第243話
悲しい話を読んだ。
それは、トリフォニアの教会日誌に書かれていた大聖女マリアベル様の最期のお姿。
マリアベル様の話は知っている。
伝記『聖女マリアベル』で読んだからだ。
そこには、瘴気が濃い森にさっそうと現れ森を浄化し、聖女になったマリアベル様。
聖女になってからは精力的に各地を回り、民を守ったマリアベル様の活躍が書かれていた。
けれど、教会日誌に書かれていたマリアベル様は全く違った。
マリアベル様が人生の最後に自分の人生を回顧している様子が詳細に記されているその日の日誌は、あまりに苦しく、悲しい話だった。
マリアベル様が生きた時代は、皆がスキル鑑定による魔法を使い、魔法陣など忘れかけていた時代だった。
山の麓の小さな集落で生まれたマリアベル様はスキル鑑定を受けず、魔法陣によって魔法を使う魔法使いだった。彼女だけではない、その集落では皆が魔法陣を使い続けていた。
ただ一つ彼女と集落の人の違いがあるとしたら、彼女が飛びぬけて魔法が上手だったことだ。
それこそ魔法陣を使うことなく結界を発動させられるほど。
マリアベル様にとってはその日も、いつもと変わらぬ一日が始まるはずだった。
だが、夜明けとともにたたき起こされ、集落皆で逃げることになる。
まだ若く、集落から出たことのなかったマリアベル様には逃げる理由は分からない。
けれど、集落を出て少し。
森があった。瘴気がとてつもなく濃い森。これでは通れないと焦る皆にマリアベル様が浄化すると請け負った。
瘴気を浄化して、浄化して、そこで出会ったのが王国軍の騎士だ。
魔法陣を使うことなく、結界を使うマリアベル様を見て騎士たちは聖女だと呼んだ。
なかなか帰ってこないマリアベル様を心配して、追ってきたマリアベル様の両親が見たのは、無理やりにでも連れて行こうとする王国軍だった。
娘を取り戻そうと魔法を使い、そして、その場で返り討ちにあった。
マリアベル様はその時の様子を語る。
「私は集落から出たことのないただの世間知らずの愚かな娘だったの。浄化後で魔力が少なかったとはいえ、私の結界を使えば両親への攻撃を防ぐことはできたわ。でも、私知らなかったの。私以外にも魔法陣を使わずに魔法を使える人がいたなんて。ううん。集落の人以外は皆もう魔法陣など描く必要なく、即座に魔法が使えるなんて知らなかったの。魔法陣を使う人を異端と呼ぶことも親を殺されて初めて知ったのよ」
森をすっかり浄化したマリアベル様。もう魔力はそれほど残っていなかった。
他の人たちを逃がすために、マリアベル様は王国軍についていくことを決める。
「心の中でみんな助けてと叫びながら、同時に、みんな絶対出てきてはだめよと祈った。自分の運命が怖くて、でもそれ以上に一緒に育った集落の人たちが両親のように殺されるのを見るのが怖かった。助けて、逃げて、助けて、逃げてと心の中で矛盾した気持ちをずっと叫んでいたの。あの時みんなは助けに来なかった。だからきっと他の人は逃げきれたのだと思うわ」
それからマリアベル様は聖女として懸命に活動した。
異端と言われぬよう、魔法陣で魔法を使っていることは隠して、言われた通りに各地に赴き、瘴気を浄化した。
聖女になったマリアベル様は瘴気が人々の憎しみ、苦しみ、妬みなどの負の気持ちから発生することを知った。
だから、皆に語りかけた。
争い合うのは止めようと、困っている人には手を差し伸べようと。
その言葉に多くの拍手、称賛が送られようとも争いはなくならない、異端者への迫害も続く。
「もう、私限界なの。私も異端。魔法陣を使う魔法使いよ。だからわかるの。私の聖杯はもう駄目だわ。もうあと少しでも私の気持ちが憎しみに支配されれば、私は魔物になってしまう」
マリアベル様の独白を聞く司教が自分を浄化すればいいだろうと口を挟む。
「浄化? そんなの両親が殺されたあの日から毎日自分にかけている。それでもすぐに真っ黒になっていくの。もう抑え込めない。憎いの。あの時親を殺した騎士が、あの時私を見捨てた集落のみんなが、争いをやめてくれない国の人が。魔法陣の事なんてちっとも知らないくせに偉そうに異端だと罵ったり、怖がったりする人たちが、私を教会にとどめて働かせるあなたたちが。私一人に問題を押し付けるこの世に生きるすべての人が。私は、憎い!」
あまりに悲痛なマリアエル様の叫びに胸が詰まる
マリアベル様は、一人戦っておられたのだ。魔物でも瘴気でもない。
自分の中に湧き上がる憎しみと憎しみ合う世界と。
「これは憎しみに支配されていないわずかな私の心が言うの。どうか世の為、人の為に尽くした聖女マリアベルのまま死なせてと」
そこで、その日の日誌は終わった。
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