第236話
専属たちが私を見捨てずに来てくれた。
今振り返れば、私がライブラリアンであることも、スキル狩りから逃げなければならなかったことも私には不可抗力なことだった。
けれど、賢者は別だ。ネイトが止めたのも構わず結界を張ったのは私。みんなが逃がしてくれたのに、アルフレッド様が心配でその気持ち一つで帝都に舞い戻ってきたのは私。
随分みんなの事を振り回してしまっていた。
賢者になり、みんなと別れなければならなくなり、ようやくそのことに気が付いた。
そして、気が付いたことはもう一つ。
私には……みんなが必要だ。
みんなが付いてきてくれていると知って、どれだけ心強かったか。
だから私も。
私も、頑張らなくては。専属のみんながこれだけ頑張ってくれているのだもの。私が腑抜けていてはだめだ。
朝、いつもより早く目が覚める。
窓の外、宮殿の囲いの向こう、帝都の町のそのまた向こう。ずっとずっと向こうに見える森から朝日が昇ってくる。
ここに来たのは年が明ける前、今はもう春だ。
ユリシーズ殿下は「1年」と時間を区切ってくださった。
あっという間に一つの季節が過ぎ去った。もううかうかしている暇はない。
そろりと寝台を出て、服を着替え、顔を洗う。
机に向かってまずは古代語の解読。
今日の文章は短かったが、よくわからなかった。見つかった場所は、カラヴィン山脈の奥地。
スタンピードの後の調査で見つかったそうだ。
『守り人よ。その本を開け。時が来ればモノジアに眠る叡智と共に世界を導くがいい』
守り人? モノジア? これって一体何の話だろう?
今まで翻訳したものは本の要約が書かれていたようだった。
これも何か本に書かれている一節だろうか?
短かったので、もう一つ訳す。こっちは没落した貴族の館の塀に書かれていたものだ。
『今日、私はエイバン王子による素晴らしい発明のお披露目ということで城に行った。
そこで目にしたのはあまりに、あまりに残酷なものだった。
パーティ会場だというのに、そこには私の本、他の研究仲間の本、貴重な研究資料が山になって積み上げられていた。
その異様な光景に一体何が始まるのだろうかと人々は胸を高鳴らせた。私もだ。
パーティが始まると、エイバン王子は余興とばかりに一人の孤児をパーティに参加させ、皆の前で新しい発明品だというスキル鑑定具を使わせた。
痩せて、ぼろぼろの服を着たその男の子は鑑定後すぐに魔法を使えるようになった。
何年もかけて習得するはずの魔法をだ。なんてすごい発明なのだと大きな拍手が起こる。
そして、それが起こった。
エイバン王子の「だからもうこれらは必要ない」という言葉の後、エイバン王子の後ろにあった我々の努力の結晶が一瞬のうちに消し炭になってしまったのだ。
付与魔法とは、魔法を物に付与し、魔法の効果を持たすこと。
スキル鑑定具もカイル王子の持つ能力鑑定のような魔法を物に付与したのだろう。
何故、何故だ。なぜカイル王子はこんなものを作ったのだ。
もう私はこれ以上研究などできない。これからどう生きていけばいいというのか」
今までずっと研究していたスキル鑑定具のことが分かった。
書かれていることに驚き、二度目を通した程だ。
これはユリシーズ殿下にも話さなければ。
ふーっと口から息を吐いたとき、コンコンと扉をたたく音がして、扉が開いた。
「賢者様? おはようございます。昨夜は眠れませんでしたか?」
既に起きている私を見たアグネスが驚いて聞く。
机に散らばる今訳した紙を見て、私の顔を見て、苦い顔をするアグネス。
「どうかご無理はなさらないでください」
そう言って、ナランハ入りの紅茶を用意してくれた。
イヴとの旅の間は、ナランハで作ったジャムをお湯で溶いただけだった。
あの頃よりもずっと上品でおいしいお茶を飲みつつ、なんだか懐かしい気持ちになった。
「ねぇ、アグネス。私のことは賢者様じゃなくて、名前で呼んでくれないかな?」
懐かしい気持ちに引きずられて、ちょっとわがままを言ってみた。
紅茶を飲んで、一息ついたら今度は瘴気感知器作りだ。まだまだ朝は長い。
魔力を針のように鋭く細くとがらせ、クアルソに刺していく。実験の結果はどこもかしこも灰色だと聞いている。つまり、どこも瘴気が充満しているということだ。
特に濃い灰色だったのは、スラム化している裏路地など少し治安の悪い場所、海街との境目も少し濃かったと聞いた。そして、宮殿も。
他の地域も調査しようとしているから、きっともっと多くの感知器が必要なはず。
予備でもらっていたクアルソにぷすり、ぷすりと魔力で作った針を刺していく。
指しながら、思考は段々先ほど訳した日記に持っていかれる。
スキル鑑定具を作ったのは、英雄王とも言われたエイバンだと思っていたけれど、違った。
日記によると第一王子のカイル王子の方だったようだ。
けれど、カイル王子は英雄王エイバンの兄であり、ライブラリアンだ。
そう。私が無能と呼ばれるきっかけになったあの怠惰で無能な昔々の第一王子。
本ばかり読んで、何も役に立たなかった第一王子のカイル。
まさか魔法の勉強が嫌だったから、その時間本を読んでいたいから作った……とかかしら。
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