第233話【閑話】ショーン視点

「少し時間をいいですか」

そう声をかけてきたのは、武道会で賢者付騎士になったアルフレッド・ヴィルフォードだった。

「いいですよ」と承諾したのは、少し前に不本意ながら賢者テルミス嬢に助けられたからだ。

討伐失敗により予定よりも大幅に早く帰ってきた討伐隊、そして患者の多さにあの子がいなかったら、応援が来る前に何人かの患者は手遅れになっていた。

それに悔しいが、あの子の言うことは正しい。魔力の節約が出来れば、助けられる人も増えるだろう。

「授業にはもう出ないのでしょうか」

アルフレッド殿が聞く。

あれから、もう1週間が経っていた。

1日目は、あの日待機所で治療した人のうち何人かの経過観察が必要で、傍を離れることができなかった。

二日目、三日目は賢者様が魔物被害のあった村へ結界を張りに行ったため、授業が休みになった。

四日目からは、もうなんとなく行く足が遠のいた。

「忙しいもんでね」

実際忙しかったのは、本当だ。まぁ、忙しくない日なんてないのだが。

「理由はそれだけですか?」

疑うように見られる理由は分かっている。

俺の家は、年長者の力が強い。目の前にいるアルフレッド殿が賢者だと噂された時も、父は「あんな小僧が」と言っていた。

俺も実際、父より聖魔法が強い。けれど治癒師団長の父がそれを評価することはない。

まだ若造なのだから、現場で学べとあれそれ面倒なことを言いつけてくる。

年齢が上なだけで、何を威張ってんだと正直俺は思う。

この賢者の授業だってそうだ。

「聖魔法使い以外が結界を使えるようになるかもしれませんなぁ」なんて話をきっとどこかの誰かとしたのだろう。

それで授業を受けることにしたのだ。最初は父が受けると言っていたが、賢者が子供だとわかった途端俺に振ってきた。子供から教わることはないと言って。

「それだけですよ」

そうアルフレッド殿には答えたが、どこまで信用されたかはわからない。

俺だってわからない。

俺は父が年齢を理由に俺を認めないのを苦々しく思っていたのに、授業をするあの子を見て少し思ってしまったんだ。子供に何がわかるって。

年齢を理由にするのは、俺が一番嫌だったはずなのに、なんでかあの子に教わるのを恥ずかしいと思ってしまう。

あの日待機場での治療だって、怖いと泣いて帰るだろうと思った。もしそうなっていたら、少しは溜飲が下がったと思う。

ほら言っただろ、まだ子供には早いと年長者の顔ができたから。

けれど、あまりのけが人の人数に俺の魔力も底をついて、応援の治癒師が来る前に息絶えそうな患者がいた。さすがに人命にプライドはかけられず、あの子を呼んだ。

あんなに何人もの人を救うとは思わなかった。

泣きもせず、怖がりもせず、それどころか俺に諭してきた。

そうだ。

これは俺のプライドだ。俺はずっと聖魔法使いたちの間では優秀な部類だった。

その俺がまだ学園に通っているような若い女の子に教えてもらう?

そんなの……かっこ悪くて、認められるわけがないだろう。

突然授業に出たくない本当の理由に気が付いて、心の中で暗く笑う。

なんだ。俺、大嫌いな父親と同じじゃねーか。

「朝は長年未解読だった古代の文字を解明し、昼は自身の研究と魔法陣の授業。昼ご飯はユリシーズ殿下と打ち合わせをしながらです」

突然アルフレッド殿が口を開いた。

急に何の話だと思いながらも、続きを聞く。

「最近は、貴族たちが相談事をしに来ることもあります。そうなれば、賢者様はあらゆる書物を調べて、解決の手立てを一緒に考えておられる。皆忙しいからなるべく短期間で魔法陣が身につくようにと授業の準備もします。討伐に行った騎士たちの治療も手伝いましたし、浄化のために魔物被害にあった村にも行きました。もしも今竜が現れたら、賢者様の出番です」

どうやらアルフレッド殿は賢者殿の仕事について話しているようだ。

賢者のすごさをアピールして授業に来るよう言うつもりなのだろうか。

「そうですね。さすがは賢者様です」

言葉だけは丁寧に、返事をしておく。

「今のを聞いて、それだけなのですか?」

口調が少し強くなり、アルフレッド殿が少し怒ったのが分かった。

問題は何に怒ったか、だ。

誉め言葉が単調だったのかと思い、具体例をだしながら「さすがだ」と褒めておく。ちゃんとすごいのは分かっていると伝えるためだ。

実際に治療する姿を見て、俺もすごいと思ってはいるしな……。嘘偽りのない誉め言葉だ。

だが、この俺の言葉は的外れだったらしい。

「失礼だが、ショーン殿は恥ずかしくないのですか」

アルフレッド殿はさらに語気を強めた。

「賢者様一人に未解読の文字の解読と竜対策を任せた上に、賢者様に仕事を手伝ってもらう。挙句の果てに仕事が忙しいからと賢者様の案件は協力しない」

「だが、文字も竜対策も賢者様の仕事だろう?」

確かに治療を手伝ってもらいながら、授業に行かなかったのは悪かった。

だが未解読の文字や竜対策なんてのは言いがかりだ。それはもともと賢者の仕事だからな。

「12歳」

「え?」

「賢者様は先日12歳になられた。魔物被害にあった村で、だ。ショーン殿は12歳のとき何をしていた? 魔物との戦いであちらこちらに血が流れている村で魔法を使っていたか? 魔物に噛みつかれ、深くえぐれた脚の肉を治したのか? 寝る間を惜しんで人に何かを教えようとしていたか? 多くの人の命を、暮らしを背負っていましたか?」

12歳になった時? 家でパーティを開いてもらったな。入試に向けて勉強はしていたが、俺に課されていたのなんてそれだけだ。

「たった12歳の子供一人にいろんなことを背負わせて、ショーン殿は恥ずかしくないのですか。大人としてプライドは……ないのですか。もし少しでもプライドがあるのなら、授業に来てください。魔法陣を習う人が増えれば増えるほど、賢者様の重荷を減らしてあげることができますから」

プライド……。

同じ言葉なのにアルフレッド殿の言うプライドは、俺の持っていたプライドとは比べようもなく重かった。

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