第3話 僕たちの家出

 それに乗ってしまったのは、たぶんその場のノリと勢いだ。そうに決まっている。

 バングルから親に居場所伝わっちゃうじゃん。設定画面から強制シャットダウン出来るから、それで電源落としちゃえばいいんだよ。家を出る段階でバレるかも。それは自力でどうにかして。……何持って行けばいい? やった! 好きなもの持ってきていいよ!

 そんなこんなで、決行は今夜だった。話がトントン拍子過ぎる。荷物を準備して机の下に隠し、パジャマから私服に着替え、僕はしっかり布団を被って寝たフリをし、母さんが寝るのを待った。

 しばらく、十五分に一回くらい僕の様子を見に来ていた母さんだったが……やがて、来なくなった。寝たのだろう。確認はしない。しに行って、起きられても困る。

 僕は用意していた荷物を持ち、バングルの電源を切ってから、こっそりと玄関まで向かった。……ごくりと息を呑む。大丈夫。使ったことはないけど、開錠の仕方なら知ってる、から。

 僕は緊張しつつも、扉に手を当てた。……数秒の指紋認証があり……つつがなく、扉が開いた。それに安堵しつつ、扉をくぐる。

 そこには、外があった。

 思わず息を吸い、確かめてしまう。……自分は今、外にいる。割とあっさり出て来られた。そう思うと拍子抜けというか、感動するというか。

 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。母さんがいつ起きて僕の様子を見に来て僕がいないことに気づくか、分からないからだ。……その前に、九重と合流しないと。

 そう思い僕は、どこから行けばいいんだ、と思いつつも、先を急いだ。


 しばらく迷った後、待ち合わせ場所になんとか辿り着く。そこには一人の少女がいて、ぼろぼろだねぇ、なんて笑ってきた。この苛つかせて来る態度、間違いなく九重だ。……リアルの人間に会ったのは、母さん以外で初めてかもしれない。

「どこ行きたい?」

「目的地ないのかよ」

「私は家出出来るなら、正直何でも良かったから」

 なんだそりゃ、と思いつつも、僕は悩む。……行きたい場所、か。

 僕はある場所を告げる。彼女はそれを聞いて少し驚いていたようだったが……おっけー、調べるね、と言って、僕の代わりに行き方を調べてくれた。僕が調べると、必然的にバングルの電源を点けないといけなくなってしまうから、仕方がない。


 それから僕たちは無人運転電車を乗り継ぎ、先を急いだ。道中、様々な会話をしながら。

「そういえば君、名前何だっけ」「……考新」「呼びづらそう。コウでいい?」「……別にいいけど」

「私は九重紗々楽」「知ってる」「皆からは〝ここっち〟とか〝ささらん〟とか〝さら〟とか呼ばれてるよ。あ、あとは……」「どれだけニックネームあるの」

「そろそろ、お腹減ったな……」「あ、私、家でお弁当作って来たよ。じゃーん」「……いや、ピクニックじゃないんだから……」

 改札機にサラ──さっきの会話でサラと呼ぶことにしたのだ──のバングルを当てると、改札機が開く。僕はサラのお金で買った切符を改札に通した。こうするのも初めてだ。

「さて、ここからは歩きだねー」

「……ねぇ」

「何?」

 僕が呼びかけると、サラは振り返る。その顔には、依然として笑みがあって。

「ずっと考えてたんだけど……サラは、そんなにバングルを使って……大丈夫なの? 僕は母さんに探し当てられないために、電源を切ってるけど……サラの親は、サラが今どこにいるか分かるんじゃ……」

「うん、そうだね。分かると思うよ」

「……じゃあ、なんで?」

 居場所がバレたら、家での意味はない気がする。連れ戻されてしまうから。……そう思って尋ねたが、彼女は微笑むだけだった。

「後で話すよ。今は、先を急ご~」

 そう言うとサラは、軽快な足取りで歩き出す。楽しくて仕方がない、とでも言うような足取りで。今はどう聞いても教えてくれなそうだと思い……僕はため息を吐いて、それに続いた。

 目的地は、もうすぐだった。

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