第230話
午後になり、魔法陣の授業をする時間になる。
ユリシーズ殿下に聞いていた通り、今日は一人の男性が新しく授業に来ていた。
ショーンと名乗った宮殿の治癒師は、あからさまに機嫌が悪い。
少しやりにくいなぁと思いながら、授業を始める。
「今日は新しい人もいるので、簡単に復習から。まずは魔力感知してみてください。魔力は生命エネルギーのようなもの。掌に意識を集中してください。少しあたたかな感触がありませんか。それが、魔力です。それを」
「おい、これのどこが結界なんだ。結界の呪文はなんだ。それかあんたが、結界を使えるようにしてくれるんじゃないのか。スキル鑑定具のようにな」
私の言葉を遮ったのは、今日初めて参加するショーン様だ。
スキルによる魔法は、訓練などしなくても初級程度なら呪文を唱えるだけでできてしまう。
だからなのか結界の張り方を学ぶというよりも、結界を授けてもらえると思っているらしい。
「スキルと魔法陣による魔法の習得は違います。スキルでは呪文を唱えることで魔法を使えたでしょうが、魔法陣によって魔法を使うにはまずはこの魔力を感知できるようになり、それをコントロールすること、その上で、魔法陣の書き方や古代語の習得が必須です。付与魔法を使うのであれば、どの魔法にどんな素材が適しているのか、どんな処理をする必要があるのかも学んでいかなければなりません。私は本来魔法とは、授けてもらう物ではないと考えています。自分で学び、訓練し、ようやく身につく物なのです」
「やっぱりな。本当は適当なことを言って俺らをだましているんだろう? 結界なんてほとんどの人が使えない。隣国だと大聖女と呼ばれる女、ここではなん百年も前の賢者だけ。それが使えるようになんてなるわけがないんだ。俺はこんな無能に教わる気はないね」
無能。
久しぶりに聞いた。ライブラリアンは本を読むだけの無能だと言われていたのに、最近は、Sクラスになって優秀だと言われて、賢者と言われて、無能と言われていた時のことを忘れかけていた。私の背後にいるアルフレッド様が一歩前に出た。
けれど左手でアルフレッド様を制して、私も前へ出る。
「適当ではありません。属性は人それぞれ違います。苦戦するかもしれない。なかなか習得できないものもあるかもしれない。けれど、騎士が毎日走って体力を作るように、剣を振って最適な型を身につけるように、魔法にも近道はないんです」
魔力感知、魔力コントロールに1年。
火、水、風、地の魔法は2年目から、聖魔法を使い始めたのは2年目の終わり。
初めて魔法の本を読んでから、もう5年になる。
けれど、未だに魔法を学び続けているし、わからないことも多い。
この5年の間に近道なんかなかった。
ショーン様と私の視線がぶつかり、両者譲らない中ショーン様がさらに一歩前に踏み出し、私に近づく。
「わかった。どうせ今日は時間を取ったんだ。賢者様の授業を受けてみよう」
授業が始まる。
ショーン様もいるので、最初の30分ほどを魔力感知、魔力コントロールの復習をする。
魔力コントロールはある程度できたら、自主練習にしたため、それらの成果を見るのにもいい。
ショーン様は治癒魔法師だ。スキルは聖なので、四属性のバランスがいい。
その上、魔力量も多い方だろう。きっと結界を張れるようになると思う。
他の受講生と同様、ショーン様も難なく魔力感知ができるようになった。
魔力コントロールもまだ鍛錬は必要だが、一応教えることができた。
他の受講生は、その後四属性の魔法陣を使って、魔法を発現させる練習から始めたが、今日から座学をする予定なので、ショーン様は座学から始めてもらう。
魔法陣の書き方、少しだけ古代語についても話す。
「なぁ、さっきから火、水、風、地の話ばかりだが、聖魔法についてはなぜ話さない? 結界は聖魔法の分野だろ? さっさと聖魔法の話をしてくれ。さっき習った魔力感知、コントロール、魔法陣の書き方、古代語と学ぶことが多いんだろ? そんな寄り道している暇なんてないはずだ」
そう苦言を呈したのは、またしてもショーン様だ。
「スキルでは火、水、風、地、そして聖を五大魔法と言いますが、魔法陣では火、水、風、地の四属性が主属性です。聖魔法は、火、水、風、地の四つ全てを使って行う付与魔法なので」
「付与魔法だって? ということは結界を使うには、魔力コントロールや魔法陣や古代語を学んだうえで、四属性を扱えるようになり、さらに付与魔法までできるようにならなければならない。そういうことか?」
ショーン様が質問した。
私がそうだと答えるとショーン様が席を立つ。
「なるほどな。それなら俺は悪いが降りる。そこまでする時間はない。悪かったな、今日は俺に合わせてしまって」
そう言って帰っていった。
何も言えず背中を見送る私にエイベル様が言った。
「気にせんでいい。今聖魔法使いは特に激務じゃからの。1分1秒、1魔力無駄にできんと思っとるんだろう」
そしてウォーレン様も。
「あぁ、だが心配するな。ここにいる俺らは魔法が好きで、魔法を極めたいと思っていたり、解き明かしたいと思っていたりする者ばかりだから、多少無理をしてもこの授業に出たいと思う。この授業でできない分の仕事は皆、夜に残って仕事をしているはずだ。ユリシーズ殿下の人選はよく考えられているよ」
ここにいる人たちは仕事をしている。
毎日授業に来る時間をどうにか捻出しているのだ。
そんな当たり前のことを私はショーン様に授業を断られて初めて気が付いた。
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