第221話
魔物についてもいろいろとわかってきた。
読んだのは、『瘴気』という本だ。
本によると魔物とは、本の中で「聖杯」と呼んでいる魔力の器がすべて瘴気に染まってしまった状態をいうらしい。
つまり、生きとし生けるすべてのものが魔物化する可能性があるということができる。
ただし聖杯には自浄作用があるので、完全に染まる前であれば魔物化することもない。
聖杯の大きさ、強さは、その生物が持つ魔力、自我の強さによるらしく、それゆえ、魔力が少なく、自我も小さな虫が魔物化するケースが多いという。
確かに、ドレイト領から帝都に来る旅の途中で出合った魔物は、モースリーやウォービーズといった魔虫が多かった。
魔獣は魔虫よりも出現率が低い代わりに、とても強いのだが、それも聖杯の大きさゆえだと考えると納得できる。
本では竜についても少しだけ触れられていた。
竜や私たち人間は、魔力も多く、自我も強い。
だから普通なら魔物化することなどない。けれど、魔物になるには聖杯さえ染まればいいので、理論上は可能だ。
だが、もしそうなってしまったらもう災厄だ。
本では、昔話に出てくる魔王や邪竜というのは、人や竜が魔物になってしまったときのことが描かれているのではないかと書いてあった。
イヴは言っていた。
竜には白い竜もいるのだと。
人里に降りて暴れたりして恐怖の対象になっているのは色の濃い竜だと。
この『瘴気』という本と照らし合わせれば、白い竜が魔物化して邪竜になっているのではないかと思われた。
あの時は、海街を守りたい一心で余裕などなかった。
竜の魔力がとてつもなく巨大だということしか見ていなかった。
もう二度とあんな場面に出会わなければいいとは思いつつも、もしもまたあの竜に合うことがあったら、魔力の器をしっかり確認しようと思った。
そんなことを考えつつ、ユリウスさんとも議論しつつ、帝都に向かう。
そして、年越しを控えた寒い冬。
私たちは帝都に戻ってきた。
帝都の入り口では、なんとオルトヴェイン先生が待っていた。
「では、早速行きましょう」
そう言って連れていかれた先は、久しぶりのサンドラさんとアドルフさんの家だった。
「テルーちゃん! 大丈夫だった?」
そう言ってサンドラさんが私を抱きしめる。
サンドラさんとアドルフさんは、ここクラティエ帝国での親代わりだと思ってくれていいと言って、いろいろと気にかけてくれていた。
ちょうど1年前に専属ともどもここで年越ししたばかりだ。
そのあとすぐに、帝都から逃げるように出ていかねばならなくなるなんて、あの時は思ってもいなかった。
「何の報告もなく、いなくなってしまってすみません」
そう言うと、サンドラさんたちは「いいの、いいの。そんな暇もなかったでしょうし、無事で本当に良かった」と言ってくれた。
この様子だと二人も私の状況をある程度知っているようだ。
「帰ってきたばかりだけれど、今後について作戦を立てましょう」
そう言ってサンドラさんが部屋へ案内する。
部屋に入ると、そこにはユリウスさん、ジュードさん、オルトヴェイン先生、ニールさんとマリウス兄様、バイロンさんとそしてヴィルフォード公爵が待っていた。
「え?」
どういうメンバーだろうか。
私の知り合いみんなが勢ぞろいしたようなこの状況に戸惑う。
「テルミス、お帰り」
マリウス兄様が大丈夫だとでも言うように、笑いかける。
「さて……」
ユリウスさんが私の目をまっすぐ見て、話し始める。
「現在アルフレッド殿は、宮殿に呼ばれている」
声も出ず、その場で立ち尽くす。
宮殿に呼ばれる……賢者隠匿の疑いが掛かっていると言っていたからきっとよくないことのはずだ。
早く行かないと!
立ち上がりかけた私に、ユリウスさんが待ったをかける。
「まぁ、待て。前も言ったように、賢者と言っても君は今まだ何者でもないんだ。法で裁けるはずがない。今回は、教会の顔を立てるために一度話を聞こうというだけのことだ。もちろん、君が今すぐ宮殿に行けば簡単に解決する。だが、わかっているのか。君が出ていくということは、名実ともに賢者になってしまうぞ」
「テルミス……」
マリウス兄様が声をかける。
その顔は、心配がありありと浮かんでいる。
けれど、アルフレッド様はマリウス兄様の親友だ。
きっとアルフレッド様についての心配でもあるのだろう。
「マリウス兄様、せっかくスキル狩りを解決してくださったのにすみません。また少し帰れなくなりそうです」
そして、ユリウスさんに向き直る。
「えぇ、賢者になっても構いません。今度は私が守りたいのです!」
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