第245話【閑話】宮殿・教会の人たち
もともと賢者信仰のあったクラティエ帝国。
突然現れた小さな賢者を、好意的に受け止めていた。
「賢者が現れた」その情報だけで、国中に希望が宿った。
だが賢者信仰と言っても、実際のところそれほど強い思想ではない。
幼い子が姫を守る騎士に憧れるように、人にはない特別な力で弱き者を助ける……そんなヒーロー像を好んでいた人が一定数いるというだけだ。
だからこそ全員が手放しで喜んだわけではない。最初は賢者の有用性に懐疑的なものもいた。
地位ある役職にある貴族は特にそうだった。
だが現在、最も賢者を崇拝しているのが、宮廷で働く貴族たちだ。
最初、彼らは疑っていた。こんな子供に何ができるのかと。
だが、その目で竜を追い返したのと同じ結界を見、長年誰も読むことができなかった謎の文字を解読したのを見、瘴気濃度を測れる道具や自分の属性を測る道具を生み出したのを見た。
誰もができないことを数か月でやり遂げた。
何人ものけが人を治すところも見た。呪われた地も浄化して見せた。
ここまで来ると彼らは思う。賢者は本物だ。我々とは違う特別な人間なのだ、と。
賢者テルミスに政策の相談に行った者も中にはいた。目の前で自分には読めぬ本をめくり、自分の知らぬ知識を授けてくれる少女は、まさしく賢者に見えた。
今まで政治の場に出ていなかったユリシーズは苛立ちを覚えた。
何人もの貴族と話し合い、今後について意見を交わす。
誰もが是だという問題は、何も問題がなかった。
だが、実現が困難な課題や意見の割れる話し合いの場では必ずこの言葉がでてきた。
「賢者様に意見をうかがいましょう」と。
ユリシーズは内心舌打ちをしながら、毎度その言葉をかき消す。
「賢者様の第一の仕事は、竜対策です。一刻も早く対策してもらわねば我々が困ります。明日竜が来るかもしれないのですから」と。
ユリシーズのその返答は、正しく、賢者に意見を求める貴族を黙らせた。
けれど彼は危機感を抱く。賢者の期待値の高さに。
あまりに高い期待は、任期1年の足枷になるだろう。
あの手この手で、賢者でいさせようとするはずだ。
ユリシーズはこのところ毎日かつての約束を思い出していた。
まだ賢者テルミスが学生だった頃に「守ってやる」と約束したのだ。
神格化さえしてきたような貴族たちの認識に、自分はどういう形で約束を守れるだろうかと頭を悩ませた。
賢者を一番救世主のように崇めていたのは、司教クラークだろう。
彼は昔から教会日誌を読み漁るうちに賢者に惹かれていた。
それでも日誌を読んでいる時は思っていたのだ。
「こんなすごい人がいるはずがない。大げさに書かれているだけだ」と。
その彼の認識が変わったのは、まぎれもなく賢者テルミスが竜を追い払った時だ。
自分の魔力が尽きるのも構わず、民の為に結界を発動し、見事竜を追い払った。
日誌に書かれていた賢者と同じ。
普通にはないすごい力を国のために、人のために遺憾なく使い、人々を助けていた。
その時からクラークは確信している。賢者は、神だと。
神話に出てくる神ではないかもしれないが、もう神と言ってよい存在だと。
知識については、半ば期待しながらも賢者テルミスがまだ子供だったので、今はまだそれほど知識はないかもしれないと思っていた。
だが、その推測も聖魔法使いのショーンに教えを授けながら多くの人を救う姿を見て、外れていたと認識を改めた。
今彼は神に仕える身でありながら、賢者テルミスを全知全能の神のように崇めていた。
聖魔法使いのショーンは、司教クラークとは対照的だった。
彼は賢者テルミスをすごいと思っていたが、同時にまだ子供とも思っていた。
それは、彼の一族では年長者が力が強く、どんなに才能豊かでも若者は評価されない一族だったからだ。彼はそんな一族の考え方に反発しながらも、思考の奥深くにはその一族特有の考え方がこびりついていた。
だからこそ彼は賢者テルミスの知識、魔法の才をすごいとは認めつつ、いつだって賢者テルミスを心の中で子ども扱いした。
そんな彼だから気づいた。
教皇が来た夜会。
「その昔、神の代理人は言いました。人の世にいてはならない者がいると」
そう教皇が言った瞬間、賢者テルミスの魔力が揺れたことに。
賢者テルミスの魔力はいつも魔力の器にぴったりと押し込めているから完璧な球体だ。
それが揺れた。
だから動揺していたのはすぐにわかった。そうなれば、教皇の発言の真意もわかるというものだ。教皇は賢者が人の世にいてはならないと言っているのだ。
だが、ショーンにはその理由がちっともわからなかった。
教会治療の日。
賢者を崇拝している司教クラークに話しかけた。
「クラーク司教も、賢者テルミスが人の世にいてはならないと思うのですか」
クラーク司教は目を見開き、「まさか」と否定した。
「教会は賢者を狙って失脚をもくろんでいるとかでしょうか」
あてずっぽうだったが、これくらいしか理由が思いつかなかった。
「いいえ、我々は見に来ただけですわ」
後ろから声がして、振り返れば教皇がいた。
「排除をする段階はとうに過ぎてしまいました。いま彼女を狙えば、国中が混乱してしまいます。だから私たちは昔の教皇の言葉が真実でないよう祈りながら彼女を観察しているだけ。それが真実だったと判断したときには動きますけどね」
あっさりと不穏なことを言う教皇に眉を寄せる。
「そんなこと言ってもいいのか?」
「大丈夫です。賢者様なら何とかしてくださいます。きっと我々のことも全部理解しておられるでしょうから」
司教クラークが、今まで通り自信満々に答える。
教会に属しているが、その目は賢者を少しも疑っていない。教会からの嫌疑など、隠しても知っているはずだ、そして賢者ならすぐに覆せると思っているようだ。
「はぁ……」
ショーンから自然とため息が出た。
賢者を人と思わないような彼らの言動に嫌気がさした。彼らが賢者に見ているのは魔王か神か……。
「貴方たちが賢者を何だと思っているか知りませんが私はテルミス嬢のことは少しは知っているつもりです。彼女は、物知りで、魔法が得意な子供です。ただの12歳の子供。いい年をした大人が寄ってたかって虐めるのはどうかと思いますよ」
今日の授業賢者テルミスは休みだそうだ。
初めて仕事以外で休みだ。
「12歳だもんなぁ。教皇なんて地位ある人からあんな釘の刺され方して怖くないわけないよな」と教会から宮廷に帰りながらひとり呟く。
内心教皇たちに言い過ぎたと汗をかきながら。
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