第18話 救世実況系総理大臣

「そう! ルインさん、こっちに目線ください! あっ、総理はいいっすよ! もうみんな総理の俺tueeeeは見飽きてますよ! こっからはエルフとドラゴンくんがメインなんで!」


 園田が装甲車のハッチから上半身を出し、スマホで光二たちをライブ配信しながら、生意気な注文を出してくる。


 アブドラに乗った光二たちとグリフォンが先行で編隊を組みつつ、その後に聖騎士団が続くスタイルで進軍していた。


 破壊されたり放置されたりした車両で完全に流れが止まった国道沿いを進み、周辺のエイリアンどもに片っ端から魔法をぶち込んでいく。


 聖騎士団の練度は光二が向こうにいたころと遜色なく、鎧袖一触である。


 順調に駆除は進み、そろそろ二十三区を一周できようかという頃合いだった。


「ルインさん! 視聴者から『誰?』とか『総理との関係は?』とか、色々質問がきてるんっすけど! 答えられますか?」


「もちろん。私はルイン。あなたたちの言う所の異世界――パルソミアの国家元首であり、コージの妻だ。夫の故郷の窮地にいてもたってもいられず、仲間を集めて救援にきた」


 ルインが営業用の笑みを浮かべて朗らかに答える。


 それから空間魔法で取り出した弓に、闇魔法の矢をつがえて撃った。


 その矢は巨大カマキリの目を居抜き、やがてそれは浸食する染みのような闇に呑まれて消えた。


「『総理はノンケだったのか……』『幻滅しました。百合大統領のモリスちゃんのファンになります』。いや、そこっすか? 正直、ジブンも総理に色々思うところはあるんっすけど、まずは助けにきてくれた異世界人さんたちに感謝が先じゃないっすか? ――そうっすよね! はい! はい! さあ、皆さん、視聴者も応援しているので頑張ってください!」


 園田がスマホごと聖騎士団に手を振る。


 聖騎士団はスルーして、黙々と駆除を続ける。


 というか、なんか配信の空気が緩すぎる。


 日本国民も危機感がなさすぎじゃないかと思うが、あまりにも現実がぶっ飛びすぎて、シリアスになれないのかもしれない。


 正常性バイアスというか、ホラー映画が怖すぎると笑っちゃうみたいな?


「『今チラっと移った美少女は誰?』、あ、あれは聖女ちゃんっすね。あんまり映すと宗教的に怒られるやつなんで、勝手に妄想を膨らませておいてください」


 園田が適当に言って、質問を回避し、再び光二たちを映す。


 さすがよく分かってるな。フルーリャに水を向けてもろくなことにはならない。


「えーっと、クソリプにもまとめて答えるっすね。とりあえず、ユニコーンとフェンリルは軽車両扱いだからセーフっすよ! 馬と同じっす! 弓も銃刀法の規制の対象外っすし! 魔法も法律の想定の範囲外っす。あ? グリフォンとドラゴン? 航空法? あの子たち鳥っすよ! 何も問題ないっす! まあ、そもそもそんな細かいこと言ってる場合じゃないっすけどね!」


 園田がキレ気味にそう言い張る。


 意外と合法っぽいファンタジー軍。


 なお、もちろん、光二はすでに総理の名で発行したパルソミア軍受け入れの書類を三島に持たせて、関係各所に届けさせている。


 そして、受理する側にそれを検討し受け入れる余裕がなかろうが、光二の知ったことではない。


「グファアアアアアアア」


 アブドラが人間の些末な議論を嘲笑うように闇のブレスを吐いた。道路を占拠していたおびただしい蜘蛛の一団が消滅する。


『総理。各地方で進捗状況に差異はありますが、総合すると国土の八割程度は奪還できたようです』


 インカムに本郷からの通信が入る。


「分かった」


 光二は小さく頷く。


(そろそろか……)


 光二はフルーリャに目配せする。


 フルーリャは静かに手を挙げ、聖騎士団の進軍を止めた。


 聖女の力は使いどころが難しい。


 早めに発動すると、治したそばから敵に殺されて無駄になる。


 かといって、遅すぎると怪我人が手遅れになって死ぬ。


「これから、フルーリャがとても強力な治癒の魔法を使います。これは、日本全土の傷ついた国民を癒すことができるほどのものです。皆さん、決して生きることを諦めないでください」


