第13話 幕間 国民Eの推し活(1)

「私の推しは総理大臣の大山光二である」


 と言うといつも笑われる。


 周りの女友達の推しといえば、大抵がYouTuberか旧ジャニーズかKPOPのアイドルで、たまに二次元のイケメンが好きな子もいるが、さすがに総理大臣を推しとしているのは私だけだった。


 そして、友達はひとしきり私をからかったあと


「でも、なんか恵美っぽい。生徒会長だもんね」


 などと言って頷く。


 こういう時、私は勝手に人のパーソナリティを決めつけるようなその発言にちょっとムッとする。どうやら、真面目な生徒としてのキャラ作りの冗談だと思われているらしい。


 日頃は反論するのも角が立つから適当に話を合わせている。でも、本当はいつもこう訂正したかった。


『私は、生徒会長だから総理大臣を推しているのではなく、総理大臣を推しているから生徒会長になったのだ』と。


(あれからもう四年かぁ)


 現実逃避するように回想する。


 私が総理大臣に命を救われたのは、小学生として過ごす最後の夏休みのことだった。


 東北の中でも北に位置する地元の夏は短く、海に入れるのはギリギリ一か月もあればいい方だ。そもそも、夏休み自体が短い。冬は雪に閉ざされる地域だから、冬休みが長い分、夏休みにしわ寄せがくるのである。


 その年の夏は特に異常気象が続き、まともに海に入れていなかった。


 なので、どうしても海に入りたかった。小学生最後の夏休みに、一度も海に入れないのは嫌だったのだ。今となってはなんでそんなことにこだわったのだろうと思うのだけれど、あの時はとにかく海に入らずに小学生を終える訳にはいかないという謎の使命感に燃えていた。


 その日は台風一過で、空は雲一つない快晴だった。


 私は海街育ちなので、台風が過ぎてもしばらくは海が荒れて波も高くなることをよく理解していたし、海が恩恵だけではなく危険をもたらすことも知っていた。


 でも、もうすぐ夏休みも終わりで、天気予報に鑑みるにその日しかチャンスがなかったのだ。だから、こっそりスクール水着をシャツの下に仕込み、海に出かけた。


 顔見知りに会えば止められていたかもしれないが、幸いなことに、その日、町にも浜にも人通りはなかった。元々、過疎っていく一方のショボい漁村であったが、であるにしても異常なほどに無人だった。


 その原因を私は知っていた。


『近所の漁港に総理が応援演説に来るんだよ。恵美も一緒に見に行かない?』と、前日に親から言われていたからだ。


 もちろん、私は親の誘いを秒で断った。


 当時の私は他の多くの子供がそうであるように、総理大臣が誰であろうと興味がなかったからだ。


 どれだけニュース番組が『イケメンの最年少総理』として特集を組もうと、私にとっては等しく大人の男はおじさんであった。


 そういう訳で誰にも咎められることなく、私は海にたどり着き、シャツを脱ぎ捨てた。


 そして、大人に見つかって咎められないように、わざわざ漁港から遠い浜の端を選び、海に入った。


 泳ぎには自信があった。


 海街の子供はみんな泳げるが、その中でも三本の指に入ると自負していた。


 もっとも、常に統廃合が噂されている、総生徒数が二桁の小学校の中でのことだが、それでも自信があった。


 目印のブイ浮きまで悠々と平泳ぎで二往復し、クロールで三往復し、次はバタフライでも試して――などと思ってた時、横っ腹に衝撃を受けた。


 それは流木――というにはあまりにも太くて重い丸太だった。


 海水が濁っているので、全く気づかなかった。


 クラゲに刺されることくらいは覚悟していたが、さすがに不意を突かれて焦った。全力のバタフライをして、疲労が溜まっていたということもある。


 でも、それだけならまだ、ギリギリ何とか耐えられていたと思う。


 とどめを刺したのは、ビニール袋だった。


 海面を漂うビニール袋が、運悪く私の顔に張り付いた。


 息ができない本能的な恐怖にフォームが崩れ、ビニール袋を顔からはがそうとしているうちに、海水を飲み込んだ。


 それが気管支に入り、咳込んでいる内に足がつり、声をあげることもできず、あっけなく溺れた。


 アニメとかだと走馬灯を見るようなシーンだけど、私にはその後の記憶がない。


「大丈夫ですか?」


 次に目を覚ました時には、一人の男性の顔が目の前にあった。


 彼は髪から雫を滴らせ、じっと私を見つめていた。


 気恥ずかしくて視線を落とすと、そこにはダビデ像のように綺麗に割れた腹筋と股間に張り付いたボクサーパンツがあって、さらに恥ずかしくなった私は顔を両手で覆った。


 そこで初めて背中の柔らかく熱い感触に気づき、自身が砂浜に寝かされているのだと理解する。


「ごめんなさい」


 咄嗟に出たのは、なんともつまらないセリフだった。


 本当なら「ありがとう」というべきだったが、荒れている海に敢えて入った自身の愚かさへの後悔がそんな言葉を出させた。


「命は大切なので、助けます」


 総理は叱るでも、慰めるでもなく、ただそう言って笑った。


 それは押しつけがましくない笑顔だった。


 まるで、バスで老人に席を譲る人みたいな、ささやかな善意を湛えていた。


 その時、私が抱いた感情は、一目ぼれというほど安くはなく、感謝というには眩しすぎた。


 無理くり言語化するならば、そう。『尊い』としか言いようのない感情だった。


 親にはさんざん叱られて、泣かれもした後、ぐっすり眠ってすっかり元気になった私を待っていたのは、テレビ局からの取材攻勢だった。


 彼、もしくは彼女たちは、尋ねもしないのに、総理は漁港での演説中に偶然私が溺れているのを見つけ、その場でスーツを脱いで海に飛び込んだのだという、私も知らない事実をペラペラと喋った。距離的には相当目がよくても見えないと思うのだが、総理にはその程度のミラクルはよくあることらしい。


