第209話
「お嬢様! そろそろ行きますか? 例の洞窟」
そう言うのは、ネイトだ。
ネイトは団子屋のお姉さんから洞窟の話を聞いてから毎日こうして誘ってくる。
言葉にはしないが、私にはわかる。
ネイトは例の洞窟に行きたいのだ。冒険のにおいをかぎ取っているのだと思う。
ワクワク感が隠しきれていない。
「うーん。そうだねぇ……」
ベッドの上で本を読みながら、生返事をするのはもちろん私。
返事のキレが悪いのは、今シャンギーラの神話を読み直しているからだ。
神と名がつく洞窟に行く前に、頭にしっかり入れておきたかった。
幽霊が怖いわけでは……ない。
「お嬢様? まさか幽霊が怖いのですか?」
「大丈夫……です」
へなへなとベッドに沈み込む。もういつまでも先延ばしにしていたら駄目だ。
後回しにしたらするだけ、怖くなる。
わかっている。
「今日行ってみよっか」
そう言うや否や、ネイトはイヴに知らせに行った。
同じ部屋にいたアグネスは、「本当に行くのですか?」と言っている。
きっとアグネスも怖いのだ。
その時、私のクアルソが光った。
魔力を通す。
「お嬢様! 聞こえますか?」
「サリー?」
「わぁ! 本当だ。本当にお嬢様の声が聞こえる! すごいですね!」
クアルソからサリーの弾んだ声が聞こえる。
なんでも、サリーとルカがシャンギーラについたそうだ。
「それなら、迎えに行かなくてはね!」
そう言った私の肩を誰かが叩く。
「お嬢様は洞窟です」
声と発言内容で誰かは分かっていたが、恐る恐る後ろを振り向く。
案の定、私を洞窟に誘うのはネイトだった。
そうだよね。
ネイトは護衛だから……私が行かないと、洞窟行けないもんね。
「でも迎えに行かないとシャンギーラ語読めないだろうからわからないと思うし」
そう言い募ったけれど、それも即座に却下されてしまった。
今度はアグネスに。
「それなら、私が迎えに行きましょう」
「アグネス⁉」
「まだシャンギーラ語すら読めないので、私は落書き解読の戦力になりませんしね」
そういうわけで、アグネスはサリーとルカを迎えに行き、私とネイトは洞窟に行くことになった。
「あのお姉さんの話だとここら辺……」
言葉が途切れる。
入り口を見つけた。
人が一人通れるくらいの入り口。中は暗くて外からは窺い知ることはできない。
幽霊のという話を聞いていたからか、どことなく怪しい感じがする。
「では、行ってみましょう!」
「ネイト……楽しんでない?」
「お嬢様、楽しみましょう?」
あ、開き直った!
私が火をつけ、通路を照らす。
もちろん先に通るのはネイトだ。
私が火をつけた途端、先を歩き始めたのはよかったが、後ろは後ろで闇が追いかけてくるようで、怖い。
つまり、置いていかれないようにネイトについて奥へ足を進めるしかないのだ。
外よりは涼しい洞窟内。
前を行く炎が怪しく揺れる。
まだ入り口付近だが、もうすでに怖い!
1歩1歩先へ進む。
ネイトはきょろきょろと周りを見ながら、「まだ何もないですね」などという余裕まである。
しばらく何もない細い1本道を歩いていると広い地に出た。
「きっとここですね。お嬢様火を大きくできます?」
空間全体が見えるよう火力を大きくする。
「うわぁ」
照らし出された壁や天井は、お姉さんの言う通り、シャンギーラ文字で埋め尽くされていた。
「す、く、れ、お……。私は1文字もわからないです。読める文字も、意味がさっぱり……。お嬢様はどうです?」
「……」
「お嬢様?」
「読めるわ。ほら、ここ。ふ、え、ご。これは古代語で火を表す言葉。ほらここは、あ、ぐ、あ。これも古代語で水。ということは……。あった。ここは風だし、こっちは地」
それによく見ると、途中の丸や三角などの記号は魔法陣に使う記号だ。
どこから読めばいいんだろう。
壁や天井の端の単語を拾っていく。
「と、れ、す」
つまり、古代語で3ね! こっちの壁は……ど、す。つまり2。
じゃあ1は?
振り向いて入ってきた入り口を見る。入り口の上に古代語で1と書かれていた。
だいぶシャンギーラ語も話せるようになったけれど、正直シャンギーラの文字はまだ私も心もとない。
手元にライブラリアンで辞書を出す。
そして。
「
ずぼぼと足元から土が盛り上がり、私を天上付近へと押し上げる。
これで天井近くの1と書かれたところと同じ高さに来れた。
辞書を見ながら、シャンギーラの言葉を読んでいく。
え、る、ぷ、り、ん、し、ぴ、お
「はじめに」だ。本当に、読める!
シャンギーラ文字を使った文章を紙に写しながら、同時に古代語へ翻訳する。
時折古代語でもわからない言葉にぶつかる。
その単語に印をつけて、先をまた書き写す。
そんな時間がどれだけ経ったのだろう。
いきなり、目をふさがれた。
「お嬢様、もうきっと夜です。みんな心配しているでしょうから帰りましょう」
ネイトは何度も声をかけたそうだが、私は没頭するあまり聞こえていなかったようだ。
気が付けば、腕のクアルソもピカピカと光っている。
慌てて魔力を通すと「よかった! お嬢様無事ですか⁉」とアグネスの安堵した声が聞こえた。
慌てて外に出るともう外はすっかり夜だった。
「テルー! 大丈夫だった?」
洞窟を出たところで息を切らしてやってきたルカとイヴとも合流した。
文字を読むのに没頭して時間が分からなかったのだと知ると、「もー心配したんだから!」とイヴにはこってり怒られた。
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