第241話
外を歩けば汗ばむ季節になってきた。
魔法陣の授業は順調で、私の授業を受けている受講生たちは皆単純な付与魔法ならできるようになった。今は聖魔法の訓練をしている。
結界が使えるようになるのも時間の問題だろう。
受講生たちに先んじて結界を使えるようになった人もいる。アルフレッド様だ。
護衛として常に私と共に行動しているアルフレッド様は、私が魔法を使うたびに魔力感知で魔法を見ていたらしい。
魔法陣で結界を使ってみてくれと一度お願いされたので実演すると、アルフレッド様はそれからさほど日にちが経たぬうちに結界を使えるようになっていた。
まだ魔法陣は必要だそうだが、驚きだ。
授業を受けている受講生たちの魔法も、格段に精度が上がっている。
その理由の一つが生徒として授業を受けるだけでなく、実際に教えていることだと思う。
ショーン様は他の宮廷治癒師たちに、ウォーレン様たち魔法師団の方はこの春から宮殿で働くことになったナリス学園時代の同級生たちに、エイベル様たち研究所の人たちは、ナリス学園の教師たちに。
少しずつだが、魔法陣の輪が広がっている。
私が解読していた古代語ももう今は私一人でしているわけではない。古代語を学んだ研究員が翻訳し、わからないところだけが私に回ってくる。
私の作った瘴気感知器を元に、貧困対策も始まったらしい。
予想していたことらしいが、貧困地区の瘴気が多かったからだ。
夜もだいぶ眠れるようになってきた。
アグネスがホットミルクをもって夜にやってくるので、ミルクを飲みながら他愛もないことを話すことが、気分転換になっているのだろう。
賢者として何ができるのだろうか、私がやっていることは正しいことなのだろうかという疑問はある。
これで本当に竜に対抗できるのだろうかという不安もある。
けれどちゃんと眠れるようになってからは、不安感は心の奥底に閉じ込めてもうやるしかないのだと腹をくくることにした。
どれだけ考えても正解かどうかなんてわからない。
わからないなら、正解と信じた道を進むまで。
日課として読んでいる教会日誌で不穏な言葉を見つけたのは、そう前を向き始めた時だった。
その日誌が書かれたのは、トリム王国時代のこと。
レペレンスにあるその教会に、教皇に即位したばかりのエイバン教皇が立ち寄った時のことだ。
その頃は王が教皇を兼任する時代だったので、英雄王エイバンが王になった時ともいえる。
その時の指示が書き残されていた。
「ライブラリアンは、人の世にいてはならない。周りを蝕む害悪だ。スキル鑑定でライブラリアンだった者がいればすぐに報告すること。問題の芽は早めに摘むに限る」
そう言っていた。
エイバン王が。
エイバン王の兄のカイル王子はライブラリアンだ。
何を以て自分の兄を人の世にいてはならないと、問題の芽と言うのだろう。
自分の弟にそんな言葉を言わせるほど、カイル王子は怠惰だったのだろうか。
いや、もっと違う意味があるのかもしれない。
スキル狩りは、役立たずのスキルだからという理由で行われた。
スキル狩りの犯人たちはこのエイバン教皇の言葉を知らない。知らないのに、無能だ、役立たずだとそんなスキルの人は社会に必要ないとスキル狩りが起きた。
賢者になって、少しは人の役に立てているのではないかと思っていたけれど、300年前も今も、ライブラリアンは、私は、要らないと言われている。
それがちょっと堪えた。
そして悪いことというのは続くものである。
「教皇が来る?」
ユリシーズ殿下と報告会をかねた昼食で聞いたのは、今までレペレンスにいた教皇が帝都の教会を拠点とする為、帝国に向かっているという情報だった。
教会日誌にライブラリアンは害悪だと書かれていたのをみたばかりのタイミングだったので、ことさら悪いことのように思えてしまう。
「あぁ、急だが来週にでも歓迎の夜会が開かれる。君ももう12歳だからな……心づもりしていてくれ。パートナーはアルフレッドがいいだろう」
護衛としてネイトをつけ、パートナーとしてアルフレッド様と参加した方が守りやすいだろうとのことだ。
「ん? 何があった?」
黙っている私にユリシーズ殿下が話しかける。
「えっと。今、教会日誌を読んでいたのですが、そこにライブラリアンについての言及がありました」
ユリシーズ殿下が食事の手を止める。
「ライブラリアンは人の世にいてはならないのだと。だから問題の芽は早めに摘むように当時の教皇から指示があったみたいです。教会はそれで私に目をつけているのでしょうか」
ユリシーズ殿下は難しい顔をして、警備のものを増やそうと言った。
自室に戻り、扉を閉めたところでアルフレッド様が私を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
深い緑色の瞳に見つめられ、一瞬弱い自分がでてきそうになる。
ライブラリアンは害悪なんだって。人の世にいてはならないって、存在しているだけで悪いということでないの?
私の存在が悪ということなんじゃないの?
もうどうしたらいいの?
そんな弱音が口からこぼれそうになり、慌てて口を閉ざす。
代わりに笑って「大丈夫です。ふふふ。ご心配ありがとうございます」と答えた。
大丈夫、大丈夫。にっこり笑っていたら、大抵のことは大丈夫になる。
笑っていたら楽しくなるのだから。
そんな私をアルフレッド様が辛そうに見ていた。
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