 私はどちらかといえば引っ込み思案な方だったので、取材は嫌だった。だが、総理にお礼を伝えたかったけど連絡する手段もなかったので、間接的にでも想いが伝わればと思い、恥ずかしいけどインタビューに応じた。


 結果として、その映像が全国的に報道され、地元の与党候補は圧勝したのだけれど、まあ、そのこと自体はどうでもよい。


 総理の推し活を始めたのは、私の救出を伝える夕方のニュースのせいだった。


 自分がどう映っているか確認するために観たそのニュースで、私は総理が当然誉められていると無邪気に信じていた。


 だが、その時のスタジオにいたコメンテーターの意見は、『二次災害の危険性を考えれば、一国を預かる人間としては極めて軽率な行動である』と批判気味の論調であった。


(人を助けて怒られるなんてことある? じゃあ、私が死んでいればよかったの?)


 理屈としてはコメンテーターの言うことにも道理があると分かりつつも、感情は納得しなかった。


 めちゃくちゃムカついたので、少なくともあのコメンテーターよりは総理のプラスになることをしてやると決めた。


 とはいっても、恵美にはまだ選挙権はないし、そもそも総理の小選挙区は東京なので、できることは少ない。


 とりあえず、総理の公式アカウントをフォローして、ファボりまくることにした。


 それでも物足りなかったので、総理の後援会に入った。


 会費は年千円。


 当時小学生の私には痛い出費であったが、あとから調べれば、他の国会議員に比べれば半額程度のお値打ち価格であった。


 後援会に入った人間には定期的に会報が送られてくる。その大半には興味を引かれなかったが、年に一回送られてくる同人誌は、純粋に読み物として結構おもしろいので気に入ってファイリングしていた。


 毎回内容は違うのだが、それらの核となるテーマは共通しており、『空想上の怪物に日本が攻撃されたら、政府はどう対応すべきか』というのが論旨だった。総理というのは、余暇のお遊びまで国のことを考えているのかと感心した。そして、その中には民間レベルでの対処法も記されており、それらの多くに共通することは、『いざという時に逃げ込める、安全な地下室を準備しておくこと』だと知った。また、『これらの地下室は、現実的にも、竜巻などの自然災害、また、万が一、核戦争が発生した場合のシェルターとしても有効である』と記されていた。


 それを読んだ私はふと気になって、近所にそのような地下室があるか調べた。


 残念ながら家には、梅酒と漬物を保管しておく程度の収納室しか存在しなかった。なので、外に活路を求めることにした。


 だが、これも難航した。


 東北大震災があってから、避難所や津波タワーは整備されていたが、地下シェルターの整備など、話題にもなっていなかった。


 そこで私が目をつけたのは、戦前に作られた防空壕だった。


 海街の後背を塞ぐ小山にあるそれは、山菜取りの時に見つけた。


 当時の私は帰宅部で暇だったので、気まぐれに周囲の草を刈り、ゴミやら動物の糞やらで汚れた内部の掃除を始めた。


 その様子を気まぐれにSNSに投稿すると、結構な反応があった。


 というのも、私はSNS上で総理のファンのグループに入っていたが、そのメンバー間では、地下室の整備は定番のイベントで、中でも物珍しさのある防空壕に興味を持った人がいたのだ。


 その一人にはプレッパーズという世界の滅亡を信じる変な人たちがいて、換気や食料の保管方法など、細かい知識を色々と教えてくれた。


 そうして、防空壕を秘密基地に改造して、気の合う友達と遊んでいると、ある日、中学校の先生に見つかり、ボランティア部を設立したらどうかと言われた。


 どうやら、先生は私を『地域の伝統と美観の保持に熱心な生徒』だと誤解しているようだった。


 私は別に地元の史跡を保全したいという崇高な目的から防空壕を綺麗にしていた訳ではなかったが、先生の提案に乗ることにした。


 田舎ではちょっと突飛な行動をしただけでも目立つので、『ボランティア部の活動です』という周囲を納得させる名目が欲しかったのだ。


 そうこうして中二になった時、先生は次の生徒会長に立候補してみないかなどと言ってきた。


「ぶっちゃけめんどくさい」と思ったが、よく考えてみれば、学校レベルとはいえ、選挙は選挙である。


 もし生徒会長になれれば、同じく選挙で選ばれた総理に、少しでも近づけるような気がして、試しに立候補してみた。


 そしたら、あっさり当選した。


 決して私が人気だったからではなく、対立候補が、人気がないのに目立ちたがり屋という、香ばしいタイプの男の子だったからである。


 マイナスとゼロならゼロの方がマシということで、私の勝ちだった。


 一度生徒会長となると、その実績が箔となり、なんだかんだで三年連続生徒会長を務めている。


 異常な権力を持っているアニメや漫画の生徒会長とは違い、田舎の普通の高校の生徒会長なんて、所詮先生のパシリに過ぎない。


 それでも私は私なりに、生徒会長生活を満喫していた。


 生徒会費用を流用するために、防空壕を学校指定の避難所に設定することに成功。


 その規模を拡大し、実際に避難訓練も行った。


 生徒からも防空壕の利用は、普通の避難訓練よりは冒険みがあっておもしろいと概ね好評である。


 平凡ながらも充実した生活を送るJK。それがつい数時間前までの私だったのに――。

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