第252話
転移して帰ってきたモノジアはすっかり夜になっていた。
月明かりをさえぎる建物も、家の明かりもない。夕飯を作るおいしそうな香りも、酔っ払いたちの歌声もない。
ただあるのは、暗闇で未だ暴れ続けている邪竜と、邪竜に壊された結界付き魔導具に魔力を注ぎながら、結界を維持しているアルフレッド様だけだった。
「遅くなりました」
「テルミスか……。危ないことはなかったか」
辛そうなアルフレッド様が不器用に笑う。
アルフレッド様が時間を稼いでくださらなかったら、間に合わなかった。
「花は、あったかい?」
「えぇ。ゴラムの言う通りなら、これでこの竜は邪竜ではなくなります。失敗しても成功しても私の賢者の任はこれで終わります」
賢者は竜と対抗するために求められた役割だ。
失敗したら私に対抗する術はなかったということだし、竜が邪竜になるのはよっぽどのことがない限りないはずなので、成功したら邪竜を滅せたということでやはり賢者の役割は終わりだ。
「どうした? 何が言いたい」
結界の魔導具に魔力を注ぐため、足をついていたアルフレッド様の背中にそっと手を載せる。
「だから、アルフレッド兄様の盾はいりません。どうかその盾は兄様の大事な方に取っておいて」
言い終わるか、言い終わらないかのタイミングで、目の前からアルフレッド様を光が包み、消えた。
先ほどまでアルフレッド様がいた場所を見ながら、「大好きです。どうか、お幸せに」とひとり呟いた。
アルフレッド様がいなくなってすぐに結界が破られる。
結界を自分に張り、ポシェットから1輪取り出した。
取り出した傍からサラサラと消え始める花。
「
焦って希望の花に浄化を付与する。
サラサラと小さく崩れ、消えていく欠片にも付与をする。
いつもより強い光が私と竜を包んでいく。
まるで光の台風の渦の中に入ったように私と竜の周りでは光が高速でぐるぐると回っていく。
竜はまだ黒い。
黒く、恐ろしい目のまま私を見つめている。
白サルヴィアを使ったときは人々の悲しい声が聞こえた。
今私が見ているのは、なんだろう。
一人ぼっちの白い竜。
島で出会った二人の若者。
それが脳内に映像となって流れてくる。
この島はモノジア? この人たちは誰なの?
その疑問に答える前に、一輪目の最期の花びらが消え始めた。
まだまだ竜は黒いまま。
摘んできた残りの花も出して再び浄化を付与する。
この光の渦の中では花は消えなかった。
光の渦に黄金に光る花びらが舞う。
次に見えた映像は黒いもやもやとした渦だった。
小さい渦、大きい渦いろんなところにあった。
渦を見つけては白い竜は渦に向かって飛んでいく。
竜は渦を飲み込み、飲み込んでは寝込んだ。
そしてまた竜は飛んでいく。
黒い渦をめがけて。
やがて竜は灰色になるが、それでも竜は飛ぶことを止めなかった。
ぽろり。涙が出た。
「ありがとう。ウィスパがいなかったら、この世界はもっと早くに滅んでいた」
この竜は自ら瘴気を取り込んでいたのだ。我々人間の為に。
それはきっとかつてこの竜が出会ったであろう若者の為だ。
アルフレッド様は私に一人で世界を背負わなくていいと言った。
でも今ならわかる。
私は世界なんて背負っていなかったと。
聖女マリアベル様も魔王になりかけながら、各地を浄化し続けた。
私もあの日誌を読んだときは一人でマリアベル様はなんて大きなものを背負っていたんだろうと思った。
けれど、今ならわかる。
マリアベル様もきっと世界なんて背負ってなかった。
マリアベル様も守りたかったんだ。
あの日助けてくれなかった集落の人たちを憎みながら、それと同時に守りたかったんだ。きっと。
そして、私も。
世界なんてもしかしたらどうでもよかったのかもしれない。
私はみんなを助けたかっただけ。
私が大好きなみんなを。
「長い間一人で辛かったね。でも、もう大丈夫。これからは私もいるわ。それに、私の仲間はみんな優秀なのよ。だからきっと作ってくれるはず。瘴気より魔素が、憎しみや苦しみより楽しさや幸せのある世界を。ウィスパ。だからもう……いいのよ」
そう。私は大好きなみんなを守りたかった。
けれどいつだって守られているのは私だった。
だから信じて。私の信じているみんなを。
私一人では無理かもしれない。けれどみんなとなら、出来るはずだから。
胸がぐっと苦しくなって、手で胸元を掴む。
上手く息が吸えない。
かすんできた目で自分の魔力の器を見る。
もう白い光はないに等しかったし、うっすらとひびまで入っている。
今までで一番きついし、怖い。
このまま死んでしまうのだろうか。
怒られるかもしれないけれど、アルフレッド様を帝都に転移させて良かった。
私が倒れたらアルフレッド様帰れなくなるもの。
ちゃんと……帰れたかな。
もう魔力は尽きた。少しも出てこない。
光の渦も消え、私もその場で膝をついて倒れる。
今世は……頑張ったなぁ。
私は要領が悪いから、たくさんの人に迷惑はかけてしまったけれど頑張った。
誰も知らない魔法陣。魔力感知からコツコツ頑張ってきた。
ドレイトにいた頃はまだ絵物語だったお店も出せた。
行くことができないと言われた学園にも通えて、友達もできた。
思い返すと、どれも楽しく、自分の大事な思い出だった。
目を閉じる。
ふ、ふふ、ふふふ。
キラキラした世界っていうのは、一生懸命になっているその時は分からないもの、なのね。
そうだ、ウィスパは……。思い出してウィスパの方に目を向けたつもりだった。
それでも目は開かなかった。頭は動かなかった。
けれど結界内で暴れていた竜の咆哮は聞こえなかった。
暴れて、どしん、どしんと大地を踏み荒らす音も聞こえなかった。
それになんとなく、心安らかな気分になっていた。
だからきっと竜も浄化されたのだろうと思う。
よかった。私も、少しは役に、立てた、みたい……。
ざーざーと水が落ちてくる音がする。
雨が降ってきたみたいだ。
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