第242話

あっという間に歓迎の夜会の日になった。

夜会と言っても私の準備はあまりない。賢者としての参加なので、いつものローブでいいからだ。

アルフレッド様は私のローブに合わせて衣装を選ぶ。

このアルフレッド様の衣装選びに、何故か私も呼ばれ久しぶりにヴィルフォード公爵家に行った。アルフレッド様の衣装を選んでほしいと言われた時は、なぜ宮殿でしないのかと疑問だったけれど、行ってみてようやく疑問が解けた。

久しぶりに行った公爵家にはイヴや、サリー、ルカ、ベティちゃんにバイロンさんやナオがいたからだ。

最近元気のなかった私を元気づけるためだったらしい。

みんなでシャンギーラでの旅の話をしたり、商会の現状を報告しあったり。

昔に戻ったみたいでとても楽しい一日になった。

ネロも連れてきてくれていたので、シャンギーラの神話に出てくる黒猫の話でも大層盛り上がった。


ネロはその日私についてきて、宮殿で過ごすようになった。

「じゃあネロ、夜会に行ってくるから。この部屋から出てはだめよ」

「にゃー」

相変わらず、私の言葉が分かるようにタイミングよく返事をしてくれるネロ。

そして、「さぁ行きましょうか」と出してくれたアルフレッド様の手の上に手を重ねる。

ちょっとドキドキする。

それはきっと、夜だから。隣にいるアルフレッド様もいつもの騎士服ではないから。

大人の仲間入りをしたようで、ドキドキする。


皇帝陛下が教皇を紹介し夜会が始まる。

陛下から紹介された長い金髪の女性が一歩前に出る。あの人が教皇……。

教皇の後ろには、クラーク司教も控えている。

バチリ。

クラーク司教と目が合う。彼は何か言いたげにこちらを見て、再び前を向いた。

教皇が口を開く。

「私たち司教は神への感謝を捧げ、神の御心を皆様にお伝えする手伝いをさせていただいております。私も教皇という肩書を持っていますが、それも各地にいる司教の長というだけの肩書であります。今までのクラーク司教と同じように接していただいて構いませんわ。どうぞよろしく」

会場に拍手がおこる。

「ですが」

拍手が止まり、静まり返る。

「昔は違いました。昔の教皇は、実際に神と対話ができた神の代理人だと言われております。その昔、神の代理人は言いました。人の世にいてはならない者がいると」

一瞬心臓がキュッと縮む。その言葉は、私に当てた言葉だ。

アルフレッド様の手が私の手に重ねられ、無意識にエスコートのために手を乗せていたアルフレッド様の腕をつかんでいたことに気が付く。

「今、時代は新たな転換期を迎えています。隣国ではスキル狩りという痛ましい事件が起こりましたし、スタンピードも起こりました。竜も各地に出現しています。ここ帝国の国境でスタンピードは止まりました。竜も賢者様が追い返したと聞きました。時代はここ帝国で変わり始めている」

またも拍手が起こる。

今度は教皇が私の方に向き直り、言った。

「だからこそ私は来たのです。時代が変わるとき、我々はきっと神のご意志を聞くでしょう」

まるで演説のような教皇の挨拶に、会場中が拍手で包まれる。

私は内心不安で、怖くて心臓がバクバクだった。

ここで、「お前は人の世にいてはならない」と言われたらどうなってしまうのだろう。

けれど、この教皇のあいさつの後に続いたのは陛下の晴れやかな声だった。

「はっはっはっ。良い挨拶だな。そう、時代は変わる。賢者殿についてわが国では結界の使い手を増やしている。この試みが上手くいけば、竜も魔物も必要以上に怖がらなくてよくなる。確かに時代が変わる。これからは魔物におびえることのない平和な世界になろうぞ!」

今度は私が拍手を浴びる。

お前のせいだ! と弾劾されなかった。

けれど私はずっと喉元に剣を突き付けられているような感覚がした。


私にとっては恐ろしい夜会が終わっても、私の日常は変わらなかった。

変わったと言えば、私付きの人がみんなピリピリしだした。

教会日誌に書かれていた全文を知っている私たちにとっては教皇の言葉にあった「人の世にいてはならないもの」が私を指すことは明らかだったからだ。

他に変わったのは、ショーン様が受講生の中で最初に結界を使えるようになったこと。さすが聖魔法使いだ。やはりショーン様が一番乗りだった。

そしてもう一つ。現在私の授業を受けている受講生と新規採用者の中から各地に魔法陣を教える部隊が作られることが決まったこと。

まだ結界を使えるようになっていない為、今すぐ派遣されることはないが、将来的にはいわば、私の教え子が帝国中を回って魔法陣を教えて回ることになるらしい。

結界ができるようになったショーン様、アルフレッド様、私は結界が張れる魔導具作りを開始した。皆仕事をしながらだし、私も教えながらなので、大量に作れないが、これも他の受講生が結界を張れるようになればどんどん広めていく。

広がれば広がるだけたくさん結界の魔導具を作ることができるだろう。


私たちが今、結界の魔導具作りに乗り出したのには訳がある。

一つは魔導具があれば結界など学ばなくてもいい、瘴気対策などしなくてもいいと言われそうだったから。今はもう魔法陣を学んでいる人がいて、結界の使い手もいる。

だからこのタイミングで作り始めた。

もう一つは、瘴気対策に思っていたより時間がかかるからだ。

これはユリシーズ殿下やアルフレッド様は予想していたことらしいが、瘴気が多い場所が分かったところで、瘴気の原因である妬みや憎しみがどこから来ているかがわからないことと、対策をすれば別の部分で不満がたまるからだ。

そう、貧困地区で瘴気が多いからと言って貧困対策を施せば、貧困地区ばかり優遇されているのは不公平だと。そういう意見が出てくる。

皆が平等に、皆が幸せには難しいのだとユリシーズ殿下は言っていた。


教皇が来るなど予想外なことはあったが、私の周りではこうして着々と竜が来た時への準備が進んでいく。だが、準備は準備でしかない。帝都の外は未だ魔物が多く、トリフォニアでは再び竜の目撃情報が出ていた。

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