第231話

「アルフレッド様、ちょっと聞いてもいいですか? 皆さんのお仕事ってどんなことをされているんでしょうか」

授業後、自分の部屋に戻りながらアルフレッド様に聞く。

「そうだな。騎士は担当にもよるが、近衛などずっと皇族の護衛につく業務でなければ、町の巡回もするし、最近は魔物が多いから帝都近郊の町に魔物討伐の遠征にも行く。大きい遠征だと、治癒師も一緒に同行する。同行しない場合は、薬で何とか保ちながらここまで戻り、治療を受ける。宮廷治癒師は、遠征や訓練で怪我をした騎士の治療、皇族の体調管理の他、ポーションの作成と定期的に教会に赴き、教会の聖魔法使いと共に市井の人々の治療もしている。まぁでも、私も他部署の業務は知らないことが多い。だから、気になるなら聞いてみればいいのでないか?」


翌日、古代語の翻訳を後回しにしてショーン様に会いに行く。昨日アルフレッド様から直接聞けばいいのでは? と言われ、ショーン様に約束を取り付けた時間が今日だった。

怪我や病気の予定などわからないので、先の約束はできないそうだ。今日も患者がいれば仕事をしながらになると言っていた。

あまりに忙しい時は申し訳ないが、私は仕事を知りたいので仕事しながら会ってくれるというのは願ったりかなったりである。

扉をノックする。

「どうぞ」と扉を開けたのは、年末の茶会であいさつをした司教だった。

「次の教会治療の打ち合わせでね。こちらはクラーク司教、こちらは賢者のテルミス嬢です。それで、今日は何です? 私はもう授業を降りましたよ」

クラーク司教の後ろからショーン様がなんてことないように言う。授業中に比べてとても丁寧に対応してくれるのはクラーク司教がいるからだろうか。

「ショーン殿! 賢者様の、賢者様の授業を降りたと言いました? なんともったいないことを! ショーン殿が行かぬなら私が! 私に授業を受けさせていただきたい!」

信じられないものを見るかのようにクラーク司教がショーン様を咎め、お付きの人らしき人たちに止められている。

「ですが、け、賢者様の授業はとても長い時間がかかるのです。それに、授業を受けてもできない可能性がある。俺には……。いえ、私たちには患者がいます。怪我をした騎士たちが毎日運ばれてきます。ご存じの通り聖魔法使いは少なく、患者は多い。ですから、出来るか出来ないかわからないことにかけている時間なんて私たちには」

ショーン様の言葉を遮って自信満々にクラーク司教が言う。

「そんなこと、賢者様が考えていないわけがないじゃないか。賢者様なりのお考えがあるのだ」

ショーン様が授業を降りたことで初めて、皆が時間をなんとかひねり出している事実に思い当たった私は、クラーク司教の言葉に背筋が寒くなる。

「そんなことありません! 何も考えていませんでした! ごめんなさい!」と叫びだしたい気持ちにもなるが、あまりにクラーク司教が自信満々なので口を挟めずにいると、部屋に一人の女性が走り込んできた。

「ショーン様、魔物討伐部隊が帰ってきました。聖魔法使いが足りません。患者の数が多いので外で治療します。今すぐ来てください」

「早すぎる! 帰りは明日のはずだろう」

「騎士、村人共に負傷者が多く、撤退してきたようです。騎士は第二部隊がすでに出発済み。まだまだ増えますよ」

それだけ言うと、女性は足早に戻っていった。

「賢者様、そう言うことだから今日は」とショーン様が言いかけた時、クラーク司教が私の手を握った。

「さぁ、賢者様行きましょう」

え?

アルフレッド様がすっとクラーク司教の手を離す。

勝手に予定を決めないでほしいとクラーク司教にとがめてくれたが、結局クラーク司教の迫力に押されてショーン様、クラーク司教と共に、けが人の治療に当たることになってしまった。

知ってしまったからには気になってしまうので、一緒に行くのは良かったのだけど……。

クラーク司教から悪意は感じない。2回とも会ったときはとても喜んでいたように見えた。

けれど、なんだか苦手だ。

アルフレッド様が咎めた時だって、「君こそ無礼だ。賢者様は助けたいに決まっている」と言っていた。

クラーク司教と会ったのは、年末の茶会と今日でまだたったの2回目だ。私の何を知っているというのだろうか。

成人男性のショーン様、クラーク司教が足早に向かう。私は軽く身体強化を使ってほとんど走るような形だ。

「テルミス、無理しなくていいんだぞ」

アルフレッド様は歩きながら心配している。どうやらアルフレッド様は私が待機場に行くことに反対のようだ。

そうこうしているうちに辿り着いた待機場は、多くの騎士、村人の泣き声、うめき声が響いていた。

見渡す限り、血と土が見える。ショーン様とクラーク司教が先ほど呼びに来た女性に声をかけて詳細な情報を聞いているようだ。

私は無言で後を付いていくだけだ。

アルフレッド様とバチリと目が合う。口の動きで大丈夫かと問われ、軽くうなずく。

そうか。アルフレッド様は騎士だ。魔物討伐の遠征も何度も行ったことがある。

この悲惨な状況を知っていたから、反対だったのだろう。

「のこのこついてきたんだ。怖気づいたんなら邪魔だから帰れ」

立ち尽くしている私にショーン様が叫ぶ。

ショーン様はそれだけ言うと、私の返答を待つことなく、患者の中に入っていった。

息を深く吸う。少し嫌な匂いがする。血、土、汗の混じった匂いなのかもしれない。

カーター領でロボレスに群れに対抗していた騎士たちを思い出した。

丸腰で援護していたレスリー様も。

今目の前にはレスリー様よりもっとひどい怪我の人が大勢いる。

少し怖い気もした。

こんなに多くの人を害した魔物も、眼をそむけたくなるような怪我も、泣き叫ぶ人々も。

「大丈夫か」

今度は声に出してアルフレッド様が聞く。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。

アルフレッド様の深い緑の瞳を見詰めながら、心の中で三回唱えた。

「ありがとう。大丈夫です」

目を閉じ、もう一度心の中で大丈夫とつぶやく。

守護プロテクシオン!」


待機場全体に一瞬キラキラとした光が舞った。

痛みに呻いていた騎士も、怖くて痛くて泣き叫んでいた村の女性も、疲れ果てて地べたに座り込んでいる若者も、必死に治療していた治癒師たちも一瞬、ほんの一瞬あっけにとられて空を見た。

そして、皆からとっくの昔に黒く変色した血が消え、肌や服についた土が消え、べたつく汗や返り血さえも消え、一瞬の輝きにあっけにとられたからか、過剰な恐れも消えていた。

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