第六章 繋がる想い

第223話

「君が、賢者か?」

玉座から私を見下ろす皇帝。

もともと大きな人だけれど、私より数段上の玉座に座っている彼は、小さな私からはとても大きく見えた。

銀髪が、まるで立ち上る覇気のようにも見える。

今まで私の周りには、優しい人しかいなかったからその威圧感が、怖い。

「わかりません」

それでも、ここでひるんでいたら多分ダメ。

何のために戻ってきたのかわからない。

「しかし、竜を退けたのは私です」

私と皇帝。虚勢であげた顔に刺されそうなほど強い視線がぶつかる。

守護プロテクシオン

私の周りに結界を張り、皇帝の傍に控える近衛騎士に攻撃してもらう。

「では」と言って、剣を向けながら飛び出してきた騎士。

その顔が怖すぎて、とっさに目をつぶる。

周囲から「おぉ!」という声が聞こえ、そろそろと目を開けると私の結界に阻まれ剣が途中で止まっていた。

「これが証明です」

「なるほど、君が賢者なのはわかった。民は次にいつ竜が来るかと怖がっている。私としては国のために働いてほしいと思っているのだが、いいかね?」

やっぱりそうだ。国が私を探している理由。

いつ来るかわからない竜に対抗できる人材として手元に置いておきたいのだ。

「はい。ですが、出来れば今皇帝陛下がお考えでない形で役に立ちたいと思っています。何人もの魔法使いがこの結界を張れるようにします」

ここで初めて隣のユリシーズ殿下が口を挟む。

流れるような銀髪の男性。

もう片目を前髪で隠してなどいないし、よれよれの紺衣も着ていない。

変わらないのは、水色の澄んだ瞳だけ。

「1年。1年我々に時間をください。その間に竜が来た時は賢者様も対応されます。魔法には素養や訓練が必要になります。それゆえ、我々が育てた魔法使いの結界は、賢者様の結界より小さいものしかできないかもしれません。けれど、賢者様と言えど一人の人間。不慮の事故で命を落とすかもしれませんし、竜がいるその場にいないかもしれない。賢者様に頼りきりでは、帝国は大ダメージです。賢者様には劣るかもしれない。けれど、国中に結界の使い手が何人もいたら……どうでしょう。我々が提案したいのはそういうことでございます」

「ほう。なるほどな。その前に確認だが、この娘を妃にしてここまで上り詰める気かユリシーズ」

妃???

どういうことだと横を向くが、ユリシーズ殿下は間髪おかずに否定した。

「いえ、今日は賢者様と私で研究してきた魔物について報告したく時間を頂戴しました。以前にもお伝えしました通り、皇太子は兄のエルドレッド、私は知識でこの国の力になりたいと考えています」

「それならばよい。では話してみよ」


謁見が終わり、息を吐く。

「賢者様、この後はどうされますか?」

そう聞くのは、もうアグネスではない。

ユリウスさん改め、ユリシーズ殿下が手配してくださった侍女だ。

「少し休んでもいいかしら」

「では、何かあったら扉の外に護衛がおります。何でも言ってくださいね」

外に立つ護衛も、ネイトではない。

近衛騎士の方々が、交代で立ってくれている。

謁見では、私がこの1年の間に調べていた魔物についてや邪竜についての対策が話され、私は正式に賢者という称号をいただいた。

といっても、政治的な権力はない。賓客扱いだ。

また、守られたのだと思う。今度はユリシーズ殿下に。

自分で言うのもおかしいが、今の私はとても使い勝手のいい小娘だっただろう。

政治的な権力はなく、竜を押し返す能力も持つ。

馬車馬のように働かせることだってできたはず。

魔法陣を教えればいつかは賢者ではなくなると思って帝都に来た。

その間は馬車馬のように働かされても、それは私がまいた種なのだから、仕方ない。

私のせいで、他人に迷惑かけるよりはずっといいと思った。

けれど、ユリシーズ殿下ははっきり「1年」と区切ってくださった。

ユリシーズ殿下……。そういうところが、オスニエル陛下と同じ。

人を便利に使おうという気がない。


「はぁ」

窓の外を見て溜息を吐く。

自分で決めたことだけれど、考えていなかった。

ネイトやアグネス、サリーやルカにイヴ。

ナオや海街の人とだって、こんなに離れてしまったのは、ちょっと、いや凄く寂しい。

「困ります! 事前に約束を取り次いでいただかなければ」

護衛の声が聞こえる。

どうしたのだろう? 誰か……来たの?

「テルミス! いるのか!」

アルフレッド様!

急いで、扉を開ける。

開けた瞬間、アルフレッド様が私の両肩を掴み、叫んだ。

「どうして帰ってきたんだ!」

ビリッと空気が震え、私の心も震える。

すぐさま護衛が私からアルフレッド様を引き離す。

「賢者様に何をする!」

アルフレッド様は向き直り、今度は恭しく挨拶をする。

「突然のご訪問をお許しください。ヴィルフォード公爵家アルフレッドです。少しお話しするお時間をいただけませんか」

護衛は、アルフレッド様の手を掴みながら、視線で私にどうするかと聞く。

さっきはアルフレッド様の声を聞いて、反射的に扉を開けてしまったが、私は彼に何を話したらいいのだろう。

アルフレッド様の言いつけを破り、ここにいる私には、かける言葉がない。

「アルフレッド様。いつも、私を守ってくださりありがとうございました。私も強くなりましたよ。もう大丈夫です」

ニコリと笑う。

アルフレッド様は答えない。ただひたすら私の目を見続けている。

突然アルフレッド様が護衛の手を引きはがし、くるりと背を向けた。

「そうか。それならテルミス、俺も勝手にさせてもらうぞ」

そう言って、部屋を出て行った。

護衛も再び扉の外へ。

パタリ。

扉が閉まる。

広い部屋に一人きり。

「俺も勝手にさせてもらうぞ」

アルフレッド様の言葉がこだまする。

呆れられた。絶対呆れられた。

愛想をつかされた……。

アルフレッド様に愛想をつかされるのは、嫌だし、怖いし、寂しいけれど……これでいい。

むしろもっと早くこうしなければならなかったんだ。

アルフレッド様は、昔爺様とイヴが助けてドレイトへ連れてきた。

だからその恩義から、親友であるマリウス兄様の妹ということもあり、ドレイトから遠く離れたクラティエ帝国に一人でいる私の親代わり、兄代わりになろうとしてくれていた。

でももういい。

アルフレッド様には一杯助けてもらった。

誘拐事件の時はイヴとアルフレッド様が助けに来てくれた。

消失魔法を練習して倒れてしまったときも、駆け付けてくれたのはアルフレッド様だ。

スキル狩りも父様、マリウス兄様、アルフレッド様が解決してくれた。

今回の賢者騒動だって。

いつだって私は助けてもらってばかり。

だから、もう甘えちゃだめだ。

そう、だよね?

窓辺に近づき、見慣れぬ景色を見下ろしながらそう思った。

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