第232話

守護プロテクシオンを使うと、少しだけ心が落ち着いた。

そうだ、いつもと同じ。学校でやっていた魔物学の実地訓練や、カーター領でレスリー様を治した時とも。

傷を見て、清潔にして、必要な時に必要な場所へヴィダをかける。ただそれだけ。

よし。

目の前にいた女性の前に跪く。

「腕以外にどこか痛いところはありますか? では、少し見せてくださいね。ヴィダ

腕の怪我は軽かったようで、みるみるうちに治った。

女性の次は隣で泣いていた男の子と次から次へと治していく。

必死で治しているうちに、最初に感じた恐怖はもうどこかへ行った。

「賢者様、こちらへ」

治癒師の女性に呼ばれて奥へ行く。

奥の患者はよりひどい患者が多かった。

皆、皆抑えきれないうめき声を発している。

「賢者様、お願いできますか」

患者の奥にいたショーン様が頭を下げた。

よく見れば、肩で息をしている。魔力がもう限界なのだ。

そんなショーン様を見て思う。やはり、ショーン様には授業を受けてほしいな。

「ショーン様、もしできるなら魔力感知で私や他の治癒師の魔力を見比べてください」

ショーン様はもう魔力感知ができる。だから、魔法陣による魔法とスキルの違いが判るはずだ。

眼強化アイブーストでよりよく傷を見ながら、ヴィダの魔法をかけていく。

「魔力が細い?」

すぐにショーン様が驚きながら声をあげた。

「そうです。スキルで発動する回復ヒールは、例えれば火球ファイアーボールのように球状の回復ヒールを投げつけているようなもの。でも、この男性の怪我の部位は、ここ。脚だけです。ならば、昨日訓練した魔力コントロールを使って、怪我のある場所だけに集中的に魔法をかける。それだけで無駄な魔力消費を防げます」

脚に大きな爪痕が残っていた騎士を治しながら話す。

「魔法陣による魔法は習得に時間がかかります。貴方は1分1秒を争う場面が日常で、無駄な時間も無駄な魔力も使えない。だから授業を降りたのですね」

一人目の騎士を治しきる。

授業を受けないのは、授業中に魔力を使って誰かを治せない事態を避けるため。

1日で結界ができるようになるなら、プラスだが長い間魔力を使う授業を受けるのは得策ではないと思ったのだろう。

「けれど、魔法陣の魔法はこうして調整ができます。怪我の浅い人には少ない魔力で、怪我をしている部分だけに魔法を利かせることもできる。より少ない魔力で治療が済むでしょうし、無駄な魔力消費を抑えることで、その分多くの人を助けられます。結界も覚えれば、毒を除去することもできるし、後々傷口から膿が出ることもない」

額から汗を流しながら、二人目、三人目と治療を続けていく。

「聖魔法は付与魔法だと言いましたね。付与魔法だとしたら、どこが悪いのか、私たちの体はどういう機能で動いているのか、その病の原因、治せる薬。そういう病や怪我に関するありとあらゆる事柄を知ることで、きっともっと少ない魔力で、治せるようになる。だから……また私の授業を受けませんか? たくさんの人を助けるために」


あの後待機場には、ユリシーズ殿下や教会の聖魔法使いたちもやってきた。午前中いっぱいかかってようやく治療が終わる。

自分に守護プロテクシオンをかけ汚れをとり、ユリシーズ殿下と遅めの食事をとる。

食事から授業までの間は後回しにしていた古代語の解読だ。

そして授業の時間になる。

ショーン様はいなかった。

午前のことでまだ何か仕事があるのかもしれないし、やはり授業は受けないと思ったのかもしれない。

「今日は賢者様大変だったな」

ウォーベル様が言った。

「え?」

「討伐に行っていた騎士たちに聞いたんだ。俺はこの後その魔物被害があった村を焼きに行くから、村の様子を聞くために話に行ったら、誰もかれもが皆賢者様の話ばかりしていたよ」

賢者という珍しい称号で、さらに先日の武道会で大々的にパフォーマンスしたため、私の話は話題になりやすいらしい。悪い話でなければいいけど。

「村を焼くのですか?」

私の話以上に気になったのは、ここだ。

「あぁ、血が流れ過ぎている。昔から、多くの血が流れた場所は呪われるのか、その後無事だった住人達も病に倒れることが多い。だから帝国では、たくさんの血が流れたところは徹底的に焼き払うことにしている」

「村の人は……どうするのですか?」

「残念だが、村の物は何一つ持ち出せない決まりだ。どこか別の村へ移り住むしかないな」

なんで、血が流れると皆病気になるのだろう?

授業をしながら、そのことだけが頭に残った。


夜、ベッドにもぐりこむ。

考えるのは、今日聞いたウォーレン様の言葉。

なんで血が流れると病になるか、だ。

あ……。一つ思いついた。

思い出したのは、私が偽聖女と呼ばれるようになった治療法。

怪我に水をかけ、清潔にし、その後汚れが入らないよう魔力で傷口を保護するあの方法だ。

確かヒュー先生は「なんでそんなに傷口を綺麗にしたがるかわからない」と言っていた。

もしかしたら、これは私の前世の常識なのかもしれない。

魔物被害があって、多くの人が、魔物が死んだ場所は、きっとひどい状況だろう。

それに……。

連鎖的に思いついたことがあり、ライブラリアンで本を出す。

出したのは、ここ最近再読している『瘴気』。

目当ての文章を見つけるまで、ぺらり、ぺらりとめくっていく。

確かここら辺に書いてあったはずだ……。

あった! やっぱりだ。瘴気は体の不調を引き起こす。

聖女マリアベル様が浄化に行った森も、瘴気濃度が高く、騎士たちは森の手前で膝をついていた。

たくさんの血が流れた場所は悲しいことがあった場所だもの。きっと瘴気もあるはず。

そして衛生面であろうと、瘴気であろうと結界なら浄化できるかもしれない。

村を焼かなくても済むかもしれない。

明日、ユリシーズ殿下に相談してみよう。

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