第240話【閑話】アグネス視点

「私はここまでです」と告げて、帝都へ向かうお嬢様を見送った。

その足で向かったのは、レスリーの所だ。

わかっている。また最悪なことをしているって。

「アグネス、どうした? テルー嬢と一緒じゃなかったのか」

「レスリー、お願いがあるの。私と……結婚してほしいの」

「な、なんだって?」

昔、ジェイムスにも同じように結婚をねだっていた。それはあの家に居場所が欲しかったから。伯爵令息のジェイムスと結婚すれば、少しは見直してもらえるのではないかと思ったから。

けれど、それはジェイムスの気持ちを無視した私の一方的なもので、それが最低なことだったと今の私は知っている。

けれど今の私にはもう……この方法しかないのよ。

突拍子もない私の願いに、目を白黒とさせていたレスリーだったが、一息ため息をつくと冷静になったようだ。

「まずは、訳を話してみろよ」

そう言って、私に紅茶を入れてくれた。

まだ、帝都に到着していないお嬢様は賢者として知られているわけではない。詳細を出さぬようにしながら、私は宮殿で侍女として仕事がしたいからだと話す。

レスリーの返答は「否」だった。

レスリーの身分を目当てにしていると言っているようなものだから当たり前だ。

最低だ……私。

サリーやルカ、ベティは平民だが技術があるし、ネイトは強い。

だけど私は? 私は確かにファッションセンスはあると思うし、流行にも敏感だ。いつか良いところへ嫁ぎたかったから、貴族間の事には精通している。

けれど、そんなこと私以外にだってできる人はいる。私でなければならないわけではない。


レスリーは昔から優しい。

それは今も変わっていないらしく、結婚は断られたがレスリーの家で働かせてもらうことができた。

レスリーのお母様、カーター男爵夫人も昔なじみの私が路頭に迷っていると知ると親身になってくれた。

休憩時間には、屋敷の図書室も使っていいという。今まで勉強していなかったけれど、お嬢様の傍に居続けるには勉強も必要だ。

サリーやルカ、ネイトは平民だ。

だがみんな出身国のトリフォニアの言葉だけでなく、ナリス語の読み書きもシャンギーラ語だって少し話せるようになっていた。ネイトはお嬢様の使う魔法陣の勉強もしてより強くなろうとしていた。

私も、負けていられない。

休み時間や夜寝る前は図書室で借りた本を読んだ。本なんてお嬢様が読んでくれた本以外ほとんど読んだことのなかったから、数ページ読むだけで眠くなった。

それでも何とか読んだ。

休日は町へ出た。カーター領は小さな領だが、交通の便が良く栄えている。ここで流行をキャッチしていれば帝都に帰った時もさほど苦労することはないだろう。

そうやって毎日毎日仕事と勉強を繰り返した。

レスリーの仕事が休みの日は、レスリーも図書室に顔を出した。

レスリーは私以上に勉強が苦手だったが、時間の空く限り図書室に通っていた。

「なぁ、まだ侍女はあきらめていないのか?」

勉強終わりにレスリーが聞く。

「えぇ。すぐには無理でも、勉強して今度は試験を受けて宮殿で何かしらの仕事をするわ」

「仕事ならここにあるだろう? 俺らはお前を放り出したりしない。ずっとここで働けばいいじゃないか。わざわざ宮殿でなくても」

レスリーが言いたいことは分かる。

今の私はとても恵まれている。

住み込みで働かせてもらえているし、お給金ももらえる。一緒に働く人たちは優しく、わからないことがあっても嫌な顔せず教えてくれる。こうやって勉強ができているのも、図書室を使っていいと言われているからだ。

ここは本当にいい職場だ。

「テルー嬢が賢者なんだろう? もう知っている。そろそろなんでそこまでして付いて行こうとしているか教えてくれないか」

そっか。お嬢様が賢者だと知られたということは、無事に帝都についたんだ。

ほっと胸をなでおろす。

「お嬢様には、家がないのよ」

「家?」

私はシャンギーラへ向かう旅の最初にお嬢様が言った言葉を思い出す。

「アグネス、大丈夫。私、逃げるの初めてじゃないの。クラティエ帝国に来たのもスキル狩りから逃げるためだったんだから。大丈夫。慣れっこよ!」

お嬢様はそう言った。

お嬢様の話や以前やってきたお嬢様のお兄様をみると、お嬢様はとても愛されている。

家に居場所がない面倒な子供だった私とは大違いだ。

けれど、その家がある場所ははるかに遠い。

逃げるのが初めてじゃない、慣れっこだと話すお嬢様もまた、私と同じく帰る場所がないのだと思った。

よく言えば、身軽。悪く言えば、根無し草。

だから、突然住んでいた場所を追われてもお嬢様は悲しまない。

ふと思う。それは本当か? と。

何も悪いことなどしていないのに、突然住んでいる地を去らなければならない。

本当に悲しくないのか、理不尽だと怒りがわかないのか? と。

付き従っている私でさえ、お嬢様より年上の私でも思ったのだ。

お嬢様だってそう思っているはず……そう思い注意深くお嬢様を見守った。

けれど、お嬢様はやっぱり帝都を逃げなければならなかったことに対してそれほど悲壮感を抱いてはいなさそうだった。

ある時気が付いた。

お嬢様にとって家は、トリフォニアにある家でも、帝都の家でもないことに。

お嬢様にとって帰るべき家は、場所じゃないのだ。人なのだと。

「お嬢様の家は私たちなの。もしかしたら私一人いなくなってもどうってことないのかもしれない。けれど、お嬢様の専属は平民たちばかり、賢者の近くまで行くのはかなり難しいはず。行けるとしたらネイトくらい。そのネイトだって身分で弾かれてしまうかもしれない。お嬢様を宮殿でたった一人にしたくないの。侍女になれればずっとそばに居られるわ。私に居場所をくれたお嬢様。今度は私がお嬢様の家になりたいの」

笑われるだろうかと思った私の話をレスリーは口を挟まずじっと聞いてくれた。

「それじゃあ結婚するか」

「へ?」

「どうせこの領地を継ぐのは弟だからな。貴族と名乗れるのは、俺の代までだ。だから結婚は好きに決めていいと言われている。善は急げだ。今から親に挨拶して、早く帝都に行こう」

突然の方針転換に信じられなくて、ぽかんとレスリーを見上げる。

そんな腑抜け顔の私を見て、レスリーが忘れていたとばかりに付け加えた。

「あ、だが形だけの結婚なら嫌だぞ。幸せな家庭を作ろう」

私を見るレスリーの目があまりに優しくて、泣きそうになった。




◆作者からのお知らせ◆

本日ライブラリアン3巻発売です!

近況ノートでは書きましたが、3巻はこのWEB版の世界線から少し分岐し、違う結末を迎えます。

書下ろしのゴラーの話もクライマックス。

書くのがとても楽しかった3巻。

どうか読者の皆様にも楽しんでもらえますように。

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