第227話

毎日古代語の解読と教会日誌を読み進めること、そして宮殿の魔法使いたちに魔法陣を教えているうちにあっという間に年越しを迎えた。

去年、一昨年の年越しはサンドラさんの家でお祝いしたり、海街でも新しい年の始まりを祝い、専属みんなで宴をしたり、わいわいした年越しだった。

今年は違う。

ギリギリまで魔法陣の授業をし、暮れにあった宮殿の茶会にも顔を出した。

皇帝陛下が私を賢者として紹介し、私とユリシーズ殿下を中心に結界の使い手を増やす施策をしていると説明したため、茶会では次から次へと挨拶に人が訪れ、とてもぐったりした。

帝都ナリスにある教会の司教とも挨拶をした。

教会の関係者ということでとても身構えていたのだが、終始笑顔で、なんだか社交辞令でもなく本当に私に会えて嬉しいと言っているみたいに感じた。

挨拶をした貴族の中には、言葉は丁寧ながらこんな子供が? と疑問に思っているだろうことがわかる人もいたのだが、司教にはそれがなかったのだ。

少し気になるとしたら、彼の言動。

「賢者様ならもうご存じでしょうが、同じ教会でもレペレンスにはお気をつけください。トリフォニアも人事異動で今レペレンスから司教クラスが移動しているので気を付けるに越したことはありません」

そう言っていた。

国によって、何か違うのだろうか。

私が今読んでいるのは帝都の教会日誌だったので、この助言が正しいものかどうかわからないが、茶会後から並行してレペレンスの教会日誌も読んでいる。


そんな年の瀬の茶会が終わり、授業がないので宮殿で少しゆっくり過ごすうちにするっと年を越し、そして今私はすり鉢状の競技場の底に一人立っている。

競技場の周りをぐるっと埋め尽くす観客が私を見下ろす。

今日は帝都名物の武道会。

武道会は一般公開しているので、多くの人が見物にかけつける。

人気の騎士への声援もすごい。

注目は誰が勝つか、そして何を願うか。

今日も広い競技場に一つの空席もないくらい人が詰めかけている。

皇帝陛下は今日ここで賢者を紹介したいのだ。

年の瀬の茶会では、新しい施策がうまく行くよう周知のために、そして今日はきっと民の不安を和らげるために。


あの『瘴気』という本に書いてあった。

瘴気は人の強い妬みや憎悪など負の感情を起因に、魔素は人の希望といった前向きな正の感情から生まれると。

だから小さな瘴気が発生してもその周りの魔素によって相殺されるため、世界が希望に満ち溢れていれば基本的には問題ないと。

つまり私が武道会に出ることで、少しでも人々が安心して暮らせるようになるのなら、それは瘴気対策としても有効なことなのだ。


皇帝陛下が開会の挨拶をし、その中で私を紹介する。

バイロンさんの話によると私の姿を見た人も多かった為、平民の中では小さな賢者様と言っている人もいるそうだ。

「賢者様ー!」

「賢者様ー。ありがとうー!」

大歓声が上がる中、私は無言ですっと手をあげる。

シンと静まる中、つぶやく。

守護プロテクシオン

競技場の客席と競技エリアの間に結界を張る。

一瞬キラキラとした光が舞った。

この手をあげて結界を張るのはパフォーマンス。

他にもなんだかすごそうなポーズで呪文を唱えるとかそういう案もあったのだけど、恥ずかしすぎて手をあげるだけにしてもらった。

ジュードさんはすごく積極的にポーズを考えていたから、手をあげるだけになってものすごくつまらなそうにしていたけれど。

客席の中から、平民に扮した騎士が剣を振り上げ、降りてくる。

もちろんこれもパフォーマンスの一部。結界に阻まれ剣が私へ到達することはない。

それを見た観客たちはまた一段と盛り上がる。

私は一礼して、くるりと背を向ける。

そして、

ティエラ

豪華なローブをはためかせて、私は自分の真下の地面を盛り上がらせる。

先の茶会でも着用したこの衣装にもひと悶着あった。

私がまだ子供の為、ドレス姿だと貴族令嬢にしか見えないということで、威厳を出すためにローブ姿になった。

それは良い。

問題は、私が着けたいといったぺルラとアマティスタのネックレスだ。

守護プロテクシオンヴィダが付与されているネックレスは護身のためにも外せないが、どちらも高い宝石ではない為賢者にはふさわしくないと言われたのだ。

最終的には私の意見が通り、今も私の首元にはぺルラとアマティスタの光る。

それに合わせて衣装も白地のローブに深いグリーン帯を垂らし、ローブにも帯にも金糸の刺繍が入り、とても豪華な感じになっている。

ローブや帯をはためかせながら、どんどんどんどん地面を盛り上げ、皇帝陛下やその他皇族がいる一段高いエリアまで上りきる。

これもまたパフォーマンス。

賢者は複数の属性を使うと思われているからだ。

そして上ったと同時に私が指をパチンとならす。

音がパチンと鳴ると盛り上がった地面がすっかり元通りに戻った。

「きゃー! 賢者様ー!」

「すげぇーー!!!」

観衆の声が耳に届く。

どうやら、観客の心は掴めたようだ。

今日の私の仕事はここを掴んで安心感を与えることだったから、なんとか達成したのではないだろうか。

指を鳴らす練習頑張ってよかったとほっと胸をなでおろした。

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