第215話

治癒院で薬づくりを手伝いながら、くうを使った魔法の訓練もする。

転移もやってみたが、やはりスキルを使って行使するよりも、魔法陣を使って行使した方がずっと調節しやすく、魔力の減りも少なかった。

スキルというのは程度が決まっているという。

火球ファイアーボールならこれ位の大きさ、回復ヒールならこれ位の治癒量というように。

私はいつもの癖で、転移テレポートの時も転移する距離をイメージしながら魔法を使っていた。

だから、なんとかイメージ通りに転移できているのだけど、最初からこれと決まった量をわざわざ変更していたのだから、余計に魔力を使っていたのかもしれない。

空間魔法も馬車半分の量でしか空間魔法付きバッグを作っていなかったが、今ならその量も自在に変えられる。

甕1つ分の空間魔法付きバッグから家が1軒丸々入る空間魔法付きバッグだって作れそうだ。


私が今考えているのは、くうのスキルアップについてだ。

ユリウスさんから聞いたスキルアップの道のりはこうだった。

まず始めは、ちょろりと水が出せる、火が出せる生活魔法レベルの魔法が、次に火球ファイアーボールなどの簡単な形状の魔法が作れるようになる。

ここまでが初級。

さらに訓練し、中級になれば、複雑な形状の魔法を行使することができるし、雨のようにかなり小さなものを大量に扱えるようになる。

上級は風刃ウィンドカッターのように風に圧をかけ、物体を切断できるほどの効果を持たせることができるようになる。

つまり、属性を使って何か効果を持たせることができるということだ。


では、くうのスキルアップはどうなるのだろう。

くうは全。

火も水も風も地もくうと言ってもいい。

ならば、風刃ウィンドカッターが使えれば上級ということでいいのだろうか。

くうとは全。

そして、くうそらのように実体のないもので、その生活魔法レベルってどういうことだろう。

「頭がこんがらがってきた。全然わからない……」

「お嬢様、何に躓いているんですか」

ネイトが話しかけてくる。

護衛になってから、ネイトはこうして私が行き詰った時に声をかけてくれるようになった。

ネイトはドレイト領の我が家で訓練をしていたから、私がメリンダに勉強の成果を発表していたことを知っているからだ。

自身が理解できなくても、私の話を聞くことが重要だと考えているようである。

「あのね……。私の属性、くうっていうのだけど、スキルアップってどうなるのかなって」

これは護衛の仕事じゃないなと思いながら、ネイトの優しさに甘えてくうの存在、一般的な火、水、風、地のスキルアップの道筋を話していく。

ネイトは腕を組み、うんうんと頷きながら、聞いてくれる。

「やはり私にはわかりませんね。けれど、疑問もあります。私の身体強化も四大魔法と同じ道筋なのでしょうか。初級はなんとなくわかります。より速く走れるようになること。けれど、中級の複雑な形というのも、小さなものを大量にというのも身体強化には当てはまらないような気がするのです。上級は猶更」

「あぁ、身体強化は付与魔法だから属性とはちょっと違うの……」

そう。

聖魔法や緑魔法、身体強化は付与魔法だ。

だから四大魔法と同じ道筋を通らないのは当たり前だ。

四大魔法は属性であり、聖魔法などはその属性を使って人や物に付与している状態だから。

そこまで考えて、はたと気づいた。

付与魔法とは、属性を人や物に付与して効果を引き出すこと。

つまり上級と同じではないだろうか。

いや、付与魔法の方が断然難しい。

そういえば、付与魔法使いは何でも付与ができるわけではなかった。

付与魔法使い(火)、付与魔法使い(水)のように属性が限られている。

ならば、こういうことなのだろうか。

まずは単純に小さな火を出す生活魔法レベルの魔法が使え、次に単純な形にとどめられる初級レベル、複雑な形や大量の物を扱う中級に、別の効果を引き出す上級を経て、そしてそれを人や物に付与できるようになる。

さらに、それを複数属性でできる人が、聖魔法や身体強化、緑魔法のスキルの人たちなのではないだろうか。

「お嬢様?」

途中で黙ってしまった私に、ネイトが不思議そうな顔で問いかける。

「多分ネイトはもうスキルアップしきっていると思う。身体強化はすでに上級……ううん、特級レベルだから」

それと同時に思い至る。

スキルは属性であり、付与魔法も属性をスキルアップさせたものだとしたら、スキル鑑定具はきっと魔法陣で勉強する時間をカットするためのものだ。

鑑定具で鑑定すると簡単な火、水、風、地が使えるようになる。

その中でも一部の魔法の素養が高い人は、最初から付与魔法が使えるようになる。

そして、四属性すべてのバランスが良く、魔法の素養が高い人なら聖魔法や緑魔法、身体強化になるのだ。


わかった。

魔法陣が廃れた理由が。

複雑な魔法陣を描くのが面倒だから廃れたのだと思っていた。

魔法陣を描くのは時間も手間もかかるから。

けれど多分それは半分正解で、半分間違いだ。

時間と手間をかけたくなかったのは、魔法陣を描く時間と手間ではない。

魔力感知をして、魔力コントロールをして、魔法陣の書き方を覚えて、古代語を学んで……という魔法習得までの時間と手間だ。

私は、魔力感知と魔力コントロールだけで1年はかかっている。

今思えば、私はくうだから、学んで訓練してという過程は必要だし、努力もしたけれど、どの属性も躓いて一歩も進めなくなったということはない。

けれど、もし私が火のスキルで、スキル鑑定具がなかったとしたらどうだろう。

自分には何ができるかわからないまま、初級の水球ウォーターボールすら、生活魔法レベルの水を出すことすらできないと焦っていたかもしれない。

それに私はライブラリアンだからすぐに魔法の本を調べられたが、平民なら本を読めない人もいるだろう。家庭教師を雇えない人だっているだろう。

そうなると、実は聖魔法を使えるほどの魔法センスがあったとしても、それを知らないまま初級魔法しか使わず生涯を終える人もいそうだ。


ユリウスさんは言っていた。

スキルのない世界。スキルによって生き方を縛られない世界はどう思うか、と。

私はその時思っていた。

ライブラリアンだから結婚も就職も難しいと言われていたから、スキルに縛られない世界はなんて素敵なのだろうと。

けれど、今スキル鑑定具の意義に気づいてその意見も揺らぐ。

自分の得意を知らずに過ごすのと自分の得意に縛られて生きるのは……どちらがいいのだろうか。

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