第253話【閑話】残された者たち

「みんな! 離れて――――!」

竜の上から一人の少女の声が響いたとき、周りで竜と戦闘していた者の行動は二つに分かれた。

冒険者たちは、離れた。

賢者と言われる少女の声だ。

きっとすごい技で竜に攻撃を繰り出すに違いない。

巻き添えを食らわぬよう、その言葉を聞いてすぐに引いた。

逆に竜へと向かって言ったのは、イヴとネイトだった。

「あのバカ! また一人で!」

ネイトが小さく悪態をつく。

二人は賢者の転移の能力を知っていた。

だからこそ、突然竜の背に現れた賢者が転移するつもりだと直感した。

竜に駆け寄る二人。

だが、間に合うことなく声を聞いてすぐに目の前から竜が消えた。

「おい! テルミス!」

「テルー! いないのー?」

竜だけが転移した可能性を考え辺りを捜索する二人。

だが、最初の想像通り賢者もいなくなっていた。

ネイトはミサンガに向かって必死に怒鳴った。

「どこにいる! 聞こえているなら返事しろ!」と。

だが、ミサンガは静寂したままだった。


冒険者たちは何が何だかわからなかった。

突如消えた竜、そして賢者。

誰かが言った。

「賢者様、一人で大丈夫か」

これは賢者が竜をどこかに連れて行ったのだろうと考えた冒険者の声だった。

それもそのはず。

今まで戦っていたのは賢者だけではない。

冒険者たち、賢者の仲間たちだって戦っていたが、それでも何一つ手ごたえがなかった。

イヴが集めたのは、何度も修羅場をくぐってきた冒険者たち。

だからこそ、皆あのまま魔力切れになって全員死ぬことも頭の片隅では考えていた。

「賢者様のおかげで、みんな助かったんだ……」

そう言った冒険者は、賢者は自身の命と引き換えに竜を滅したのだと思った。

どちらにせよ、賢者は死んだのだと思った。

どこかへ行ったからと言って、あの竜に賢者が勝つことはできないだろうとみんなわかっていたから。


先ほどまで竜がいた場所にネイトが膝をつく。

その隣にやってきたのはイヴだった。

「アルも行ったみたいだわ」

「そうか」

「大丈夫よ」

そう言ったイヴも内心はネイトを慰める余裕などなかった。

イヴが探していた竜ウィスパ。

あんな禍々しい姿見たことがなかった。

噂には聞いていたが、実際に目にすると違う。

何度も声をかけ、攻撃を受け、ようやく理解した。

もうイヴの知るウィスパではなくなっていることを。

あれは確かに、邪竜と呼ぶべきものだった。

ずっとウィスパを探してきた。

100年、いや200年以上も探していた。

それだけ長い時間探しても見つからなかった。

エルフの長い人生においても、このまま会えずに死ぬのだと思ったことも何度もある。

それほど出現しない竜が、テルミスが生きるこの時代に出現し、かつての賢者と同じように邪竜となった竜を追い払った。

「運命……なのかしら」

イヴが小さくつぶやいた言葉は誰に聞こえるわけもなく、空気中に雲散して消えた。


「ネイト。聞こえますか」

突然ネイトのミサンガから声が聞こえた。

うつむいていた頭をがばりと上げ、「聞こえるぞ!」と叫ぶネイト。

ミサンガはその声には答えず、再び話し始める。

「ユリシーズ殿下、聞こえますか。私とアルフレッド様はモノジアという場所に竜ごと転移しました」

ネイトは再び、「おい! 聞こえてんのか!」と叫ぶが、ネイトの声はあちらには届かない。

「アグネス、戻ったらまたホットミルク作ってくれる? サリー? ルカ? ベティ? やっぱり、聞こえない……か」

「もちろんです。だから、早く……早く帰ってきてください!」

アグネスはミサンガから声が聞こえたことに驚き、二人に駆け寄ってきたところだった。

「生きてた……」

誰からともなく、そう言って三人は泣いた。


イヴにとってテルミスは賢者ではない。

可愛い妹だ。一緒にカラヴィン山脈を旅した妹。

そして、アルフレッドもまたイヴにとっては弟のようなものだった。

こちらはテルミスのように「イヴリン姉様」なんて呼びはしなかったが、ヴィルフォード公爵家の騒動の時に、一緒に旅してドレイト領まで連れてきた仲だ。

「帰ろう。アルフレッド様のところに」

再びアグネスとネイトのミサンガから声が聞こえる。

良かった。アルも無事だったかとイヴはほっと胸をなでおろした。

そしてこんな時であるというのに、ほほを緩ませた。

イヴから見ればアルフレッドは完璧だった。完璧でどこか悲しい子だった。

魔法も剣も弱くはなかった。

頭が悪いわけでもなかった。

何でもそつなくこなす。そういう子だった。

故郷の帝都から去る時でさえ、淡々とそういうものと受け止め行動していた。

何でもそつなくこなしてしまうのは、自分の力量が分かっていて、目の前の課題がどれほどのものかわかるからだ。

できるか、できないか、できないならどうするか。

それだけを淡々とさばくから、焦ることがない。

何でも予定通りとばかりにこなすアルフレッドをイヴは口惜しく思っていた。

それはイヴ自身の経験から思っていたからだ。

熱が、胸の中に灯る熱こそが人生だと。

だからこそイヴはドレイトへ向かう旅の間、何もかも予定調和とばかりに生きるアルフレッドをかまい、どこかでこの予定が崩れることを期待した。

アルフレッドの完璧な仮面がはがれてきたのはいつだっただろうか。

イヴが思い出すのは、スキル狩りに警戒するためにドレイト領に留まっていた時のこと。

久しぶりに会ったアルは、イヴがテルミスを抱きしめているのを見て、慌てふためいていた。

これはイヴの知らないアルフレッドだった。

武道会で勝ち上がり、賢者付騎士の座をもぎ取っていた。

竜を相手にがむしゃらになっているアルフレッドを見た。

ようやく灯した熱を失うまいとあがいているように見えた。


イヴは祈る。もう祈ることしかできなかった。

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