第220話

からからと車輪が回り、無慈悲にも私をカーター領から離していく。

アグネスと別れた。

カーター領を出発する時に、「私はもうここまでです」と言われたのだ。

私のわがままで振り回している自覚はある。

だからこそ、引き留めることができなかった。

「アグネス、またどこかで会えるかしら」

それでもあきらめきれなくて、悪あがきのようにそう聞いた。

「えぇ、もちろんです。会いたいという気持ちがあればきっと会えるはずです」

それは行きの旅路。カーター領を出発する時にアグネスが言っていた言葉だ。

そしてアグネスはそのカーター領に留まると言う。

きっとレスリー様とも会えるだろう。

会いたいという気持ちが、二人を再び会わせたのかもしれない。

だから、アグネスにとってはカーター領に留まることは良いことなんだろうなと思う。

けれど……。

「寂しいな……」

ぽっかり空いたアグネスの席を見てつぶやいた。


だがアグネスとの別れを嘆いてばかりはいられない。

カーター領までくれば、帝都まではあと少しだからだ。

竜についてや教会について。まだまだ調べ切れていないことがたくさんある。

旅を始めてから毎晩ユリウスさんが通話コールをかけてくる。

話す内容は、その日に読んだ本の内容だ。

何が分かったのか逐一知らせてくれと言われ、毎晩報告している。

話す時間は日に日に遅くなり、ユリウスさんの声も日に日に疲れているように感じるのが気にかかるが、ユリウスさんに聞いても「なんともない」の一言で返される。

ユリウスさん忙しいのではないだろうか。

ちなみに毎日調べているだけあって、旅の間にわかったことも多々ある。

まず教会の日誌からだが、これは本当に量が膨大だったので、まずは帝都ナリスの教会日誌から読み始めた。

早速、賢者に関する記述も見つけた。

最初に出てきたのは、300年以上前のトリム王国時代だ。

賢者と会ったその司教は、賢者についてこう述べている。

賢者は、魔法にも、政治にも、兵法や経済までこの世のありとあらゆることに深く精通し、不安なことがあれば一言賢者に聞くだけで、10の対策が返ってきたと。

賢者は、一目見るだけでその人の伸ばすべき魔法が分かったと。

賢者は、行ったこともないようなはるか遠くの土地のことも知っていたと。

こうして読んでみると、この賢者というのはもしかしたら本当にライブラリアンなのではないかと思ってしまう。

あらゆることに精通し、一言聞くだけで10の対策……というのは、私には無理だが、ライブラリアンで本を読んでいたから、いろんなことに精通していたとも考えられる。

伸ばす魔法が分かったのは、魔力の色が、厳密にいえば魔力の器の奥に渦巻く4色の色が見えていたからだろう。

遠い土地のことだって、本で読んで知っていた可能性はある。

賢者がライブラリアンである可能性がまた一段高まってしまった。


だがそれ以上に驚いたのは、この日誌の重要さだ。

私たちが知る歴史は、大抵がトリム王国が崩壊してから始まる。

トリム時代のことは最盛期に英雄王エイバンがスキル鑑定具を作ったことや最後はトリフォニアやレペレンス、ナリス王国やその他小さな国に分かれて崩壊したことなどは知られているが、トリム王国時代のことは文献があまりなく、謎も多いのだ。

けれど、この日誌はトリム王国時代のものまで載っている。

すごく貴重な日誌なのだと思う。

これを教会は知っているのだろうか。

考えてみたら国は、どこの国も亡んだり、統合されたりと変化の多い歴史を送っているが、教会は昔から変わらず続いている。

だから教会の歴史の方が断然古い。

そしてもう一つ。読んでいてわかったことがある。

今では教会は国や貴族制度の外にある組織だが、トリム王国時代は違ったようなのだ。

トリム王国時代の教皇はトリム王国国王その人だった。

つまりトリム王国の王は、トリムという強大な国家の王であり、神の代理人ということだ。

大陸のほとんどを支配する大国の王で、神の代理人だなんて、もう当時の人からしたら王は今よりもずっとずっと手の届かない、尊ぶべき……神のような存在なのかもしれない。

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