第248話
帝都に魔物の群れが近づいているという知らせが来たのは、私がプロポーズされた二日後だった。
一番魔物の数が多い北側に私、アルフレッド様、西側にショーン様が行った。
ショーン様も私もアルフレッド様も今回結界の使い手としての配置だ。
騎士たちが先陣を切って、魔物を狩る。
カーター領で見たロボレスの群れよりも大きい群れに背中にぞわりとした悪寒が走る。
まるでスタンピードの時のよう。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
魔物の数はスタンピードの方が多かったし、迎え撃つこちらの戦力だってあの時とは比べ物にならないくらい多い。
だから、大丈夫。
帝都にだんだん近づく魔物に念のため白サルヴィアを使って結界を張る。
魔物が騎士たちの間をすり抜け、結界にぶつかった。
「賢者様! 助けて!」
そんな声が聞こえた。
もう1体の魔物も結界に阻まれる。
「助けて!」
またもう1体。
「私たちを助けてよ!」
瘴気は人の憎しみ、痛み、妬み、苦しみから生まれる。この瘴気たちは、私に助けてと叫びなら助けてもらえず苦しんでいる。
ぼろりと涙が出た。
ごめんなさい。
助けられなくてごめんなさい。
「テルミス! 大丈夫か!?」
アルフレッド様が剣で魔物を切り捨てながら、声を出す。
アルフレッド様の前で泣いたばかりだから、ことさら心配をかけてしまっている。
袖で涙をグイッと拭う。
「大丈夫です!」
そう言って、結界の範囲を広げようとした時だった。
ぞわり。
魔力感知などしなくてもわかるくらい大きくて禍々しい魔力に身の毛がよだつ。
「み、南から竜です! 賢者様!」
振り返ってみれば、真っ黒な竜がこちらにまっすぐ向かっていた。
うそ。何なの、この禍々しい感じは。
この前とは全く違う……これは、魔物だ。もう魔物化した竜だ。
あまりに禍々しい気配に怖くて、体がすくむ。
「賢者様! 賢者様、お願いいたします!」
怖い、怖い、怖い。
逃げたい、怖い、逃げたい、怖い……逃げられない!
ゼポット様と護身術の訓練を始めた時のように、まったく動けなくなっている自分がいた。
無理よ。あんなの、無理よ。
「西にいるショーン殿を南へ!」
私の背後からアルフレッド様の声が飛んだ。
「テルミス、こっちを見て。大丈夫か。竜は俺とショーン殿で大丈夫だ。テルミスはここを頼む」
それだけ言って、アルフレッド様は伝令が乗ってきた馬に乗って南へ向かう。
嘘だ。
あんな竜、勝てっこない。
私でも、アルフレッド様でも、他の誰でも無理。みんな死ぬだけ。
きっとアルフレッド様もそれが分かっている。分かっているから、私にここに居ろというのだ。
でも……ここで行かなかったら?
私は逃げたと、守れなかったと後悔するだろうな。ずっと。
もう後悔はしたくない。
それに、決めたでしょ。今度は守りたいって。
何のために帝都に帰ってきたの。守るためではなかったか。
私が行ったところで竜に勝てるわけではない。
でも、みんなが逃げる時間稼ぎにはなるかもしれない。
スキル狩りから逃げてこの町にやってきた。
でもいつの間にかここには私の大事な物がたくさんある。
「待って、アルフレッド様」と言って駆けだしたが、私の声はもうアルフレッド様に届かない。
近くに馬もいないので、どてどてと走り出す。
待って。
待って。
まだ行かないで。
死んでしまうわ。
待って! アルフレッド様。
私が行くから、待ってよ。
ふわりと体が浮いた。
「南か?」
ネイトが昔に戻ったように言う。
「ネイトはここにいて! あっちは危ないわ」
「知っている」
私を抱えたままネイトが南へ走る。
「死ぬわよ! 私だって勝てるかわからないのに!」
「じゃあ尚更行かないと。俺はお前の護衛だろ」
私の怒鳴り声にもなんてことないように返してくる。
身体強化のネイトなら遠くまで逃げられるのに……。
「ばか」
「うるさい。それにそんなに強い竜ならどうせみんな死ぬんだ。なら何したっていいじゃないか」
ネイトがいつもの調子で言う。
あぁ、ネイトはいつもシンプルだ。だから強い。
でもその強さが、今は本当に心強い。
「ネイト、ごめんね。アルフレッド様の所まで連れて行ってくれる?」
「よし、わかった。最速で行くからしっかり捕まって」
南から逃げてくる人を避けるためネイトが私を抱えたまま屋根の上を走る。
遠くにショーン様とアルフレッド様の結界が見えた。みんなが逃げている間の時間稼ぎをしているようだ。
「ネイト」
「ん?」
「私と友達になってくれてありがとう」
ネイトが笑って言う。
「もしこれが終わったら、パーティしようぜ。あの頃みたいにさ」
緊迫した状況のはずなのに、ふふふと笑ってしまう。
「えぇ。私、さつまいもパーティがいいわ。スキル狩りのせいで参加できなかったんだもの」
南につくと、アルフレッド様の顔が泣きそうに歪んだ。
「本当は、竜なんかと戦わせたくないんだけどな。じゃあ、ここの結界を頼む」
そう言って私が結界を張ると剣を持ち直し、竜の方へ駆けて行った。
ネイトも行く。
「私も手伝うわ」
そんな声が聞こえて、後ろを振り返るとたくさんの冒険者を連れたイヴだった。
「きっとあの竜は私がずっと探していた竜よ。テルーだけに任せられないわ」
イヴや冒険者たちも結界を越えて竜へ向かう。
「ウィスパ! 私よ。お願い、元に戻って!」
イヴは竜に話しかけながら剣を振るが、邪竜は一瞬でイヴを跳ね飛ばした。
「イヴ!」
跳ね飛ばされたイヴが塀にぶつかる間際、ネイトがイヴを抱きとめた。
よかった。
イヴだけじゃない。冒険者たちも次々に飛ばされ、歩ける冒険者は一時結界内に避難してくる。
私は盾のような形の結界を竜に向けて放つ。
攻撃で倒すのは無理だ。だから何とか押し返さないと!
そう、私だって、前よりも上達している。球体の結界に比べて盾状の結界は消費魔力が少ない。
だから前回のように1回だけで魔力切れになることもないと思う。
盾の結界が竜へ向かって飛んでいく。
前回はよろよろと竜が結界にぶつかり、跳ね返り、少しずつ遠くへ行ったけれど、今度の竜は鋭い爪を何度も盾状結界に立てて、とうとう結界を破ってしまった。
そんな……。
冒険者たちも結界が破られて呆然としている。
何人かは逃げていった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
背後で蹄の音がする。
どうしたらいいのかわからなくて、呆然とする私の横に止まった馬にはアグネスとレスリー様が乗っていた。
「結界の魔導具持ってきました!」
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