ふいに懐かしい気持ちがこみあげてきた。そうだ、「クリスマス」だったんだ、この時期は。

 こんな世の中になってしまって、祝う人のいなくなってしまった、年末の行事。でも、暖かくにぎわうその様子は、子供の頃の思い出の中にまだ残っていた。


「それでは、こちらなどよろしいでしょう。お母様も、きっとお喜びになるはずです」

 自信ありげに店員さんが用意してくれたのは、ところどころにグリーンをあしらった、赤いチェックのセーターだった。そうだ、クリスマスの色なのだ、これは。

 ふわっと軽い生地の、とても良い品物だった。値段も相当なものだろう。でも、買うしかないとわたしは思った。この時代、気に入った品物に出会えることなんて、滅多にないのだ。


「お支払いは、これで」

 おずおずと差し出した粉末宝石のボトルを、店員さんは丁重に受け取って、鑑定器にかけた。今はもう、誰かが作った「お金」などというものを信じる人などいないから、貴金属や宝石などの鉱物が取引に用いられている。

「これは、実に好い粉末ダイヤでございますね。この純度であれば、二さじ半、というところでいかがでしょうか?」

 店員さんの言ってくれた値段は、思っていたよりもずっと安かった。たった二さじ半でいいんだ。大きな町では、質の悪い模造粉末宝石ばかりが大量に出回っているとは聞いていたけれど。


 代金の支払いが終わると、店員さんはセーターを包み紙でラッピングして、手提げの紙袋に入れてくれた。そのどちらにも、かわいらしい赤いバラの模様が印刷されている。どこか懐かしい感じのする、そんな柄だった。

「できましたら、こちらの手提げも、そのままお母様にお渡しいただけましたら」

 店員のおじさんはそんなことを言った。この洒落た紙袋には、お店のこだわりの気持ちがこめられているのかもしれない。


 大事なセーターの入った袋を提げて、お店を出た。店員さんは最後にも、丁寧にお辞儀をしてお見送りしてくれた。

 これで、この都会まではるばるとやってきた目的を果たすことができた。ほっとしながら、その衣料品店が入っている立派なビルを振り返り、見上げる。

 屋上に、広告塔の残骸が建っていた。そこに残っていた文字を見つけたその瞬間、幼い日に聴いたことのある美しいコーラスが、不意に聞こえてきたような気がした。


「ダイワヤ、バラの包みのお買い物、ダイワヤデパート」


 かつての広告塔に残っていたのは、色あせた「DAIWAYA」の文字と「大」のマークの跡だった。それは、遠い昔に「テレビ」の画面で見たものとそっくりだった。

 華やかに着飾った異国の女性が微笑み、美しいコーラスが流れて、今見上げているのと同じマークが浮かぶ。番組の間に流されるその映像は「コマーシャル」と呼ばれていたはずだ。

 つまり、ここはかつて「デパート」があった場所なのだった。そこは高級な品物ばかりが並ぶ、夢のような場所だったと母が話していたのを思い出す。

 もしかすると、セーターを包んでくれた紙や手提げ袋は、そのデパートで使われていたものと同じなのかもしれない。だって、「バラの包み」なのだから。ならばきっと、母はとても喜んでくれることだろう。


 今夜はこの町に泊まり、帰りの旅には明日の朝に出発することにした。

 廃墟ビルの一室に今夜の寝場所を決めて、シールドテントを展開して、護身用のブルーライト・ガンの光源残量を確かめた。治安が良いとは言えないはずの都会の夜でも、これで安心して眠りにつける。

 有機ガスランタンのぼんやりとした光の下、寝袋にもぐりこんで、傍らに置いたバラの模様の手提げ袋に頬を寄せてみる。ほんのりと暖かい、そんな気がした。


 眠る前に、少しだけ本のページを開いてみた。自分へのプレゼントに、さっきの大通りの古書店で買った、貴重な「文庫本」だ。表紙も取れてしまった、ぼろぼろの本だけど、お話さえ読めればそれで構わない。

 物語の中、遠い昔の異国の町をわたしはさすらう。その町にも、やはりデパートがあるみたいだった。そこは、どんなに華やかににぎわっていたのだろう。あの美しいコーラスが、聞こえてくるような気がした。


 寝袋の中の彼女は、バラの模様に包まれた贈り物のそばで、穏やかな眠りに落ちていく。片手にまだ、昔の文庫本を持ったままで。

 暖かいなあ、これがクリスマスなんだなあと、古い時代を懐かしく夢見ながら。

(了)

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バラの包みのプレゼント(掌編・1話完結) 天野橋立 @hashidateamano

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