 光二はそう言って、追突事故を起こして潰れたワンボックスのドアを切り裂いて、中の四人家族を引っ張り出す。全体的に出血がひどいが、特に助手席に乗っていた奥さんらしき女性と下の男の子の方が青白くてだいぶやばい感じだ。


「「「「「傾注! 傾聴! 大慈母大慈悲! 傾注! 傾聴! 大慈母大慈悲! 傾注! 傾聴! 大慈母大慈悲! 傾注! 傾聴! 大慈母大慈悲! 傾注! 傾聴! 大慈母大慈悲!」」」」」」


 聖騎士団が異世界語で合唱し、聖女の周りで円陣を組み、それぞれの得物を天に掲げる。


『神は唯一無二なり。人は神の似姿なり。地上に神なし。しからば、現世の一切合切は人らのために在り。称えよ唯一無二なる神。誇れよ代権者たる人。神は全能にして無双なり。故に人も無双なり。戦えよ人。背教者を殺せ。敗北は逆理。しからば、純理に帰すべし。傷つきし人よ立ち上がれ。汝らは未だ天に召されるに能わず。いと狭き天国の門。くぐりたくば、その身を粉にして縮めよ!』


 そう言い終えると、フルーリャが目を閉じて五体投地した。


 光二は彼女の異世界語の詠唱を脳内翻訳してみるが、やっぱり聖女が吐く言葉にしては不穏だよな、と思う。


 しかし、その効果は疑いようもない。


 その痩身から放射した白い光が瞬きする間に日本中に広がっていく。


「うおおおおおおおおおおお! マジで治ってるじゃないっすか! 魔法すごいっすね! みんなのところもどうっすか? 治ったっすか!? 吹っ飛んだ手が生えてきた? 内臓破裂も? すげー!」


 園田が、光二が助け出した家族にスマホを向け、すぐに戻して叫ぶ。


 四人は信じられないとでもいうように自らの身体を見つめて、やがてその実在を確かめるかのように抱き合った。


「さて、国民の皆様にお伝えしなければならないことがあります。それは、聖女の力の源となる信仰は異世界においてはとても重要で貴重な資源だということです。それは、長い歴史を紡ぐ中で、彼、彼女たちが祈り育んできた有限の資源であります。一個人としても、日本国の総理大臣としても、国民が彼、彼女らの費やした労力と善意に対して、相応の敬意と感謝を払うことを望みます」


 光二は唇を引き結び、真剣な表情で言った。


 聖女とは教会の『天国の鍵』を握る唯一の存在である。


 天国の鍵とはいわば信仰という貯金箱の引き出し権である。


 勇者の光二は『今』を生きる人々の祈りにしか応えることができないが、聖女は『過去』の人々の想いの蓄積まで力に変えることができるのだ。


 これが、いくらフルーリャがヤバい奴でもぶち殺せなかった理由である。


 ちなみに、光二の富士山での詠唱が日本語だったのは日本人の祈りを集めるためで、フルーリャの詠唱が異世界語なのは異世界の祈りから力を引き出すからである。


(さて。これでパルソミアの奴らを移民させる口実はできたな)


 恩を受けたのだから、返さなければならない。


 シンプルで国民受けの良い論理だ。


 数百万の日本国民の命が助けられたお礼に、それと同数の移民を受け入れる。


 果たして、反対できる国民がどれほどいるだろう。


「そりゃもちろん、当然感謝っすよね! 聖女ちゃんとそれを招いてくれた総理に拍手! ぶっちゃけ、総理を舐めてたネット民も多いっすよね? 今がごめんなさいして手の平クルクルするチャンスっすよ! 世界で総理より上手くエイリアン捌けてる国家元首がいるっすか? いないっすよね? はい、拍手!」


 園田が煽るように拍手した。


(ちょっと調子乗りすぎかな。公式アカウントから配信してるんだから、自演っぽくなるじゃん)


「私は国民の生命と財産を守るのが仕事ですから、感謝は不要です。さて、皆さん。まだ終わりではありません。未だ危険生物は日本各地に跋扈しています。必ず助けはきますので、各自、命を守る行動をとってください」


 光二はそう釘を刺してから、再び進軍を開始する。


(さて、バカ息子総理の奮戦は国民の心に響くかな?)


 どこか他人事のようにそう思った。

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