第235話

私の毎日は最近また忙しくなっている。

魔法陣の授業と古代語の解読に加えて、瘴気感知器作りが追加されただけでなく、何故だかよく来客があるからだ。

私が村に行って浄化したことで、また賢者としての名が売れたらしい。

侍女やアルフレッド様が断ってくれることも多いのだが、クラーク司教の紹介で来る人も多い。

司教の紹介となるとなかなか断ることもできず、その貴族と会うことになる。

話によると、クラーク司教は私のいい話ばかりをしているらしい。

「賢者様は今まで誰一人としても解読できなかった文字を解読されている」

「賢者様は呪われた村を一気に再生してみせた。まるで神の御業のようだ」

「賢者様は素晴らしい」

「賢者様なら良いようにしてくれるだろう」

悪い噂を流されているわけではない。中には事実もあるし、褒めてくれている。

だからきっといいことのはずだ。

ただ、ちょっと私には過分なだけ。

私の能力がクラーク司教の思う私に届いていない気が……する。

今日も一人の貴族がやってきた。

魔法関連の質問だったので、私のわかることをお伝えした。

だが、時には魔法とは全然関係ない話をされることもある。農業の話や病気の話、特産物の話なんかもある。

皆「賢者様はどう思われますか?」と聞いてくる。

わかることならいいのだが、わからないことは本でいろいろと調べて、過去の事例や対策を伝えたりする。

帰り際は皆とても笑顔で帰る。

「賢者様ありがとうございます」「さすがは賢者様」「賢者様に助言をいただけたので安心です」などと言って。

客が帰り、ふと我に返るとこれって私がする仕事だったのだろうかと思うことがある。

賢者って魔法を複数属性使え、竜を追い返せる人だと思っていたのだが。

けれどこうも思う。

皆笑顔で帰っていった。問題が解決して、不安が減ったのは良い事のはずだと。

そうすれば瘴気は減り、竜対策にもなるから。

そう考えれば、私の仕事でもあるような気がした。


アルフレッド様は、一貫している。

最初から最後まで、追い返せる人は皆追い返している。

私が「調べて教えることで、瘴気が少なくなるのなら、いいことでしょう?」と問いかけた時も、「いいえ、あれはあちらの問題です。賢者様の手を煩わせるような問題ではありません」と言っていた。

相談に来る貴族は、一人、二人と増えてきて、それに伴い私が個人的に読んでいた教会日誌を読む時間は無くなり、時々は夜更かししなければ間に合わないこともあった。

忙しくて1日の中で唯一侍女が見た目の可愛いパイやプリンを出してくれるお茶の時間だけがほっと息をつける時間になっていた。

最初は一人、二人程度だったが、どんどん増えてくる相談者対策にアルフレッド様は、ユリシーズ殿下に直訴しに行った。

ユリシーズ殿下も問題視しているようで「賢者の仕事は、皇帝陛下から依頼されている竜対策が緊急かつ重要な第一の仕事で、何者もそれを妨げてはならない」という宣言を出したほどだ。

