第205話

本を読んだその日から、私たちと村の人は仲良くなっていった。

ゴラーの伝記は子供向けの本と違って、音読するには長い。

だから、読んだのは数話だけだ。

それでも話し終わると、村の人たちは目を輝かせて感想を話し合った。

私たちがこの村に到着したときのように、ただただそこに居るだけの人ではなくなっていた。

「明日にはもう行っちゃうの?」

帰り際に一人の男の子が言った。

村人全員がその言葉でピタリと黙り、私の言葉を待っている。

馬を休ませるためだけなら、明日に出発してもいい。

けれどどうしてもそんなことは言えなくて、「明日はまだいるわ」と答えた。


翌日からは、一緒に村の立て直しを手伝った。

午前中は、壊れた家を解体して回った。

ネイトやアグネスが心配するので、魔法は使わずに手伝った。

ネイトは力仕事を、アグネスと私も持てる範囲でがれきを移動させたり、子供たちと一緒に近くの森に採集に行ったりした。

私やアグネス、お婆さんや子供たちで村人みんなの昼ご飯を作った。

そしてお昼休憩の後は、また少しゴラーの物語を読み、また午後からはみんなでがれきを集めたり、使えそうな廃材とそうでないものに分けたり、畑の様子を見に行ったりするのだ。

そうやって1日が終わり、夜になる。

もちろん1日の最後にはまたゴラーの物語の続きを読む。


毎日、昼と夜に少しずつゴラーの物語を読む。

そうこうするうちに、ゴラーは放蕩息子から古代遺跡を発見した偉大な冒険家になり、村はがれきの山から1軒、また1軒と簡単な作りではあるが家が建ってきた。

村人たちだって、少しずつ活気が戻る。

木を切ったり、がれきを運んだり、木の実を収穫したり、畑を再び耕したり……そんな日々の仕事をしながら「ゴラーの行った遺跡ってどこにあるんだろうな」とか「ゴラーだって遊びまわってたんだから、俺だって将来はわからないぜ」などとゴラーの談議に花を咲かせる。

村に徐々に活気が戻り、ゴラーの物語も読み終わったころ、私たちはようやくこの村を後にした。


からからと車輪が回り、シャンギーラへと向かいはじめる。

だんだん遠ざかる村の入口にはいまだに村の皆がいて、馬車に向かって手を振ってくれている。

子供たちは途中まで走って追いかけてきてくれた。

「ねぇ。本ってすごいよねぇ」

「えぇ、すごいです」

アグネスとしみじみ思う。

竜に何もかもを壊され、生きる希望を失っていた村の人たち。

強大な力を前に何をしたって無駄だと思っていたんじゃないだろうか。

それが、もうみんな前を向いている。

夜、どこかの家から叫び声が聞こえることがあった。

すすり泣く声が聞こえることもあった。

きっと日常が突如なくなった恐怖はまだ消えていない。

だけど、それでも前に進み始めた。

「私……やっと役に立てたって気がする」

この村では魔法を使って家を建て直すことはしなかった。

結界で一気に村をきれいにもしなかった。

けれど自分たちの力で、村は蘇っていった。

私は本を読んだだけ。

それだけだけど、役に立てた。

「お嬢様は気が付くの遅いです。私も言ったでしょう。お嬢様と出会って初めて棒切れをもって走り回る以外の楽しさを知ったって」

通話コールを通して、御者席のネイトも話に加わる。

「お嬢様がひたすら本を読んでいる姿を見た人は、絶対そこにはどんな面白いことが書いてあるんだろうと気になります。新しく知ったことを楽しそうに実験したり、話したりする姿を見れば、新しい発見と言うのはどんなに面白いことなのだろうと思います。面白いお話を聞けば、もっと聞きたい、読みたいと思います。それって一つ一つは些細なことに思えるかもしれませんが、その人の人生を変えているんですよ」


だから、私が楽しく本を読んでいるだけでも役に立っているとネイトは言う。

そういう小さな変化が重なって、いつか自分もそんな楽しいことをしてみたいと思えるから。

楽しいことのために頑張ろうと思えるから……と。

「そう思わない人もいるのかもしれませんけれど、少なくとも私たち専属はそう思っていますよ」

ライブラリアンは本を読むだけの無能だったはず。

それが読むだけでいいなんて。

今まで一度も聞かなかった考えだったけれど、妙にうれしかった。

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