第15話 日本の中心で支持を叫ぶ

 明け方。


 晴れているのに空は少し薄暗い。


 雲の代わりに、エイリアンどもが空を埋め尽くしている。


 光二は今、富士山の山頂に立っている。


 いや、正確には、ぶっ殺したエイリアンの死骸を積み上げたその上にいる。


 梅雨時とはいえ、この標高となると冷蔵庫の中にいるのと同じくらい寒い。


 しかし、それ故に、熱源を破壊目標にするエイリアンたちのターゲットにされにくい場所でもあった。


 また、地理的にほぼ日本の中央にあるので、光魔法を拡散させるのに都合も良い。


 光二が転移魔法で連れてきた中継車が、所狭しと山頂を埋め尽くしている。


 どこの局の放送局が生きているかわからないので、数打ちゃ当たるの精神だ。


 日頃はくだらない揚げ足取りに終始しているマスコミの皆さまも、ことここに至っては報道魂が刺激されたのか、熱の籠った沈黙で光二にカメラを向けている。


 もちろん、ネット中継の方も怠ってはおらず、本郷が撮影機材を整えて、光二を真横から撮影していた。のみならず、エイリアンがウヨウヨな状況で、光二の間近まで凸ってきた根性のある配信者共も連れてきてやった。もはや世界にネット広告料を支払っている余裕があるかは疑問であるが、頑張ってバズって欲しい。


 とにかく、光二としてはより多くの人間に伝わればなんでも良いのだ。


「では、大山総理大臣の緊急記者会見を始めます!」


 さすがに体育会系後輩口調を控えた園田が大声でそう宣言し、自身もスマホで総理の公式アカウントに映像を流し始める。


「日本は本日、侵略的未確認生命体による攻撃を受けました。米軍は本国に撤退し、諸外国も同様の戦争状態であるため、迅速な支援は期待できません」


 事実を述べる。


 民衆へのアピールがてら転移魔法で日本中の米軍基地を覗いたが、アメリカ軍はきっちり逃げていた。彼らの自国民の生命と安全を守ることに対するその迅速さは、ある意味感心する。


「に、日本はもう終わりなのでしょうか?」


 アナウンサーの一人がそう質問する。


 ちなみに、この前の東海地方の災害救助の時も来ていた、地元のアナウンサーだ。


 日本の命運を握る放送に地方局のアナウンサーが口火を切るのは荷が重いもしれないけど、たまたま富士山から一番近い放送局にいたんだからしょうがない。一番打ち合わせという名の仕込みをする時間があったんだもん。


「いいえ、終わりません。私が戦うからです」


 光二は聖剣をトンボの腹に突き刺して宣言した。


「勝てますか?」


 緊急時でもアニメを流しがちなテレビ局の男性アナウンサーが問う。


「勝てます。なぜかと申しますと、私が異世界の勇者だからです。皆様の中には、私が幼少期に引き篭もっていたという情報をご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、あれは嘘です。国民を欺いていたことをここに謝罪致します」


 敢えて異世界風の気取った礼で謝ってみる。


 理屈よりもオーラで国民を納得させる必要があった。


「勇者というのは、どのような存在ですか? テレビゲームに出てくるような英雄でしょうか」


 男性アナウンサーが続ける。


「はい。私は幼い頃に異世界に召喚され、成人するまでの日々の大半を、民を虐げる者との闘争の中で過ごしました。桃太郎が鬼に対するように、ヤマトタケルがヤマタノオロチを倒したように、つまり、このような異形と戦うことには慣れているのです」


 光二は聖剣を掲げて答える。


「とてもにわかには信じられません。ですが、実際に私たちは魔法でここまで連れてこられましたし……」


 ミスコン上がりの綺麗系のアナウンサーが大げさに驚いて見せる。


「荒唐無稽な話ですから、信じられなくても当然です。ですが、その荒唐無稽な脅威が降り注いでいるこの現実をどうか直視してください」


「このような攻撃を防ぐことができなかった。そのことに対する政治的な責任をどうお考えですか?」


 東海地方で取材をしてきた二世系のアナウンサーが問うてくる。


 この状況で総理を責めるのは嫌われ者の役なのだが、快く引き受けてくれたことには感謝だ。


「当然、与党に政治的責任があります。そもそも、それ以前に皆様の中には、政治家としての私個人を信用できないという方も多いでしょう。事実、私はただ与党の身勝手な政治力学の結果アウトプットされただけの置物でした。私は私が民主主義の欺瞞が生み出した徒花であることを否定しません。堂々と『二世議員のバカ息子』という評価を受け入れます」


 光二は瞑目して言う。


 さすがに総理業が嫁といちゃつく日がくるまでの暇つぶしであることは言えなかった。


「そのような人間が日本を救えますか?」


 二世アナウンサーが咎めるような口調で言った。


「正直に申し上げて、私は政治家には向いていないと思うことも多々あります。ですが、時に立場が人を作ることは歴史が証明しています。ナチスに立ち向かったチャーチルは、私と同じく、学生時代は劣等生でした。また、最近も元コメディアンが卑劣な侵略者に昂然と立ち向かったという事実を、皆様はご存じでしょう。私は彼らほど立派な人間ではありませんが、一総理として、国民の生命を守るという責務を忘れたことは一時もありません。それだけは誇りを持って言えます」


