第20話 夫婦の時間

 光二は長い空白を埋めるようにルインを求めた。


 彼女的には多分、単身赴任していた夫と再び会ったくらいの感覚なのだろうけど、光二にとっては待ちに待った瞬間だった。


「身体の方も元気で何よりだ」


 裸のルインが光二を腕枕して言った。


 世間的には逆なのかもしれないが、光二はプライベートでは甘えたい方であった。


「いや、俺的にはまだ全然足りないんだが? もっとイチャイチャしたい」


 光二は寝返りを打ってルインの胸に顔を埋めた。


 乳香のような甘い汗の匂いがする。


 光二とルインはすでにパルソミアでも夫婦だったが、その時間のほとんどを戦乱の中で過ごした。平和になってからも彼女は政務に忙殺されており、光二が日本に帰ってくるまで、まともな新婚生活ができたとは言い難い。


「存分にイチャつけばいいだろう。世界に見せつけてやろうじゃないか。私の世界とコージの世界が融合する。これ以上のまぐわいと恍惚があるか?」


 ルインはそう言って、猫にでもするかのように、光二の尻を軽く叩いてくる。


 そうだった。


 彼女は世紀末覇王系女子であった。


「はあ。世界一つで満足しないなんてルインは強欲だなー」


 光二は再び寝返りを打ち、仰向けになる。


「そんな私を好きになったんだろう? とにかく、魔神が力を取り戻すまでに、こちらも力をつけていくに越したことはない。光二の世界の技術を取り入れ、より国力を増さなくてはな」


「それって、1000年後とかの話だろ? もしルインが日本人だったら、夏休みの宿題を最初の一週間で全部終わらせるタイプだっただろうな」

 

 光二は人差し指でルインの銀髪を弄ぶ。


 彼女は光二が異世界に召喚された時にはすでに、人以外の全ての種族にとっての英雄王だった。


 ルインは確かな戦略眼を持ち、人間の侵略者によく対抗した。


 しかし、人間側が聖女とか勇者とかチートを次々に繰り出してくるので、その力に対抗するために魔神と契約せざるを得なかった。その対価となる生贄は膨大なもので、とにかく人間をたくさん殺さなければいけなくなり、そのせいで戦略の幅が狭まってルインを悩ませた。


 光二はその彼女の戦略の変化――地勢的な優勢よりもやたら人的損害を与えることにこだわる――に気づき、徹底的な遅滞戦術を展開した。


 すると、契約違反でドボンしかけたルインがついに痺れを切らして、人間軍のシンボルたる勇者――つまり、光二に一騎打ちを挑んできた。そして、光二はそれを受けた。いや、受けざるを得なかった。


 当時、光二は後ろ盾もない使い捨ての勇者だった。つまり、人間側の権力者には死んだらまた呼べばいい捨て駒としか思われていなかった。捨て駒で敵の大将を取れれば大金星である。


 激闘の末、光二はルインと引き分けて、そこで初めて対話をした。


 すると、想像以上に気が合った。


 なにより、光二は勝手に異世界に招きやがったクソ召喚主にムカついていた。そしてルインも、差別主義を掲げてのアホな戦争を始めた光二の召喚主に対してはもちろん、足元を見てむちゃくちゃな対価を要求してくる魔神を嫌っていたので、手を組む理由があった。


 つまり、同じ理不尽な境遇にある者同士意気投合し、じゃあ、全部ぶっ壊して世界を作り直そうぜという話になった訳である。


 そうして、光二とルインは手を組んだ。まず、聖女を取り込み、人の王と貴族をぶっ殺してクーデターするところまでは完全に上手くいった。でも、魔神は殺しきれなかった。いいところまで追い詰めたが、こちらも戦争で国土も人心も疲弊していたので手打ちとなった。結局、ルインと魔神の契約を反故にはできなかったが、差し出す生贄の数を大幅に削減することに成功した。


 魔神はもちろん歯向かってきたルインを憎んでいるので、力が回復し次第復讐してくることが予測される。故にそれまでに少しでもたくさんの力を蓄えておこうというルインの考えは間違っていない。


 だが、それは光二の時間間隔でははるか未来の話なのだ。今はもう少し新婚気分を楽しみたいという思いが強い。


(俺とルインの置かれていた状況を、地球のやつにどう説明すりゃいいのかな)


 ふと考える。このまま行動を共にするならいつかは話さなければいけない。まあ、別に話して悪いことはないのだが、光二はあまり長々と自分語りするのが好きではないので簡潔に済ませたいところだ。


(まあ、ざっくり『ドラク●3の勇者とバラモスが手を組んで上の世界を征服し、ゾー●を殺しに行って優勢勝ちしたみたいな感じ』とでも言っとけばいいか)


 三島には通じないが、園田と本郷あたりにはそれで伝わるだろう。


 いや、さすがに園田にはネタが古いか? でもこの前リメイクが出たしな。


「そう拗ねるな。どのみち、コージは戦略的に必要ならば見捨てることはできても、助けられる民を見殺しにはできないだろう?」


 無言で回想にふける光二が、機嫌を損ねたと誤解でもしたのか。


 ルインはこちらのプライドをくすぐるような声色で言って、口づけをしてきた。


「……まあ、とりあえず、道路を直して物流を復活しないとやばいなー。あとは食料の確保? このまま何もしないと半年後には日本人の半分くらいは餓死するし。石油も切れたらヤバイよなー」


 しばらくルインの唇をすすってから、そう呟く。


 光二は日本国民全てを愛してはいない。


 だが、その内の何人かには好感を持っている人間もいる。


 例えば、お飾りの総理のために勝手にサービス残業する奴らとか。


 助けてからもう十年も経つのに、未だに地元の農産物を送ってくる義理堅い少女とか。


 命をかけるほどの思い入れはないけど、多少は身体を張ってやってもいい。


 そんな風に思える幾人かのおまけで、他の国民も助かることもあるかもしれない。


「ふむ。コージの国の政体は民主制だったな。一般的に民主制は意志決定が遅い故に有事には馴染まないが、独断専行できるほどの実権を握れるか?」


 ルインが上体を起こし、肌着を羽織る。


「今のままでは無理だ。俺は名目上の国家元首でも、実態は傀儡だしな。悠長に政治闘争やっている時間はないから、かなり手荒な手段を取らざるを得ないな」


 光二は名残惜しげにルインの胸を鷲掴みにする。


「手荒か。ちょうどいい。最近は平和すぎて退屈していた所だ」


 ルインが光二の手を払い、乱れた髪を整える。


「じゃあ、悪だくみを始めようか」


 光二は寝転がったままシャツとボクサーパンツを身に着ける。


「ああ、始めよう。私は性交と同じくらいコージとそれをするのが好きだからな」


 そう言って、ルインはかつて魔王と呼ばれていた頃のような獰猛な笑みを浮かべた。


===============あとがき==============

 皆様、拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 どうやら夫婦仲はとっても良好なようです。

 もし拙作に関して、「続きが気になる」、「おもしろい」、「エッッッッ」などと好感を持って頂けましたら、★やお気に入り登録などの形で応援して頂けますと、作者が大変喜びますので、何卒よろしくお願いいたします。

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