第219話【閑話】アグネス視点

帝都を目指して旅をしている間、お嬢様は魔物や教会について熱心に調べ物をしている。

くうの魔法の特訓もされていて、旅の間だというのに忙しい。

私は行きの旅では、サリーから教わったナランハ湯を作って渡したりしていたが、帰路はサリーもいるのでその出番はない。

お嬢様は魔法で身を綺麗にもできるし、パーティで着るようなドレスでなければ一人でお着換えもなさる。

旅の始めには「お嬢様が要らないというのなら置いて行って! 専属なら連れて行って」とわがままを言ったけれど……これじゃ、本当にわがままになっちゃうわ。

今は、私とイヴリンさんで見張りをしている。

この見張りだって、イヴリンさん一人でもいいのよね。

イヴリンさんは凄腕の冒険者だ。

ネイトも私よりも年下だけど強い。ルカの強さは分からないけれど、森の中でてきぱきと野営の準備する様は、すごく手慣れている感じがする。

サリーはあまり強くないと言っていたけれど、日に三度私たちの食事を作ってくれるわけだから、なくてはならない存在だ。

それに比べて私は……。

買い出しなどはできると積極的に担ってきたけれど、私でなければならないわけではない。


「アグネスちゃんは、これからどうするつもりー?」

イヴリンさんに不意に話しかけられ、驚く。

「え……」

やはりお前は役に立っていないと思われていたのだろうか。

みんな優しいから何も言わなかっただけで、嫌がられていたのだろうか。

「イヴリンさんは……私が専属侍女をしているの反対ですか?」

「え? あ、やだやだー。そういうつもりで言ったんじゃないのよー。帝都に帰っちゃうと、あの子賢者に祭り上げられるでしょう? そしたら、宮殿か教会かどちらかに住むことになっちゃうんじゃないかしら」

宮殿か……教会に?

確かにそうだ。

教会がちょっと怪しいと聞いているから、アルフレッド様やバイロンさん、ユリウスさんなどお嬢様の味方は、宮殿で保護できるよう動くだろう。

それはすなわち、賢者に何かしら地位を与えること……なんじゃないの?

ちょっと考えれば考えつくことなのに、考えもしていなかった自分が情けなくて唇を噛む。

「サリーやルカはお店があるんでしょう? ネイトは……あの子は頑固だからね。多分騎士団に入ってまたテルーの傍まで行けるよう頑張るんじゃないかしら」

そう言って、イヴリンさんは私をちらりと見る。

あなたはどうするの?というように。

私は……。

駄目だ、私は、今の私はお嬢様の役に立てることが一つもない。

「教えてくれてありがとうございます。今後については考えてみます」

情けなさやどうしたらよいかと焦ってしまう気持ちやらで心がぐちゃぐちゃになりながら答えた。


翌日も、お嬢様はお勉強し、魔法の訓練をし、皆でサリーの作った食事をとって、楽しく帝都へ向かう。

食事中、無邪気に笑うお嬢様は、きっと私同様帝都へ戻るという本当の意味に気づいていない。

賢者になるということがどんなことなのか気づいていない。

私たち専属とはもう生きる世界が変わってしまうのだということを……気づいていない。

だけど、それをお嬢様に指摘することはできない。

食事中は無邪気に笑うお嬢様も、時折遠くを見つめてぼんやりされたり、焦燥感を浮かべながら必死に本を読んでいたりすることがある。

そんなお嬢様を見ると、お嬢様の気持ちがなんだか手に取るようにわかってしまうからだ。

きっとお嬢様は転移でひとっ飛びしてアルフレッド様の許へ行きたいのだ。

お嬢様もアルフレッド様も互いに互いを大事にされている。

それは、まだ専属歴の短い私でもわかること。

だから今すぐに助けに行きたい、その一心でお嬢様は帝都に帰っている。

イヴリンさんには「考えてみます」と言ったが、現時点でお嬢様の役に立てる方法がない私が取れる選択肢なんて決まっている。

諦めてお嬢様から離れるか、しがみつくか。

その二択。

ふーと深くため息をつき、つぶやく。

「そんなの考えなくても決まっているじゃない」


次の見張りの時にイヴリンさんに声をかける。

「イヴリンさん。私、決めました。私は……一緒に帝都には帰りません。一緒に旅をするのは、次のカーター領までにしたいと思います」

「もう決めたの?」

「えぇ」

「寂しくなるわねぇ。きっとテルーはすごく寂しがるわよ」

「そうでしょうか」と聞いた頬が少し緩んだ。

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