 ちょっと間を置く。


 マスコミにはなるべく民衆の感情を煽るような報道をするように注文をつけてある。


 運よく生きている放送局のスタジオでは、今頃俺が日本全国を走り回り救助活動に奔走してきた事実を、エモーショナルに訴えるだろう。その中に地元の地名が一つでも混ざっていれば、心を動かされる民衆も多いはずだ。


「総理、守るとは、具体的にはどのような手段を指しておっしゃっているのでしょうか」


 肩幅の広い、体育会系のアナウンサーが言う。


「さて、さきほど申し上げた通り、私は敵を滅する魔法を使えます。ですが、それはアラジンの魔法のランプやドラゴンボールのように何でも願いを叶えてくれる万能なものではありません。皆様の協力が必要です」


「協力とは、どのようにすればよいのでしょうか?」


 国営放送のアナウンサーが完璧なイントネーションで尋ねてくる。


「ただ祈ってください。皆さまが、私と、私のすることを支持してくだされば、その分だけ私は強くなります。それは、ちょうど、選挙に似ています。ただし、この選挙に死票はありません。皆様の想いは全て、100%私の力になるのです」


 光二は両手を広げて言う。


「……本来、私たちマスメディアは政権を監視し、中立公正な報道をしなければいけない立場です。でも――今だけは祈ります。これは、局の方針ではなく、私個人の意思です」


 アンチ与党系の二世アナウンサーがそう言ってマイクを置き、手を合わせる。それに合わせて、各局のアナウンサーも黙祷の姿勢を取り始めた。いうまでもなく仕込みである。


 皆さま大好き同調圧力。


 さあ、なんとなく雰囲気でもいいので祈りやがれ国民よ。


「さて、国民の皆さまに改めて申し上げます。私は今、あの怪物共を掃討し、日本に平和を取り戻したいと思っています。賛同される方は、私の魔法が成功するように祈ってください。祈りにこれと定まった方式はありません。神道式でも、仏式でも、キリスト教式でも、その他の宗教でも、あるいは無宗教の方は、好きな芸能人を応援するような気持ちで、心を合わせてください」


 光二は敢えてカメラに背中を向けて、跪いて祈る仕草をした。


 力をチャージする間を設ける。


 本郷を一瞥する。


 サムズアップで返してきたところを見ると、ネットの評判は悪くなさそうだ。


(別に名演説をする必要ないからな)


 アホが普通のことを喋ると賢く見える。


 なんせ日頃は光二構文でボケにボケ倒しているのだ。


 不良が子犬を拾うといい人に見える現象と同じで、ギャップ効果は絶大である。


 聖剣が朝日よりも眩く輝き始める。


 その光が最高潮になるタイミングで、光二は再びカメラの方へと振り向いた。


「『さあ! 願え! 我こそは汝らが渇望せし希望! 望みを叶えよう!』」


 聖剣を頭上に掲げて叫ぶ。


 異世界ならば異世界語の詠唱だが、日本ならば当然日本語である。


 異世界語だと別に何も思わなかったが、日本語にするとかなり恥ずかしい台詞だなと思うけど顔には出さない。


 刹那、世界が白に染まる。


 音もなく、断末魔の叫びすらなく、まるで初めからそこに存在していなかったように、空の敵は消え失せた。


 太陽がその本来の権能を取り戻し、山頂を照らし始める。


「「「「「おおおおおおおおおおおおおー!」」」」」


 やがて、目を開けたアナウンサーたちが歓声を漏らした――のも一瞬。


「総理! 異世界についての詳細を――」


「異世界と国交を開く予定――?」


「総理が異世界の国籍を有する場合、我が国の法律では――」


「地上の安全は確保され――」


 アナウンサーたちが一斉に質問をし始める。


 またいつものうるさいマスコミにお戻りあそばしやがったこいつら。


 打ち合わせていたのは光魔法の発動前まで。


 光魔法の効果のほどが未知数だったので、発動後のことまでは詰められなかったし、そんな時間もなかった。



(聖徳太子じゃねーんだからさ。そんなにいっぺんに言われても分からんし)


「総理、国民に何か伝えたいことはありますか!?」


 唯一なんとか聞き取れたのは、国営放送のアナウンサーの声。


「皆様の光二は、光の速さで駆け付けます」


 光二は不敵に笑って、聖剣を鞘にしまった。


===============あとがき==============

 皆様、拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 光二くんもようやくチート勇者らしい活躍ができたと思うのですが、いかがでしょうか。

 もし拙作をおもしろいと感じて頂けましたら、★やお気に入り登録などの形で応援して頂けますと、作者と致しましては大変ありがたいです。

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