第247話【閑話】地方の民とトリフォニア

一方地方では賢者の人気はそれほどなかった。

賢者が現れた時には、皆が期待した。何かが変わると。

だが、いつまで経っても暮らしは変わらない。むしろ悪化していくばかり。

倒しても、倒しても魔物はでてくる。

昨日は裏の畑がやられた。今日は騎士が一人死んだ。

毎日のようにどこかで誰かが魔物のせいで被害にあった。

それは帝都から遠く離れたホグウェル領でも同じだった。

今日も今日とて魔物を討伐してきた騎士たちが一日の終わりに酒場に集う。

「賢者なんてくそくらえだ」

一人の先輩騎士が声を荒げる。

思いのほか声が大きかったようで、周囲から視線を集める。

反論がないのは、皆多かれ少なかれ同じような気持ちだったからだ。

「偉くて、強い賢者様は何をしている? 魔物被害が増えているというのに、宮殿に引きこもってばかりで一度も助けにこないじゃないか」

酒場は静まり返り、先輩騎士の話を聞いている。

何もかも賢者のせいにして憂さを晴らすだけでも気分が良かった。

「良い身分だよなぁ? 賢者ってだけで、宮殿のお綺麗な場所で、何の憂いもなく暮らせるんだから。俺だって最初は思っていたさ。助けてください賢者様、助けてください賢者様ってな。そうやって1日、また1日と助けてくれと叫んで、叫んで、声が枯れて、思うんだ。賢者なんてくそくらえって」

その言葉は、酒場にいる皆の声を代弁しているようだった。

ホグウェル領だけではない。

地方のあちらこちらの酒場で同じような言葉が吐かれた。

ホグウェル領が違ったのは、少し前にナリス学園を卒業したばかりの貴族がただの一騎士として働いていることだった。

領主の娘に恋をして、ここまで追ってきたその貴族はこの領地で成果を残さねぇと娘はやらないと領主に言われ、貴族でありながら騎士の中では一番下っ端の騎士としてホグウェル領の騎士団に放り込まれた。

ホグウェル領は帝都から遠い。貴族と平民、差はあれどその差は帝都に比べればとても小さい。

酒場の隅でちびちび酒を飲む下っ端に声をかける。

「ジェイムスは、伯爵家なんだろう? 賢者に来るよう働きかけられないのか? 賢者をつれてきたら、領主様の評価も上がるぞ」

軽く頼む先輩騎士にジェイムスは苛立ちを隠さない。

「俺が賢者に要請することはない」

「なんでだよ! 昨日だって足をやられて動けなくなった仲間がいるんだ。賢者さえくればいいんだ。賢者なら助けろよ! なんだ、俺の言うこと何か間違っているか!」

やってみる前から賢者に要請はしないと言い切ったジェイムスに怒りを覚えた先輩騎士が声を荒げる。

「連日、魔物の被害が出ていてイライラするのは分かる。だが、賢者一人に押し付けるのはお門違いだ」

「なんだと? 賢者はそういうもんだろうが」

「賢者はお前の、いやこの国の導具じゃないんだ。お前、妹にも同じことが言えるのか?」

「何言ってんだ。妹はまだ15。大人の入り口に立ったばかりだぞ。それに妹にそんな力はない」

「賢者だってない。賢者はまだ12だ。剣や弓は全く使えない。賢者のスキルだって竜を追い払うスキルではない。ただただ本を読めるだけのスキルだ。それでも竜を追い払えたのは、勉強したから。俺たちが時代遅れだと言って見向きもしなかった魔法陣をただ一人勉強し続けたから。お前の妹が必死で勉強した結果賢者と言われたら、帝国中の魔物を討伐して回れとおまえは言うのか?」

先輩騎士からも、酒場のだれからも声は上がらなかった。

「今あいつが賢者としているのは、俺たちと同じ。守らねばならないものがあって、守る術を持っていて、守ることを望まれた。ただそれだけだ。俺たちのように志願したわけですらない。何でも人のせいにするから文句が出るんだ。この地を守りたいと思ったのは俺たち、ここに守りたいものがあるのも俺たちだ。賢者なんかいなくても守り切ろう。先輩」

酒場を出てジェイムスは一人つぶやく。

「大人になったら何になりたいってお前も聞かれたかったよなぁ」


何度も竜を観測していたトリフォニアでは、長く続いていたスキル至上主義が変わろうとしていた。

スキル至上主義派とスキル平等派でもめているトリフォニア王都に、隣国の情報が伝わる。

かつて国中がスキル至上主義だったころに無能だと決めつけていたライブラリアンが隣国で賢者になったという。

人々は驚いた。スキル至上主義者だけではない。スキル平等をうたう者ですら、そんな力がライブラリアンにあるとは思いもしなかった。

なぜなら彼らは、スキルを理由に差別することを悪としていただけで、変わらずスキルによって能力は違うと思っていたのだ。

人の優劣を決めるのは、スキルだけではない、お金や学力、他にもいろいろな基準があるではないかと。スキルだけで決めつけるなとそう主張していた。

だからこそ、彼らも最も無能なライブラリアンが竜を追い返し、改革をしているという情報が信じられなかった。

貴族たちは、王妃アイリーンを助けた子供がライブラリアンであることを知っていた。それでもその話を信じてはいなかった。だからやはり賢者の知らせに驚いた。

そうして人々は考える。スキルとは一体何だろうと。

ここにきてようやく、トリフォニア王国は本当の意味でスキル平等への道を歩み始めていた。


王妃アイリーンが声明を出す。


『私は侯爵家に生まれました。

小さな時から領地を見て回りました。

嵐になれば、領民の暮らしはあっという間に厳しいものになりました。

私はハリスン王子の婚約者になりました。

私はかつて見た領民たちの暮らしを思い出し、こう思いました。

私が守らねばならないと。

私は国民を守らねばならない弱きものだと思っていたのです。

私は追放され、山奥をさまよいました。

その時助けてくれたのは私よりもずいぶん小さな女の子でした。

彼女は料理を作ってくれました。私は彼女の料理がなかったら死んでいたでしょう。

彼女は怪我をした私の治療もしてくれました。

それがなければやはり私は死んでいたでしょう。

私は侯爵家の生まれでスキルも五大魔法です。けれどあの時の私は紛れもなく弱き者でした。

我々は勘違いをしていたのかもしれません。

身分が、スキルが、お金のあるなしが人の強さを、優劣を決めるわけではない。

ただ得意、不得意があるだけ。

人間に優劣はなく、我々は自分のできる役割を全うするのみ。

ある者が畑を耕さなければ、私は飢えて死んでしまいます。

私や陛下が国政を放り投げれば、国は乱れます。

皆が皆、役割を全うして、ようやく国ができている。

私と陛下だけでは国にはなりません。貴族だけでもなりません。

五大魔法を持つ魔法使いだけでも足りません。

誰もが欠けてはならない国の一員なのです。

いなくなったら困る者をどうして弱きものと、無能だと言えるでしょうか。

今、話題の賢者様はライブラリアンです。

彼女は私たちが時代遅れだと見向きもしなかった魔法陣を使って、竜を退けました。

魔法陣は、スキルと違い、努力によって身に着けることができます。

私は思います。

魔法陣を国の隅々にまで広げていく。

そうしてようやくこの国からスキル至上主義が無くなるのだと』

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