第21話 傀儡
ルインとの相談を終えて仮眠を取った光二は身だしなみを整えた。服は瓦礫の山から魔法で引っ張り出して浄化したスーツを着込む。
本当は武装もしたいところだが、国会に武器を持ち込むのはNGだし、無駄に威圧感を与えかねないのでムーレムは置いていく。
そんなこんなしている内に予定の時刻になり、光二はルインと連れ立って国会議事堂に向かった。
幸いなことに壊されていない。
参議院の方の建物はそこそこやられたようだが、衆議院の方は運よく無事で、会議室も使うことができた。
「皆さん、お待たせしました」
光二は委員会室のドアを開ける。
円卓に黒張りの椅子が並んでおり、大臣級の議員がすでに集まっていた。
もっとも、全員無事ということもなく、その三分の一くらいは死んだか入院中っぽいが、厄介な重鎮の狸ジジイはきっちり生き残っている。
「いつも通りに時間ぴったりだね。光二くんは」
上座に座るハゲジジイが穏やかに言う。
「ええ。それだけが取り柄ですから」
光二は無邪気に笑って着席する。
ハゲジジイは「事前に回りの大臣に根回しもしねえのかよ」という皮肉も込みで言っているのだが、光二は国会ではそれが分からないほどアホだというキャラでやっている。
「随分大活躍だったね。また国民からの人気が上がるだろう」
オールバックジジイが嫌味っぽく言った。
「からかわないでください。全て彼女の決断に従ったまでです」
光二は後ろを振り返り、無言で付き従っていたルインを手で示す。
「ふむ。では、そちらが光二くんの奥方かね」
眼鏡ジジイが確認するように言った。
「そうです。そして、ルインは妻でもありますが、それ以上に異世界における私の尊敬すべき先達です。緊急時のため皆さんに連絡をつけることができず、政治家としても軍人としても優れている彼女の判断を仰ぎました」
光二は教師におべっかを使う中学生のような口調で言った。
「きみきみ、仮にも総理大臣なのだから外国人の言いなりとは情けない。国益を最優先に考え給えよ」
ハゲジジイがその言葉とは裏腹に相好を崩す。
どうやら、映像で活躍していた光二がハリボテだと思い込み、ほっとしたようだ。
地球で傀儡の総理大臣の光二が、異世界でも別の誰かの傀儡をしていた。非常に周囲を納得させやすいストーリーだ。みんな、おそらく光二が分かりやすくハニトラにでもかかったと思っているのだろう。
(まあ、実際、半分くらいハニトラか?)
ルインから誘惑されたことはなく、光二の方から口説きにいったのでいわゆるハニトラには当てはまらないと思うが、もしルインが男だったら、異世界の歴史は変わっていたかもしれない。
「面目ない。とにかく、あとはルインと皆さんで話し合ってください。私はこの会議で出た結論を尊重します」
光二はそれだけ言って、いつも通りの置物になる。
ここでの光二の役割は普段通りに振る舞い、大物議員たちを警戒させないこと。
それだけでいい。
あとはルインの仕事だ。
「さて、ご紹介に預かったルインだ。単刀直入にこちらの提案を伝えよう。逃げ出した米国に代わり、我が方は治安維持の兵力を提供する。代わりに貴国にはこちらからの移民を受け入れ、程度の自治も認めて欲しい」
ルインはぶっちゃけた。
普通、政治の交渉は本音を隠すものだが、今回はそうしてない。
する必要がないからだ。
「いやいや、うちの党是としては、移民は反対でしょう」
「とはいえ、今も実質的には受け入れますしね」
「しかし、さすがに軍隊はまずいでしょう。どこに収容しますか」
「それに関しては逃げた米軍の施設を流用すれば事足りるでしょう」
「そもそも法務大臣としては外患誘致にあたる懸念がありますが……」
「いえでも仁科さん、青柳よりはマシでしょう。すぐに日本を捨ててアメリカに逃げ出して」
「ああ、あれはダメだね。せっかく官房長官にしてやったのに、勝負勘がない男だ」
「防衛大臣も一人だけシェルターに隠れていたらしいし、それに比べればルインさんは勇敢じゃないか――」
議員たちが
本人たちは議論をしているつもりだろうが、実のところ、これは議論ではない。
河が曲がりくねりながらも必ず海にたどり着くように、結論はあらかじめ決まっている。
「……さて、返答を伺おうか」
三十分ほど経ち、概ね意見が出尽くした頃、ルインは厳かに問うた。
「ルインさんの提案を受け入れよう。派閥の議員にはこちらの方から説明しておく」
「野党との折衝は自分に任せてくれ」
「それはありがたい。とはいえ、私は異世界人だ。直接顔を見ないと信用できない者もいるだろう。故に私もそれらの会合に参加したのだが、いかがか?」
「もちろん歓迎だ」
ルインの言葉に、議員たちが一斉に赤べこのように頷く。
こうして、ルインの要求は一切拒絶することなく、100%通った。
「どれくらい洗脳できた?」
部屋を出た光二はニヤニヤ笑いを浮かべてルインに問う。
「七割は完全に洗脳できたな。今すぐ死ねと言えば自殺に追い込めるレベルだ。二割は中程度だな。カラスを白いと言わせる程度のことはできる。ハゲジジイと眼鏡ジジイには効きが甘い。今は大丈夫だが、多分、一か月も経たない内に正気に戻る」
ルインが目を大きく見開く。
その瞳が、暗いオパールのように輝いている。
洗脳魔法は闇属性の十八番で、ルインはその最高峰の使い手だ。
普通、魔力を持たない地球の人間は彼女の洗脳魔法に抗う術を持たない。
だが、何事も例外はある。
さすがに一国を動かすフィクサークラスの政治家ともなると、精神力も強靭で、無意識的に抵抗できるものらしい。
「おけおけ。じゃあハゲと眼鏡は殺そう」
光二はどこかの独裁者のようにあっけらかんと言う。
「いいのか? こちらの政治事情には詳しくないが、普通あのクラスになると諸外国とのパイプ役も兼ねているだろう?」
「それはそうだけど、これだけ世界がめちゃくちゃになったら、向こうから人を呼んできて一から外交関係を構築した方が早い。あと、あのハゲはルインのことスケベな目で見てたから殺したい。眼鏡には大した恨みはないけど、あいつの仕切りがクソだったせいで、オリンピックで恥ずかしいコスプレをさせられたから殺す」
光二は親指で首を掻き切る仕草をした。
(マジであのオリンピック開会式なんなん? さすがにお飾りの総理大臣でも出席するの恥ずかしかったよ)
光二はピエロになることは覚悟していたし客寄せパンダになってもいいと思っていたが、あれはそれらとは違うおぞましい何かだった。
「ふっ、私怨か」
「私怨だぞ? あ、でも、実際、あいつら利権ガチガチで放置してると絶対施政の邪魔になるから消しといた方がいいよ」
光二はもっともらしく言う。
「そういうことにしておこう」
ルインはそう言って頷くと、意味深なニヤニヤ笑いを返してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます