第29話 調印式
快晴の空の下、三か国の首脳がニューヨーク港のリバティ島に集結した。
その目的は合同記者会見。
すなわち、アメリカと日本の『復興協力』の条約締結とアメリカとパルソミアの国交樹立を広く世界にアピールするためのイベントである。
二つの案件は別件といえば別件だが、三か国の蜜月をアピールするために一緒に会見をすることになった。
まあ、一応、『光二がパルソミアとアメリカを仲介した』という外交成果をアピールする目的もある。
瓦礫と化した自由の女神をバックに三人が並び立つ。
並び順は右から順に、光二、モリス、ルインの順。
その順番に他意は――もちろんあり、テレビ映りのいい真ん中のリーダーポジションがアメリカ大統領様であることは言うまでもない。光二とルインが離れているのは、あくまで夫婦ではなく独立国家のトップとして会見に臨んでいるためである。
それぞれの首脳の後ろには、国旗を持った兵士が微動だにせず佇立していた。
その光景を、無数のカメラが狙っている。アメリカの主要メディアはもちろん、外国のメジャーな報道機関も大集合だ。もっとも、島の広さが限られているので制限はかけているが。
「皆さん、こんにちは。モリスです。まずは、この日を迎えられたことを、神と尽力してくれたスタッフ、何より平和を愛する全ての合衆国民に感謝します――いえ、堅苦しいスピーチはやめておきましょう。ここに宣言します。今日は誰にとっても良い日です。何が良いか。まず、難民と、その対応に疲弊している合衆国民が救われます。と、いうのも、我が国にとって重要な同盟国の一つである日本が、難民を受け入れてくれるからです。気休めではありませんよ。その数は100万人にも及びます。すでに船の準備もできています。そうよね? コージ?」
モリスがそう言って光二に水を向けてきた。
「お呼びに預かりました、光二大山です。日本国は人道主義に則り、難民を受け入れることをここに宣言します。難民の皆さん。言語や文化の違いなど、様々な不安があるかと思いますが、是非、日本にいらしてください。日本人は、温厚で寛容でおもてなし精神をもっているので皆さんを温かく迎えることでしょう」
光二は満面の笑みを浮かべ、歯の浮くようなセリフを口にする。
「素晴らしい宣言ね。でも、心だけではどうにもならないこともあったんじゃないかしら?」
「ええ。実の所、この決断には不安もありました。なぜなら、島国である日本は多くの食糧を輸入に頼っており、気持ちはあっても難民の方々を受け入れる物資があるかどうか保証できない部分があったからです。そのことを、モリス大統領に相談させて頂きました」
「コージの話を聞いた私は、日本の友愛の精神に感銘を受け、食糧を援助することを決定しました。難民だけではなく、日本国民の皆さんが不安に思わないだけの量の食糧です」
「お聞きの通りです。私の唯一の懸念は、モリス大統領が解決してくださいました。アメリカからの食糧援助に対して感謝申し上げます」
「どういたしまして、コージ」
光二とモリスがお辞儀をし合う。
この場面は日本のメディアが好んで使うシーンとなるだろう。
「もちろん、アメリカは自由の国です。なので、これからも移民希望者を拒否しません。しかし、入国審査には時間がかかり、その受け入れ能力には限界があります。なので、困難な状況にある人々が一刻も早く救われるように、友好国に行ける選択肢を用意したということです。もちろん、強制ではありません。希望者は引き続き、アメリカへ移民する順番を待って頂いても構いません。アメリカへの扉は常に開かれています」
モリスがしれっと建前を口にする。
もちろん、現実ではこの後、アメリカは行政機関の人手不足を理由に入国審査を遅滞させる予定だ。
当然、ほとんどの難民は行けるならアメリカに行きたいのだが、今日、明日に餓死するともなると選り好みはできないので、否が応でも日本に来るしかなくなる。
「その扉は異世界人にも開かれているのかな?」
ルインの静かなのに不思議とよく通る声が響く。
「もちろん! ご紹介しましょう。友愛に満ちた光二首相の仲立ちにより、アメリカは新しい異世界の友人を得ることになりました。ルイン元首」
モリスが両手をルインに向ける。
「パルソミアのルインだ。敵は強大だが、力を合せて立ち向かおう。我が国の魔法技術と、アメリカの最先端の科学技術が合わされば、可能性は無限大だ」
ルインは力強く宣言する。
自由や平和の話はしない。
なぜなら、パルソミアは民主主義国家ではないからだ。
