第238話

夜更けに倒れるように眠り、また夜明けのころに目を覚ました。

流石にもう少し眠った方がいいと横になったまま目をつむる。けれど寝返りを打つばかりで、まったく眠れないばかりか、眠くもない。

諦めてベッドから起きだし、今日も古代語を訳す。

今日は訳する古代語が短かった上、読んだことのある本の要約だったので、あっという間に終わる。

終わったら次は瘴気感知器だ。昨日と同様ぷすりぷすりと魔力の針でクアルソを刺す。

寝不足の頭でぼんやりと考えるのは、昨日訳した古代語。

何か引っかかっている気がするんだよなぁ。

「付与魔法とは、魔法を物に付与し、魔法の効果を持たすこと」

ふいに昨日訳した一文を思い出す。

この文の後はこう続いていた。

「スキル鑑定具もカイル王子の持つ能力鑑定のような魔法を物に付与したのだろう」

カイル王子の能力鑑定の魔法って、もしかして私が魔力の器の中に見える属性の事なのではないだろうか。

カイル王子はライブラリアン。

だとしたら、きっと彼も空の属性だろうし、だから私だって彼と同じようなことができるかもしれない。

私……スキル鑑定具作れるのでは?

ぷすりぷすり。

魔力の穴をあける。

付与魔法とは、魔法を物に付与し、魔法の効果を持たすこと。

つまり、物に付与したら付与魔法なのだ。

その魔法自体を使える力量がないとできないだろうけれど、私は眼強化アイブーストを使って、属性が見える。

だからその自分が魔法でできる範囲のことであったら、この場合眼強化アイブーストで見ている属性をクアルソに映すだけならできる気がする。

手元のクアルソを見る。

やって……みようかな。

眼強化アイブーストはできるようになってから日常的に使ってきた魔法だ。

きっと魔法陣なしでできるだろう。

私が見えている属性がそのままこのクアルソに見えるようにイメージしながら、魔法をかける。

ぴかっと一瞬光り、付与が完成した。

試しに自分の魔力を通してみる。

以前スキル鑑定具で見た時のようにクアルソの中から白い光が出てきた。

成功……したのかな?

ちょうどその時、コンコンと扉がノックされ、アグネスが来た。

「おはよう! アグネスちょうどよかった。これに、魔力を通して」とそこまで言った時、アグネスがすごい勢いでツカツカと近寄ってきた。

「テルミス様、今日も眠れなかったのですか?」

「ちょっと早く起きちゃっただけ」

にっこり笑ったつもりの私をアグネスがじっと見つめる。

根負けしたのか、私の手にあるクアルソを手に取って魔力を通してくれた。

4色の魔力がクアルソの中で渦を巻く。細い色、太い色がある。

「え! これどういうことですか?」

「赤が火で、青が水、緑が風で、黄が地よ。一番太い色がアグネスのスキルでしょ?」

ふふふ。これに魔力を通すだけで魔法を使えるようになるわけではないが、私が見ているものを一緒に見ることができてうれしい。

古代語も、属性も、ライブラリアンの本の中身も一緒に見ることは今までできなかったから。


それから私は毎日何かを付与した。

時間はたくさんあった。夜中まで起き、夜明けと同時に起きるのだから当然だ。

最初はライブラリアンにある『古代語』という本。

そう。アグネスと私でせっせと書き写していたものだ。

ライブラリアンの中身をそのまま紙に付与する。

付与する……というのとはちょっと違うかもしれない。付与の一歩手前でやめたような感じだ。

なぜなら、魔法によって出した本を物に定着させるだけで、定着後その物に魔法効果はないから。

私のライブラリアンと同じ機能があったのなら付与すると言えるのだと思うのだが、それは何度やってもできなかった。何度やっても紙の本ができるだけだ。

他にもバンフィールド先生の温室にあった薬鑑定機を真似して、植物鑑定機のようなものも作った。

形は、薬の鑑定機をそのままそっくり真似をして、『植物大全』を付与したのだ。

上手くいったかと思ったが、ヤローナ草などよく扱っていたものは問題なく鑑定できたのだが、宮殿にあった初見の植物は、鑑定間違いをしていた。

ライブラリアンで『植物大全』を読み直したら、その植物もちゃんと載っていたので『植物大全』を付与したのではなく、『植物大全』を読んだ私の知識を付与したということなのかもしれない。

やはり、ライブラリアンの能力自体は付与できないのだ。

もしくは、さらに訓練を重ねたらできるようになるのだろうか。


その後も眠れぬ日は続き、それによってできた時間で、朝は古代語の翻訳や瘴気感知器に加え、新たな道具を作り、夜は教会日誌を読みながらいつの間にか眠るということを繰り返した。

アグネスと共に自習できる教材を作ったことで、古代語は受講生から他の人へも伝わり、新しくできたスキル鑑定具や瘴気感知器、植物鑑定機を見て人々は思った。

本当だった。本当に賢者様だったと。

クラーク司教はことあるごとに賢者を持ち上げていたが、このころにはクラーク司教だけでなく、宮殿にいる多くの貴族もまた賢者を特別視した。

人の口に戸は立てられぬ。

その様子は、宮殿だけでなく、帝都近郊の領主たちにも届く。

宮殿で下働きをしている平民から、町の人々へも。

最初は「賢者様はとてもすごいらしい」という曖昧だった話が、伝言ゲームのように人々を駆け巡る間に変化し、「賢者様がいれば安泰だ」「賢者様に任せていれば大丈夫」になっていく。

テルミスの睡眠時間と引き換えにそんなことが起こっていようとは、忙しいテルミスはまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る