第17話 聖女(2)
(やっぱり、フルーリャは変わってなかったか……。でもなあ、こいつの回復魔法がないと死傷者数が桁違いに増えるだろうしなあ)
光二は幼児をあやすようにフルーリャの頭を撫でながら考える。
『聖女』とは、光魔法の中でも癒しの力に特化した女性を指す。
光二もそこそこに回復魔法は使えるが、聖女には遠く及ばない。
まあ、そこまでは、世間に流布している聖女のイメージと合致する。
ただし、問題なのは、彼女が人間至上主義社会によって崇められていた聖女だということである。
つまり、聖剣と同じく、亜人種を排斥する思想の体現者が聖女なのであった。
もちろん、それでは人種共存路線を志す光二とルインには都合が悪かったので、ありとあらゆる手段で聖女を更生させようとした。
だが、フルーリャは洗脳魔法をかけるには魔力が強すぎ、加えてそもそもが宗教者の親玉であるからカルト的な洗脳マニュアルにも耐性があって、上手くいかなかった。
結局、光二たちはフルーリャを慈愛に満ちた博愛主義者に転向させることはできず、何とか彼女の頑迷な偏見を『ズラす』ことで精一杯だった。
(まあ、地球だったら、あのやり方をしたら逆に俺が逮捕されてたな。体罰っていうレベルじゃなかったし)
フルーリャは、『亜人は劣等種であり、その証拠に弱いのだから、いくら殺しても罪にならない』という思想を持っていた。
なので、光二は、『なら、世界で一番強いのは俺だからそれ以外は全部劣等種だよね?』という理屈を展開し、当時は幼女のフルーリャが根を上げるまで斬り刻み続け、肉体言語でわからせた。結果、なんとか『人間以外はみんなクズ』から、『勇者以外はみんなクズ』という思想へのシフトさせることに成功したのであった。
「フルーリャ。よくやった。お前たちの尽力のおかげで、パルソミアは既に信仰に満ちている。そして、ここが次なる布教地だ! 全ての敵を駆逐し、民を癒し、俺の威光をしらしめる!」
光二はフルーリャの肩に手を置き、心にもない台詞で発破をかける。
ルインがそんな光二をからかうようなニヤニヤを浮かべていた。
そもそも光二は早くルインとイチャつきたいだけなのだが、随分面倒なことになってきた。
「はい! 御心のままに! 聖騎士隊! 前へ!」
フルーリャが光二から離れ、号令をかける。
その声に応じるように、ゲートから続々と人が出てくる。
ユニコーンや、グリフォン、フェンリル――ではない三本尾の巨大犬などに騎乗した聖騎士たち。男もいれば女もいるが、皆、バケツ型の兜とミスリルの全身鎧を装着しているので、顔も分からないし、性別もオミットされた集団となっている。
その動物たちの巨体に押し出されるように、光二たちは隊員とともに外に出た。
「モフモフ出たあああああああ! ねえ、曹長! モフモフっすよ! モフモフ!」
もう無視されたショックから立ち直ったらしい園田が、興奮気味に一団を指さす。
「かわいいですね。でも、僕はむしろあのグレートヘルムの方にロマンを感じます。もっというとロボがいいです」
本郷がクールに答えた。
「これだから男の子は! ロボとか兜とか剣とか、硬いものばっかり好きなんっすから! どう考えてもモフモフの方がいいっすよ! だって、お散歩したり、一緒にメシ食ったり、寝たりできるんっすよ!」
「でも、リアルモフモフはかなりの獣臭がしますし、四六時中一緒にいるのはちょっと」
「そんなこといったら、ジブンらの職場だって鉄と油臭いじゃないっすか!」
「それはいい匂いなので」
謎の議論を始める二人。
「ルイン、アブドラは?」
「ああ、声をかけておいたぞ。あとは奴の気分次第だな」
「そうか――って、言ってたら来たな」
シェルターがスルりと這い出たそれは一見、ちょっと大きな蜥蜴だった。
しかし、魔力を感知できない者から見ても、その影を作ることすら許さない純粋な黒さに違和感を覚えるはずだ。
蜥蜴は光二の前までくると、見る見るうちに巨大化する。
やがて竜と呼ぶにふさわしい大きさになったそれは、背中から漆黒の翼を生え、頭には三日月のような二本の角が隆起した。
アブドラは魔法を使える高等生物であるから、身体の大きさは自由自在なのだ。
「久しぶりだな。ちょっと太った?」
光二はアブドラの横っ腹をぺちぺち叩いて言う。
ガラスのような透き通った冷たさのある肌の感触が懐かしい。
「グア」
アブドラは「うるせえ」とでも言いたげに尻尾を振り、小さく鳴いた。
それだけでユニコーンが頭を垂れ、グリフォンが羽をばたつかせ、巨大犬は尻尾を逆立てる。とはいえ、動揺しても逃げ出さないだけ、よく訓練された動物たちといえるだろう。
なお、ドラゴンというと一般的には炎属性のイメージだが、アブドラは見た目の通り闇属性である。
「ドラゴン! 最高っす!」
「ドラゴン! 最高ですね」
園田と本郷がハイタッチする。
「モフモフしてないし、ロボでもないのに、それはいいのか?」
二人の謎の興奮スイッチに困惑しながら、光二はアブドラの背に跳び乗った。
ルインがそれに続いて、光二の後ろに跳び乗る。
もっと腰に手を回して密着すればいいのに、と思うけど、彼女はあまり人前でベタベタするタイプでもない。
「こちらの人間はアブドラを見ても怯えないのだな」
ルインがちょっと驚いたように言う。
アブドラは元々人間サイドの生物ではなく、亜人サイドの勢力に属していた。
正確には元は中立だったが、人間が偏狭でアホすぎたため、亜人サイドにつかざるを得なかった。
夜の化身たるアブドラの本気はすさまじく、一晩の内に国が一つ滅びるようなことも珍しくなかったので、人間にとっては畏怖と憎悪の対象であったのだ。
種族同士の融和が進んだ今となっては――どういう扱いなのだろう。
「そうだな。こっちの人間は潜在魔力が低いのもあるし、龍は東洋では――少なくとも日本だと創作物の影響でポジティブなイメージだからな」
光二はもっともらしくそう言って、足で三回タップして合図をする。
やがてアブドラは音もなく空へと舞い上がった。
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