第14話 幕間 国民Eの推し活(2)

(……まさか本当に防空壕を使うことになるとは思わなかったなあ)


「恵美どうしよう」


「私たち死んじゃうのかなあ」


 すすり泣きながら袖を引く友人たちに、私は現実に引き戻される。


 みんな夜中に取るものもとりあえずパジャマ姿で出てきたから、どこか間抜けな格好で、このシリアスな現状とあまりにもアンバランスだった。


 散発的な爆撃は今でも続いている。


 腹を震わせる不気味な振動がそれを物語っている。


「大丈夫だよ。総理が助けてくれるよ」


 私はいつかの総理の笑顔を真似して言う。


 ただでさえ電波の悪い田舎で、しかも防空壕の中だ。スマホの電波は通じない。


 ここに来る前に何とかネットが通じた人の話によると、エイリアンの侵略というエイプリルフールネタみたいなふざけた情報が真実らしい。


 その通じた人が入手した対策マニュアルによれば、敵は熱源に反応するらしい。それを知った大人たちは漁火を焚いた漁船を大洋に動かして、敵を少しでも町から引き離そうとしている。


(総理の同人誌によると、対話不能な地球の科学技術を上回るエイリアンの侵略による想定死者数は、三千万人~一億二千万人か。多分、ここは死ぬ側だろうなあ)


 私は冷静にそう考えていた。


 田舎は優先順位が低い。


 守るなら、まずは都市部だろう。


 物流に関わる港ならともかく、ただの漁港に価値などない。


(でも、なんでだろう。不思議と死ぬ気がしないんだよね)


 これが正常性バイアスというやつなのだろうか。


 平和ボケしているだけのかもしれないけど、全くの無根拠ではなかった。


(こんなあり得ないイレギュラーまで想定してマニュアルを作っていたのは、総理だけ。それに、私を見つけてくれた総理なら――)


 ああだめだ。願望と現実をごっちゃにするな。


 いや、やっぱりいいか。どうせここでは祈るくらいのことしかできない。


 なら、最後まで総理を推してやる。


 爆音が段々大きくなっていく。


 山という名の鎧が削れていくのを、肌が感じていた。


 近づいてくる死の予感を振り切って、私はただ周りを励まし続けることしかできなかった。


 ……。


 ……。


 ……。


 幾度爆発に耐えただろう。


 ひどい耳鳴りがして、腐った魚のような臭いもし始める。


 皆、泣くのにも疲れて、ただ震えていた。


 ドガーン、ドガーン。ドガーンと、爆発音は止まない。


 時間感覚が麻痺している。


 どれくらいの時間が経ったのか。


 ズギャギャギャギャギャン!


 前触れもなく、防空壕の入り口付近が吹き飛んだ。


 グガガガガガガ!


 牙のついた芋虫――釣りの餌に使うゴカイを巨大化させたような生物が防空壕に侵入してきた。


 悲鳴が防空壕に木霊する。


(困ったな。武器はあんまり準備してないや)


 日本には銃刀法というものがあるので、アメリカのプレッパーズみたいに銃火器で武装したりはできない。


 私は隠し持っていた十徳ナイフを取り出して、みんなを庇うように巨大ゴカイと対峙した。


 これじゃあ勝てないよなあ。勝てないって分かってるんだけど。


 ナイフを逆手に構える。


 ゴカイが何かを吐き出し、私は反射的に寝袋を盾にした。


「おはようございます。お騒がせしております」


 幻聴かと思った。


 でも聞き間違えるはずない。


 その声は、私が通学時に音楽代わりに流している総理の答弁MADそのものだった。


 寝袋を捨てる。


 総理は、ゴカイの身体を突き破ってでてきた。


 私が毒液だと思ったものは、破壊されたゴカイの内臓だった。


「皆様、内閣総理大臣、大山光二です。この辺りの敵は倒しました。助けられなかった方はごめんなさい」


 総理は選挙カーの宣伝を詫びるかのように言って、剣を振ってエイリアンの血をとばす。


 破壊された天井から、曙光が総理に後光のように差している。


 総理には光がよく似合う。だから、剣もピカピカ光ってる。


 みんなは呆気に取られて口をポカンと開けて総理を見ている。


 私は進み出る。


 みんなと違って、総理に命を救われるのは二回目だから耐性があった。


「総理、ありがとうございます」


 それだけ言うつもりだった。


 言うつもりだったのに。


「あの、私、昔、総理に命を助けてもらって、だから、生徒会長になって、ここを作って、その、あの」


 でも、勢い余ってよくわからないアピールをしてしまった。


「正しいことをするのは、当然です。だからこそ難しい」


 総理が私を一瞥する。


 彼はあの時と同じ、何気ない笑みを浮かべている。


 だが、目に宿る力はあの時よりもずっと強い。


 昔の総理は、博物館のダビデ像に見えた。


 今の総理は、ダビデそのものに見える。


「な、何か、私にできることはありますか」


「信じたいものを信じてください。そして、信じた通りに生きてください」


 総理はそれだけ言って、空へと飛翔した。


 普通なら驚くんだろうけど、私は驚かなかった。


 総理なら、普通に空を飛べてもおかしくないと思った。


 私はそんな総理の背中を、朝日の眩しさに瞼をしばたたかせながら仰ぐ。


(それにしても、総理はいつも当たり前のことしか言わないなあ……)


 訳知り顔のコメンテーターは小学生みたいな幼稚な発言だと、色んな人が彼を嘲笑する。


(だから、そんな総理が好き)


 でも、小学生の言葉が必ずしも間違っているとは限らない。


 私は、誰もが恥ずかしがって言わない当たり前のことを、堂々と言える国の方がいい。


 だから、私は今日も総理大臣の大山光二を推している。


(あっ、そうだ。推し活しよう。まだ、希望があるってみんなに知らせなきゃ)


 私は今できる精一杯のことをしようと、総理の背中をスマホで撮影し始めた。


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