第19話 異世界テント
光二たちは一しきり掃討を終え、東京都全部――とは言わず、二十三区内の治安を回復し、自宅へと帰還した。
空は茜色に染まり、再び夜を迎えようとしている。
「みんなお疲れ。各自、補給や休養を取れ」
資材運搬車――キャタピラ付きのトラックの荷台から、隊員が食料を運び出す。全てコンビニやスーパーから調達してきたものだ。
ちなみに、飲み物以外は日持ちしない生鮮品や、冷凍庫が止まってこのままだと捨てるしかないようなものを中心に買ってきたので、国民の分を横取りした訳ではない。
「美味いな。変な薬品臭が若干気になるが」
ルインが某コンビニチキンを齧りながら言う。
異世界は添加物的な調味料がないので、違和感があるのだろう。
「パルソミアのエルフは肉を食べられるんですね」
本郷が確認するように言う。
「ああ。ルインたちは普通に森で狩りもするしな。余裕で肉を食うぞ――地球のメシはどうだルイン? 味濃すぎないか?」
「まあ、濃いといえば濃いが、ただ塩辛いだけのジャーキーに比べれば天国だ」
「勇者様ー。今日のフルーリャはどうでしたか? お役に立てましたか?」
フルーリャが近づいてきて、光二とルインの会話に割り込む。
その手には円筒形のファミリーサイズのアイスの箱とスプーンがあった。
「おう。よくやった。今日のフルーリャの活躍は、民の心に撒かれた福音の種となり、ひいては俺の覇道の隅の親石となるだろう」
光二はそう言って、フルーリャの頭を撫でた。
「はいっ! 勇者様に支配されるこの世界の民は果報者ですね」
フルーリャは満足げに頷いて、アイスを口に運ぶ。
その仕草はそのまま切り抜いてCMにできそうなほど愛らしい。
「あの子たち、普通に塩分ゴリゴリの飯を食べてるんすけど、大丈夫っすか?」
園田が聖騎士団の騎獣たちをチラ見して言う。
ファンタジー動物たちは人間と同じ食料をのべつ幕無しに爆食いしている。
園田はそんなモフモフたちを本当は触りたいのだろうが、さすがに控えているらしい。
まあ、騎獣は自衛隊たちでいえば銃や戦闘車両にあたる相棒だからむやみに他人に触らせるものでもないし、賢明な判断だ。
「あっちの動物はそんなにヤワじゃないから大丈夫だ。塩分どころか多少の毒なら無効化する」
ちなみにアブドラは夜の闇からダークマター的なエネルギーを吸い出す超強魔法生命体のため飯は食わない。
「大将。居残り組が風呂の準備を終えたみたいなんで、いつでも入ってくだせえ」
三島が栄養ドリンクを一気飲みしてから言った。
「ああ、助かる。俺に気を遣わないでいいからどんどん入れるやつから入っていけ」
戦えないなら戦えないで、仕事はたくさんあるものだ。
「んで、飯と風呂はいいとして、寝るとこはどうするんっすか? テントも結構吹っ飛んで数が足りないっすし、シェルターで雑魚寝っすか?」
「まあ、それでもいいけど、せっかくだから異世界のモフモフテントいってみるか?」
「な、なんすか、その魅惑の響きは! そんなんいくに決まってるじゃないっすか!」
「多分園田が思っているほどファンシーな感じでもないぞ」
そう前置きして、空間魔法を使い、虚空に手を突っ込む。
それは一見、ただのしなびた革袋にしか見えない。
「えっ、なんかジジイ狸の金玉袋みたいな見た目っすね!」
「ふふっ。こちらの世界でもやはりそういった感想になるのだな」
ルインが忍び笑いを漏らした。
「確かにそうなんだけどさ。そこは言わないお約束って言うかさ」
光二は言葉を濁して、ペットボトルの水をシワシワ袋にかける。
するとたちまちに膨張し、巨大な毛玉になった。
やがて、それは地上に根を張って身体を固定する。
ゆっくりと目を開け、人を中へと誘うようにぽっかりと口を開ける。
それは例えるなら、地球でいうと、巨大なマリモ、もしくはたまに盗まれる不動産会社の
「おお、でっかいまっくろくろすけみたいでかわいいじゃないっすか! 餌はいるんっすか?」
「水だけでいい。たまに塩をやると喜ぶ」
その名もファルナス。
実に経済的で有用な生き物だ。
もっとも、冒険者にはお下品な俗称で呼ばれているが、今の光二は一応総理大臣なので品位を大切にしよう。
「おー、ファルナス。入るっすよー。んん、なんか猫の肉球に毛が入ったみたいななんともいえない感触! 匂いは枯れ葉のお布団って感じいいっすね!」
園田がファルナスの中でぴょんぴょんと跳びはねて言う。
「それお前にやるから、他の女性隊員の希望者と使え。二十名くらいは余裕で寝られるぞ」
光二はそう言い残して、即席風呂に向かう。
別に魔法で身体の汚れを落とせなくもないけど、やっぱり風呂の方が癒される。
男女別に分けられた天幕の中に入る。
服を脱ぎ、桶にお湯を入れて頭から被る。
「総理。おくつろぎの所申し訳ありません。関係各所からのせっつきがそろそろ限界です。何かしらのリアクションをしないと、押しかけてくるかもしれません」
他の隊員との情報共有を終えたらしい本郷が隣に来た。
「わかった。スマホの電源切ってたけどそろそろ相手をしてやるか」
光二は十五分ほどでカラスの行水を終えて、隊員が用意してくれていた普段着に着替える。
そして、スマホを起動した。
関係省庁や党内の有力者から事情の説明や裁可を求める連絡がいくつもきている。
(もう権力闘争に省益の奪い合いかよ。めんどくせー)
光二は『度重なる戦闘で極度に疲労しているので、数時間仮眠を取ってから会議を開く』旨を回覧した。
もちろんそれは建前で、光二は魔法でガチれば一か月くらいは不眠不休で戦い続けられる。だけど、それを明かしてもいいことはないし、光二以外の仲間には休息が必要だ。
「こちらの軍隊は風呂まで持ち運べるとは、中々贅沢だな」
そんな雑事を終える頃、ルインも風呂から出てきた。
ローブ姿で露出が少ないが、耳の先がわずかに朱に染まっていてとても煽情的である。
異世界でも貴族は巨大なバスタブと水魔法使いと火魔法使いを伴い、旅先で風呂に入ることはあった。
だが、軍団単位だとせいぜい濡らしたタオルで腋と股間を拭くくらいだった。
「よしっ。じゃあ、俺はルインの方のファルナスで寝ようかなー。だって俺のは園田にあげちゃったからなー」
光二はそう言ってルインをチラチラ見る。
「望むところだ。旦那様」
ルインは不敵に笑うと、空間魔法でファルナスを取り出して、魔法の水をかける。
その形状は光二のと同じだが、色はちょっと明るい黄土色だ。
「うわっ、夫婦のイチャつきのダシにされた。っていうか、金玉袋の中でにゃんにゃんとかめっちゃスケベっすね!」
光二のファルナスから上半身だけ出した園田がからかうように中指と人差し指の間に親指を突っ込む仕草をした。
園田はこの下ネタOKの雰囲気に勘違いした上官にセクハラされたらしいが、ぶっちゃけ彼女にも非はゼロではないと思う。
「だからそれゴリゴリのセクハラだからな?」
光二はそう釘を刺しつつ、ルインと二人ファルナスの中に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます