第225話
エイベル様とウォーレン様との打ち合わせが終わる。
次はユリシーズ殿下との話し合いだ。
殿下の執務室に入る。
中には、オルトヴェイン先生がいた。
先ほどの打ち合わせにも来たジュードさんとオルトヴェイン先生はユリシーズ殿下の側近だったそうだ。
けれど、ユリシーズ殿下は政治に関わることなく、研究一筋だったため、護衛のジュードさんは研究助手として、オルトヴェイン先生は学園の教師として働き、ユリシーズ殿下の近くで支えていたというわけだ。
通りで。
ユリウスさんは平民なのに、なぜオルトヴェイン先生に強気なのだと思っていた。
「魔法陣についてはあとは毎日教えていけばいいとして、次は瘴気対策だな」
執務室内に入るなり、ユリシーズ殿下が話し始める。
大枠は旅の間に毎日していた
私が読んでいた『瘴気』という本によれば、魔物とは魔力の器が全て瘴気で染まってしまった状態の事を言うらしい。
つまり、その話とイヴの白い竜の話を総合すると、邪竜というのももとは害のない竜なのではないかということだ。
私が追い払った竜も瘴気に染まり、魔物化したもしくは魔物化の一歩手前なのかもしれない。
「もう既に魔物化していると思うか?」
「わかりません。あの時は帝都から遠ざけようとするのに精いっぱいで魔力の器がどうだったかまで見ていませんでいたから。ただなんとなくまだ一歩手前な気はしています」
ユリシーズ殿下がすでに魔物化しているか、まだ一歩手前かを気にする理由は魔力の器に自浄作用があるからだ。
つまり、すっかり瘴気に染め上がっていたら魔物になり、もう普通の竜に戻ることはない。
けれどまだ少しでも染まっていないのであれば、瘴気から遠ざかることで、自然と染まっていた瘴気も抜けていくのだ。
「あの時竜は、他の多くの魔物のように襲ってきたというよりは、もがき苦しんでいたように見えました。私がシャンギーラに行った際に立ち寄った村も竜は村の外に落ちた後村人を襲っていません。結果的に帝都も村も建物や畑などに被害が出ましたけれど、竜が攻撃意識をもって襲っていたら、もっと被害が出ると思います」
「まぁ、魔物化していたとしたらどんなに考えようとも討伐するしかないからな。魔物化手前であれば瘴気を薄めることで対策になるはずだが、何か瘴気の多さを測るような何かがないと、政策に口は出せん」
魔物になる瘴気。
それについても『瘴気』の中で説明があった。
本に書かれていた内容はこうだ。
『まず瘴気とは人の強い妬みや恨み、悲しみ、苦しみや憎悪など負の感情を起因に、それがその人の魔力とともに発せられると生まれる。
だが、小さな瘴気が発生してもその周りの魔素によって相殺されるため、個々人の感情をコントロールしなくても、世界が希望に満ち溢れていれば基本的には問題ない。
瘴気を相殺できる魔素は、この世界の生きとし生ける物から発せられる生きる力と魔力が合わさって生まれるものと一般的に言われているが、今回の研究で、それ以外にも人の希望や勇気、幸せといった前向きな正の感情からも生まれることがわかった。』
確かに、隣国トリフォニアではスキル狩りがあり、反乱があり、今もスキル至上主義肯定派と反対派で不安定な状況だ。
クラティエ帝国も少しは良くなったとはいえ、竜が出た海街は未だ根強い差別が残っているし、スタンピードのころから魔物が増え続け人々の生活に影を落としている。
苦しんでいる人も……多いのかもしれない。
それに、これを読んでハッとしたことがある。
あの時、スタンピードで結界を張ったあの時の声。
「痛い」
「苦しい……」
「助けて! 怖いよ……お母さん!」
これらの声は結界に当たっている魔物が取り込んだ瘴気のもとなのかもしれない。
あの時使った結界は、浄化の効能のある白サルヴィアを使って結界を張った。
だから魔物が結界に当たる度、浄化する瘴気の最後の叫びだったのかもしれない。
こんな嫌なことが、辛いことがあったと瘴気が叫んでいるようだった。
「瘴気を測る機械のつくり方の本はないよな」
「今探していますが、今のところ見つかっていません」
そう言うと、ユリシーズ殿下が紙の束を差し出した。
もらった紙には古代語がびっしり書かれている。
ユリシーズ殿下が説明されるには、これはクラティエ帝国各地にある長年謎の文字と思われていたものだそうだ。
あるものは洞窟の天井に、あるものは山奥の祭壇風の建物内に。貴族の屋敷の塀に書かれていたものもあったという。
これは、そんな謎の文字を読める人はいないかと宮殿や研究所に持ち込まれたものを文字だけ書き写したものらしい。
「神の落書きでは、君の知らないことも書いてあっただろう。これにも何かあるかもしれない。私も君から古代語を習ってから、少し翻訳したんだが、私が知っている古代語はまだ少ないからな。全然解読に至らなかった。だからこれも読んでもらえないか」
確かに神の落書きでは、今までライブラリアンでは一度も見たことのなかった
これもまた何かわかるかもしれない。
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