第246話【閑話】学友とテルミス商会

ショーン以外にも賢者を賢者と思わない者たちがいた。

魔法陣を教える広めるために新たに結成された部隊の面々だ。

彼らの部にまだ名前はない。

誰も未だ結界を習得していないので、派遣される時期も決まっていない。

彼らは皆、今はまだ部の候補者として名を連ねているだけだ。

この部の発足を掛け合ったのは、今年ナリス学園を卒業したダニエルだった。

ダニエルは、在学中に賢者テルミスを「聖女」と呼んでしまったことで、賢者テルミスに「偽聖女」の汚名といじめられるきっかけを作ってしまったことを後悔していた。

男爵という貴族の間では低い身分を気にして、表立って賢者テルミスをかばうことはできなかったが、彼女が困っていたら手を貸そうと思いながら、陰ながら賢者テルミスを見ていた。

結局、卒業まで彼が賢者テルミスに手を貸す機会は訪れなかった。

だから彼は卒業後に就職した宮殿で魔法陣の授業を受ける時、彼女が賢者として立っているのを見て、「魔法陣を教えること」それが彼にできる精一杯の贖罪だと思った。

だが彼が部発足まで精力的に動いたのにはもう一つ理由がある。

「ずっと見てきたからわかります。テルミス嬢は賢者ではありません」

部発足の提案をするために、かつての教師オルトヴェインのもとを訪れたダニエルはそう言った。

「テルミス嬢は、弓矢もまっすぐ打てないほど力がない子です。偽聖女としていじめられても凛としているのに、小さな子供のように美味しい食べ物を前にするだけでニコニコと頬を緩め喜びます。僕にはたった一人で竜と戦わせてよいほど強い人には思えません」

それがダニエルが魔法陣を広めたい理由だった。

ずっと見てきたダニエルにはわかる。賢者は確かにすごい知識を持っているが、同時にただの女の子だと。


ナリス学園を卒業したばかりの賢者テルミスの同級生たちは、おおむねダニエルと同じように考えていた。

だから彼らは、ダニエルが提案した魔法陣を広める部隊へこぞって立候補した。

「自主練しよう」

ダニエルが候補者たちに言う。

「あぁ、一刻も早く魔法陣を身につけ広めるんだ」

「あの平民……いや、賢者様は、嫌なことでも嫌と言わないし、いじめていたジェイムス様も助けるお人よしだ。何でも言われるがままにほいほい自分の仕事にしてしまうのが目に浮かぶ」

「あぁ、すごいのかもしれないが、貴族社会あまり向いてないんだよな。あれじゃ、あっという間に、勝手に責任取らされて終わりだ」

「おまけに体力もない!」

皆は知っている。

矢をまっすぐ飛ばすことすらできない力のなさを。

走るのもどてどてと遅い賢者の姿を。

「魔力が切れたら、あの賢者様を倒すのはそこら辺の子供でも可能なんだよな」

「そんな奴に竜を一任するなんて、危ないよなぁ」

「あぁ、任せられるわけないよなぁ」

「よし! だから自主練だ。早く賢者様に追いつくんだ」


帝都に住む民たちは、賢者が大好きだった。

実際に竜を追い払ってくれたこともあり、「賢者様がいるから安心だ」とよく口にするほどだった。

だが、積極的に賢者の話を聞こうという者は少なかった。

宮殿から、瘴気の原因が人々の憎しみ、妬みなど負の感情に起因すると発表があった時も、皆「へぇ」と思っただけだった。自ら瘴気改善のために何かをしようという者はいなかった。

それは、賢者の言うことなんて聞きたくない! という賢者不支持からくるものではなく、自分には関係のないことだと思っていたからだ。

それに、もし竜が来たとしても賢者がいるという安心感もあった。

その中で自分にできることをと懸命に考えたのはやはり、賢者をよく知る人物たちだけだった。

テルミス商会は儲けたお金で畑を購入した。

それを初年度賃料なし、2年目以降も破格の値段で貸し出した。

条件は腹持ちの良いじゃがいもを植えること、そして卸先は孤児院にすることの二つ。

最初のじゃがいもを収穫するまでは、テルミス商会がじゃがいもを買い付け、配った。

じゃがいもを植え、孤児院にはサリーがじゃがいも饅頭、ポテトチップスという料理を教えた。

ポテトチップスを揚げるのだけは子供には危ないが、他の工程は子供にでもできることをサリーは知っていた。かつて、まだ賢者テルミスが、ドレイト領に住んでいた頃孤児院で作った料理だからだ。

帝都にいくつもある孤児院でじゃがいも饅頭やポテトチップスが作られる。

それを売ったお金で孤児院は少し潤ったし、原料が安価なじゃがいもということで貧者は安くて腹が膨れるその料理を食べて1日の飢えをしのいだ。

有り金全てを孤児院で作られた料理に使い、肉体労働者の多い地区で「賢者様も食べた!」などと喧伝して少し高く売ったりする者もいた。

テルミス商会がそんなことをしたのは、言うまでもなく飢えから人を守るためだ。

多くの貴族が炊き出しや寄付を行っていたが、仕事に誇りを持ち、仕事を愛するテルミス商会は、仕事を持つことによって、稼ぐ術を手に入れるだけでなく、生きる気力にしてほしいと思ったのだ。

そして、その気力が少しでも瘴気を薄めることを期待した。


冒険者のイヴは積極的に帝都近郊の魔物を狩った。ギルドに依頼があってもなくても、毎日狩れるだけ魔物を狩った。

実際魔物は増え続け、イヴがどれだけ狩っても減ることはなかった。

それでも狩り続けたのは、魔物が人々の暮らしを壊さないためだ。

暮らしが壊れる時には恐怖や憎しみが生まれる。つまり、魔物を放置しておくのは、将来魔物に襲われる人が出るだけでなく、その人から瘴気が出、さらなる魔物も生み出すことになるのだ。

だからイヴは狩る。

隣国トリフォニアで竜の目撃情報があった。以前のイヴならすぐにでも竜を探しにトリフォニアへ飛んだだろう。

だが、ここ数年で何度も目撃されている竜の頻度を見て、行くのは無駄だと判断する。

それよりもむしろここにいて瘴気を減らす方が先だと。


テルミス商会もイヴもその心は同じ。賢者テルミスと竜を戦わせたくないがため。

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