私を守ってくれる二人が反対だったということは、私がすることではなかったのだろう。

賢者の仕事って難しい。


新たに製作し始めた瘴気感知器は魔力で穴をあけるだけだが、極細の瘴気の通り道を四方八方にあけなければならないので、少し神経を使う。

まるでオレンジの表面にある点々とした凹凸一つ一つに針を刺しているよう。

かなり集中しているので、1つ作り終わるころにはすっかり疲れ果ててしまう。

だから作れる量は、1日1個だ。

今は帝都で実験中。反応があるか確認している。

問題なく作動できれば、もう少したくさん作る予定だ。


そんな日々を過ごしている間に、いつしか日が少し長くなり、風も暖かくなり、花も咲き始めた。

そんな頃、アルフレッド様が新しい騎士を選任した。

今までは、どこへ行くのもアルフレッド様と一緒で、アルフレッド様に用事があるときは、私は結界を張って部屋から出ないようにしていた。

村へ行くときは流石に騎士も多かったけれど、結局一番近くで私を守っていたのはアルフレッド様だ。

一人ではお休みもなく、身が持たないだろうと思っていたところだった。

春は、人事が変わる時期だ。今日はアルフレッド様が選んだ騎士だけでなく侍女も増えるということで、新しい人が挨拶に来る。

上手くやっていける人だといいなと思いながら、部屋で待つ。

「失礼します」

そう言って入ってきた新しい騎士が私の前で膝まずく。

真っ赤に燃えるような髪の毛が目に入る。

「今日から、賢者様付騎士になりましたネイトです。以後よろしくお願いします!」

「ネイト!? どうしてここに?」

「騎士試験を受けました。賢者様付になれるかはわからなかったのですが、アルフレッド様が賢者様付の騎士の任命権を持っていてくれて助かりました」

そういうことじゃない! と思ったけれど、また一緒に居られるのが嬉しくて顔が緩む。

「賢者様の所の専属はたくましいな」

アルフレッド様が言う。

本当に。騎士になってくれるなんて思っていなかった。そうか、騎士なら宮殿にも入れる。

ここまで来てくれたネイトにも、連れてきてくれたアルフレッド様にも感謝で一杯だ。

そう思っていたら、「いや、賢者様はまだわかっていないでしょう?」とアルフレッド様が笑いながら言う。

わかっていないとは? 何をわかっていないのか。

意味が分からず、首をかしげるとアルフレッド様が説明する。

「いつも賢者様にお出ししているお菓子が瑠璃のさえずりなのはお気づきですね? あれはテルミス商会が宮殿御用達になるよう、今ある商品よりもさらに手をかけ、素材を吟味し、味だけでなく見た目にも凝らしたものを作るようになったからです。それで宮殿御用達の座をもぎ取ったと聞いています」

私が賢者になって数か月後から、プリンやパイをお茶と共に出してもらうようになった。

確かに今まで見たことないような可愛い葉っぱやお花の形のパイだったり、一口大のパイの中に濃厚な苺のソースが入っていたり、プリンの入れ物もとても豪華でかわいい入れ物になっていたが、喜ぶばかりでその意味を考えたことはなかった。

そっか。私に提供するために宮殿にふさわしいものを作ってくれていたんだ。

「その靴も、大きすぎないでしょう?」

「え、これも? ルカが作ってくれたのですか?」

「それだけじゃない。賢者様の衣装は全てベティさんのデザインです。ベティさんが絶対にこの靴でなければだめだと言い張ってそうなっているそうですよ」

アルフレッド様が言うには、武道会で着た私のローブ。あれは、ベティちゃんがデザインしたものだったそうだ。

アナスタージア様の衣装を手掛けるアーロン様伝いに、ベティちゃんも私の衣装のデザインを描いた。

もちろん宮殿の衣装部がいきなり入ってきたベティちゃんの話を聞くわけがない。

そこで、アナスタージア様の提案として、どちらが私の気にいる衣装を作れるかというデザイン勝負をしていたそうだ。

知らなかった。

ローブのデザインを決める時、少しピリピリしている気がしたのはこれのせいか。

サリーもルカもネイトも、ベティちゃんも。みんな来てくれたんだ。

「だから、賢者様の専属はたくましいですねって言ったんですよ。カーター夫人も、みんな自力で賢者様に食らいつついている」

カーター夫人? 

アルフレッド様は、そう意味深な言葉を発した後、何やらにこにこと機嫌がよさそうに壁際へ控えた。

続いて、侍女が一歩前に出て新しい侍女を紹介してくれる。

「今日より賢者様付侍女になりましたアグネス・カーターです。よろしくお願いいたします」

そう頭を下げた人は、確かにアグネスだった。

それは嬉しい。だけど……。

「アグネス……・カーター? え、カーターってどういうこと!?」

この日一番の驚きの声が出た。




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