第251話

紙の裏に描かれた地図にあるこの地形。カラヴィン山脈の近くではないだろうか。

スキル狩りから逃げるために、カラヴィン山脈からクラティエ帝国へ旅をしたことある私には、見覚えのある地形だった。

ライブラリアンで地図を開き、紙の地図と見比べる。

やはり、そうだ。クラティエ帝国に入国した後に通った町の近くだろう。

これなら行ける。私なら……。

問題はモノジアまでどうやって戻るかだ。

私の思考を遮るようにアルフレッド様が口を開く。

「まずは、ユリシーズ殿下に連絡を取るか」

確かにそうだと思い、手首につけた通話コールを付与したミサンガを目の前に出す。

「え!」

ミサンガにつけられたクアルソは、邪竜の瘴気を吸収したのか濃い灰色に濁り、ひびが入っていた。

ミサンガのクアルソは小さいため、邪竜のまとう高い瘴気濃度に耐えられなかったのだろう。

「アルフレッド様は今お持ちですか?」

アルフレッド様も左腕を出し、見せてくれる。

ひびこそなかったが、こちらも灰色に濁っていた。

クアルソ二つを浄化をする。だが、アルフレッド様のクアルソは私のクアルソと繋がっているだけだし、私のは壊れてしまっている。

どうしようか。

ちらりとアルフレッド様の様子をうかがう。

アルフレッド様は浄化したミサンガに向かって話しているが、私のクアルソは全く反応しなかった。

「駄目か」

いま、私の中には一つのアイデアがある。

魔物化から竜を戻すという花。あれが本当ならば、あの花を転移で採ってきたらいいと思う。

さっきは分からなかった戻る方法も、今は思いついた。

アルフレッド様のミサンガを使えばできるはずだ。

「アルフレッド様、私が花を採ってきます」

「転移か……」とアルフレッド様がと言ったきり、何か考えているように押し黙る。

「花の場所はさっき見た地図でわかります。けれど、ここへの戻り方が分かりません。私は一度行った場所は転移できます。けれどそれは私がその場所がどこにあるかわかるから。だからアルフレッド様には、ここで待っていてほしいのです。待って、帰る際の道標になってほしいのです」

アルフレッド様はため息をつき、「今はそれしかないな。俺がここで竜の見張りをしよう。テルミスは花を。くれぐれも無理をするんじゃないぞ」

竜を閉じ込めている結界と竜の強さを考えても、あまり時間をかけられないというのも即決してくれた理由だろう。

「だが道標と言っても、実際どうするんだ?」

「アルフレッド様の壊れたミサンガに転移の魔法陣を付与します。実はさっき竜の背で見た魔法陣がそれだったのです」

竜の背にあった魔法陣は、私が最初ドレイト領から旅立つときにマリウス兄様に贈った文箱メッセージボックスの応用だった。

つまり二つで一組。

二つの魔法陣の間を転移できる魔法陣だ。

だからこの辺にもきっと探せばあるはずだ。竜の魔法陣と対になる魔法陣が。

これを今回片方だけでする。

アルフレッド様のミサンガがいわば目印だ。

わたしはその目印に向かって転移すればいいのだ。

アルフレッド様からミサンガを預かり、転移を付与する。

私は目をつむり、アルフレッド様に隠れてもらう。

上手くいくか実験だ。

ミサンガ目指して転移する。

アルフレッド様が突然目と鼻の先に現れた。

実験成功だ。

「これで、大丈夫ですね……。では、行ってきます」

アルフレッド様が私の手を握る。

「気を付けて」

「はい。すぐに帰ります。待っていてください」

私もアルフレッド様の手に手を重ねてそう言った。

背後では黒い竜の暴れる音がする、咆哮が聞こえる。

花を入手するため、急いで私は転移した。


かつてスキル狩りから追われカラヴィン山脈を越え、スタンピードで魔物たちと倒して帝都へ向かった。

その時に通りがかった村の外れに着いた。

山の中というわけではないが、山に近いその村はかつて通りかかった時のような活気はなかった。

村の外に人影はなく、家畜が飼われていたであろう囲いは壊れていた。

賢者用のローブではなく、ポシェットから普段用のローブを羽織り、フードも被る。

手元にあるゴラムの手書きの地図を見ながら、ひとりとぼとぼと歩き始めた。

「嬢ちゃん一人で、こんなところで何をしているんだ?」

そう声をかけてきた人がいた。盗賊だった。

地魔法を使って捕縛し、先ほどの村の前まで連れて行った。

歩いて、歩いて、道から少し外れて山の方へ上り、ようやく鍾乳洞の入り口に着いた。

もう外は日が暮れ始めていた。

一歩。中へ踏み出す。

フードを外した顔に、ひんやりとした空気が当たる。

フエゴ

小さな火球ファイアーボールを出して、灯りにし、前へ進む。

鍾乳洞の中は濡れて、つるつると滑りやすい。

大きな鍾乳石をよじ登ったりして転ばぬよう前へ進む。

私の足音、荒い息だけが鍾乳洞に響く。

こんなこと今まであっただろうか。

スキル狩りから逃げる時も、賢者に祭り上げられない為にシャンギーラへ逃げていた時も。

いつだって誰かと一緒だった。

皆の声がしないことで、より一層一人だと感じてしまう。

みんな……今どうしているかな。

心細さからひび割れたミサンガに少し魔力を注ぎ、話しかける。

「ネイト。聞こえますか」

当たり前だが、返事は帰ってこない。

「ユリシーズ殿下、聞こえますか。私とアルフレッド様はモノジアという場所に竜ごと転移しました」

やはり返事はない。

「アグネス、戻ったらまたホットミルク作ってくれる? サリー? ルカ? ベティ? やっぱり、聞こえない……か」

私の独り言だけが響く。


鍾乳洞をひたすら進む。

未だ花は見つからない。

ザザザーと水の音がするので、その方向を目指して進んでみる。

途中から急な坂道になった。

1歩1歩滑らぬよう登るけれど、急な傾斜に足を滑らせた。

「いったぁ……」

立ち上がってもう一度。

今度は地魔法で階段を作ることにした。

ようやく一番上まで登りきる。

「あった……」

そこには滝があった。

そして、滝の周りを中心にゴラムの残した花の情報と同じ花も葉も茎も何もかも白い花がたくさん咲いていた。

良かった。これで、竜をどうにかできる。

一輪の花を手折る。

これで……足りる?

あの巨大な竜が相手よ。

もう一輪手折る。

まだ、足りないかもしれない。

もう一輪。もう一輪。もう……。

手が止まった。

この花の事なんて見たことも聞いたこともなかった。

きっと貴重な花で、本当にゴラムの言う効果があるのなら、私が駄目だった時のために残しておかなければならない。

駄目だった時。

あれこれ考えていた脳内が一気に静かになる。

再びいろいろと考え始めそうな脳を無理やり黙らせるため、もう一輪だけ花を摘んで立ち上がった。

「帰ろう。アルフレッド様のところに」

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