第204話

次の村についた。

ここはなかなかひどかった。

店という店はなく、みんな荒ら屋かテントかというような家に住んでいる。

だが今まで通った町のように「お金をくれ」と囲まれることもなく、「この世の終わり」と飲んで叫ぶわけでもなく、神に祈るわけでもなく、町を再興しようというわけでもなく。

ただただ人がそこに居る。

「旅の人かい? こんなところまでわざわざご苦労なことだねぇ」

一人のお婆さんが声をかけてきた。

「何があったんですか」

ネイトが聞く。

「竜さ」

「え?」

帝都の方角から来た灰色の竜が暴れていったのだとお婆さんは言う。

もがきながら飛んでいた竜は徐々に高度を落とし、ドスンとこの町に落ちたらしい。

落ちてからものたうち回り、小さなこの村はもうぼろぼろだ。

「それまでも魔物が増えて、暮らしが大変だったっていうのに。もうどうすればいいか」

竜がそんなに何体もいるわけがない。

絶対私が帝都から追い払った竜だ。

帝都を守れてよかったと思っていたけれど、そのしわ寄せがこの小さな村にいったかと思うと心が痛んだ。


馬に休息も取らせないといけない為、村の隅で休息させてもらう。

「お嬢様、本を! 本を読みませんか」

私の口数が少ないのを気にしてか、アグネスがこんな提案をしてきた。

「お嬢様は昔、孤児院でお話会をしていたとネイトから聞きました。私にも聞かせてくださいませんか」

「いいわよ。どんな本がいい?」

「今まで本はあまり読んでこなかったので、どんなと言われても悩みますね」

「じゃあ、私はあの騎士の話がいいです」

途中でネイトが会話に加わる。

ネイトが言うのは、孤児院の男の子たちに大人気だった騎士の話だ。

作中に出てくる「命に替えてもあなたを守る。我が名にかけて」と言う言葉は孤児院で大流行になった。

ちらりとネイトを見る。

ネイトはこの言葉を使って、二度も私に誓っている。

最初はただの冗談だった。おふざけだった。

けれど、最初の誓いからもう何年もたっているのに、他国にまで来ているのに、ネイトは今も変わらず私の横で私を守ってくれている。

「えぇ、いいわよ!」

そう言って、ライブラリアンの本を開き、騎士物語を読む。

ネイトは何度も聞いたはずなのに、二人して真剣に私の声に耳を傾けている。

最初は村の状態にショックを受けていたけれど、物語を読み進めていくうちにどんどんどんどん物語の中に入り込む。

そして、例の誓いのシーン……。

物語に出てくる騎士や湖の乙女の気持ち、そしてネイトと私の思い出まで思い出され、胸が詰まる。

なんでだろう。

孤児院で何度も何度も読んだ本のはずだ。

もうあらすじも、セリフも物語のラストだって全てわかっている。

それなのに、こんなに面白くて、心にしみるのは……なんでなのだろう。

孤児院で読んでいた頃よりも、むしろ今の方がよりこの本に近づけている気がする。

読み終わり、本を閉じる。


「やめないで!」

どこからか声が聞こえた。

声のした方を向けば、何人もの子供たちがこちらを見ていた。

ネイトが子供の頭にポンと手をのせる。

「続きは明日だ。もう暗くなってきただろう?」

「いや! 帰りたくない。夜に竜がおうち壊すかもしれないじゃない!」

竜が来たのは、夜だったそうだ。

最初に竜が落ちた場所が村の外れだったこともあり、その轟音を聞いて村の人たちは難を逃れた。

だが、一瞬で日常を破壊された恐怖はそうそうなくなるものではない。

特に小さな子供たちは。

「じゃあ、おうちの人に聞いてみて。いいって言われたら、もっとお話を読んであげる」

そう言うと、みんな散り散りになっていった。


子供たちが帰ってくるまでの間に、3人でシャンギーラの言葉を勉強する。

「ルーゴがありがとうでしたっけ?」

「違うわ。ラシアルがありがとう。ルーゴはまた後で、よ」

ざっ、ざざっ、ざっ

何人もの足音が聞こえて、顔を向ける。

子供たちが帰ってきたのかと思ったら、子供たちはたくさんの大人を連れてやってきた。

最初に話しかけてくれたお婆さんもいる。

「あの……ここで物語が聞けると子供たちから聞いたのですが、私たちもいいですか。どうも眠れなくて」

何を言われるのだろうかと身構えていた私たちに言われたのはそんな申し出だった。

ふっと胸をなでおろす。

「えぇ、もちろんです。それでは、私の大好きな冒険家の話なんてどうですか。ふふふ」


私を囲むように、村の皆が円になって座る。

周りにある焚火が村人や私たちの顔を照らす。

ぺらりとページをめくり、口を開いた。

『これは突如私の人生に入り込んできた風変りな男の一生を記したものだ。

これから私は彼から聞いた様々な話や、実際に現地へ行って聞き取り調査した結果を読者の皆様に話すわけなのだが、きっと読者の皆様は首をかしげるだろう。

「何を大げさな。そんなこと嘘なんだろう」と思うだろう。

けれどこれは本当の話だ。

読み終えた頃には、きっとあなたも彼のことが知りたくてたまらなくなるだろう。

もっと話を聞きたいと思うだろう。

私が今から語るのは、そんな男の話だ。

その男の名前はゴラー。

それが私が知る中で一番の冒険家の名前だ』

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