たとえ、水と油の政体でも、共通の敵さえいれば、意外と団結するのは容易い。
「アメリカ合衆国は、パルソミアと正式に国交を樹立することをここに宣言します。具体的な協業内容はこれから折衝を重ねますが、まず友好の第一段階として、日本だけでなく、パルソミアも移民を受け入れてくださるそうです」
「ああ。パルソミアは地球人の移民を歓迎しよう。困難もあるとは思うが、共に乗り越えていこう。アメリカの開拓者たちのようなフロンティアスピリッツのある人間の来訪を期待している」
ルインはそう言って、両手の拳を握る。そして、右腕を突き上げ、左腕を引く。
つまりはスーパーマンのポーズだ。
茶目っ気のある親しみやすい異世界人の演出。
アメリカ人も少なくとも虫エイリアンよりは、ルインに親しみを覚えるだろう。
「ありがとう、ルイン元首。……今回、光二首相とルイン元首から私が学んだこと。それは、私たちは一人ではないということです。アメリカ人も日本人も異世界人も、そして、今、苦しい状況にある人々、全員が助け合えば必ず世界は再び繁栄の時を迎えます。そして、その日は、そう遠くない。私は確かにそう感じています」
モリスはそう言って、光二とルインの顔を交互に観た。
「私もモリス大統領の意見に賛同します。その証に、私からアメリカへの贈り物があります。私はアメリカと同じく自由と民主主義を愛する日本国の首相として、アメリカの、いえ、世界の希望のシンボルとなることを願って、この像を寄贈致します」
光二はそう言うと、踵を返し、崩れた自由の女神に近づき、跪く。
『さあ、大地よ。聖体たる土塊よ。汝は何者にも何物にもなれる無限なれど、今は我が物となれ。永遠の一瞬、いずれ土塊に還るまでの戯れとして』
地面に息を吹きかけるように、静かに詠唱する。
自由の女神の残骸が泥のように溶ける。
再構成された金属塊が、巨大な人型を形作っていく。
そして、不屈の自由の女神は再び立ち上がり、無窮の青空に灯火を掲げた。
巨大化したアブドラがその頭上を飛び回ってブレスを噴射し、自由の女神の灯火に彩りを添える。
『オーマイゴッド!』
『アメージング!』
報道陣から歓声が上がる。
さらに始まる拍手とUSAコール。
「もう一度言います! 今日は誰にとっても良い日です。私たちの自由も、正義も、平和も、決して滅びません。この自由の女神の前に、私は誓います!」
モリスが手を前に突き出して、そう宣言する。
光二とルインもそれに続く。
桃園の誓いか、もしくは試合に臨むスポーツマンのごとく、円陣を組んで三人で仲良く手を合わせる。
こうして、三人の合同会見は平和裏に終了した。
数時間後、仕事を終えた光二たちを乗せた専用機が、飛行場を離陸する。
「お疲れ様でした。会見動画、ものすごい勢いで拡散しています。さすがに世界中からのアクセスともあると視聴者数が段違いです」
本郷がノートパソコンを叩きながら言う。
「そうか。たっぷりサービスしてやった甲斐はあったみたいで良かったよ」
光二はトラベルピローを膨らましながら仮眠の準備をする。
外遊はアメリカだけで終わりじゃない。
輸入大国の日本が仲良くしておかなければいけない国は多いのだ。
ハードスケジュールをこなすために、休める時に休んでおかなくては。
まあ、ガチれば
「っていうか、心なしかあの自由の女神の顔、ルインさんに似てないっすか? ジブンの気のせいっすかね?」
園田が窓の外の新・自由の女神を指さして言う。
「おっ、よく気が付いたな。一応、元の像の写真を見てイメージは頭に入れておいたんだけどさ。創造魔法はどうしても心的イメージに依存するからついでちゃうんだよなー。俺にとっての女神はルインだけだからなー」
光二はそう言いながら、ルインをチラチラ見てアピールする。
「ふむ。まあ、確かにあのクソ女神よりは私の方がマシだな。フルーリャが聞いたら二重の意味で激怒しそうな台詞だが」
ルインは小首を傾げると、右の手の平に新自由の女神を載せるポーズをする。
光二にとっては、遠近法でも、現実でも、世界は全て彼女のものだ。
「おっ、映え写真っすか? いいっすね!」
園田がすかさずスマホを取り出して、ルインを撮影し始める。
光二はその様子を後目に、自身の視界をアイマスクで閉ざした。
===============あとがき==============
皆様、いつも大変お世話になっております。
光二くんの愛が深すぎて、匂わせ系自由の女神が誕生してしまいました。
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