第203話

ネイトとアグネスと3人で楽しい旅にしようと準備をして、出発した今回の旅。

準備をしていたおかげで、寒さに凍えることもなく、食べ物に困ることもない。

レスリー様の見立てで買った馬車は快適だったし、いうことなし……なのだけど。

私たち三人とも、ちっとも楽しい気分にはならなかった。

ある町の入り口では、一人の老人がぐしゃぐしゃになった畑を一人黙々と片付けていた。

畑は踏み荒らしたようだった。

またある町の中心部では、酒瓶を片手に大声をあげている若者もいた。

「働くなんて無駄だ無駄! もうこの世も終わり。もうすぐみんな死ぬってのに働いたって意味ねぇーだろーがよ!」

何人もの人が集まって、一心不乱に何かに向かって祈っている姿も見かけたし、ある小さな町に寄った時なんて、馬車が町に入るなり、どこからか子供がわらわらと出てきて、馬車を取り囲もうとした。

恐怖を感じて、馬車のスピードを上げ通り過ぎて行ったけれど、「お姉ちゃん、お腹空いた」「お母さんが病気なの」「お金ちょうだい」と後方から声が追いかけてきた。


町から町へ移動する間は、魔物と戦うことも多かったが、盗賊に会うことも多かった。

「もうこの世も終わり」

酔っぱらいながら叫んでいた若者の声がこびりついて離れない。

若者がこの世の終わりだと叫んでいたのは、魔物が多くなり、被害が拡大していることだけでなく、帝都に出た竜もその要因の一つらしい。

そういえば、ルカと落ち合ったあの町も陰鬱な雰囲気だったと思いだす。

確か服屋の店主が怪我をして店を閉めていた。

食事処では売り切れのメニューが多かった。

それはつまり、魔物と遭遇してけがをしたり、魔物によって商品を荒らされたり、魔物と出合うから食材や、材料を取りにいけないと……そう言うことだったのだろうか。


私にはお金がある。

魔法で、手伝えることもあるかもしれない。

けれど、出会った全員を助けるほどのお金は、力は……ない。

どうしようもない。

私にはどうしようもないのだと言い聞かせて先に進むけれど、どうしても思ってしまう。

本当にどうしようもないのか?

何かできることがあったんじゃないか?

見捨てるのか? と。

荒れ果てた場所、薄汚れた場所にはこっそり結界をかけて綺麗にした。

せめて清潔な場所で、暮らしてほしくて。

けれど、それは何もできない私が少しでも何かしたと思いたいがための自己満足なのだろう。


「お嬢様、マティス奥様が言っていたこと覚えていますか。心と体がつながっているという話です」

野営をしている時に唐突にネイトが言った。

その話なら覚えている。

あの誘拐事件で私を守るためにルークが戦えなくなったこと、護衛が一人亡くなっていたことを知って、落ち込んでいた私に母様が話してくれたのだ。

心と体は繋がっている。

だから、胸を張っていたら前向きに、背を丸めてうつむいていたら思考も後ろ向きになるのだと。

内面の気持ちは見た目に現れ、逆に見た目に引っ張られて内面が変わるなんてこともある。

だから変わりたいときは見た目から変えてみる。

虚勢でもいいから胸を張っていたら、いつかそれが本当になると。

「この旅の間、私は何度もこの奥様の言葉を思い出しました。なんでなんでしょうね。治安が良くない町ほど汚れていました。きっと町もそこに住む人の内面を映しているんでしょう」

荒んだ心の人が多ければ、町も汚れる。

町に住む人の内面が町に現れるから。

そこに住む人と町も繋がっているのだと気が付いたとネイトは言った。

「だから。お嬢様のしたことは意味のあることだと思います」

「え?」

「こっそり町を綺麗にされていたでしょう。町と人は繋がっている。だから町をきれいにすれば、きれいな町に引っ張られて、きっと人も変わるはずです」

ネイトの言葉は、落ち込んでいた私を慰めるためのものだったのかもしれない。

けれど、なんでか心にスーッと染み渡り、ふっと心が軽くなった。

「ふふふ。ありがとう」

「どうしたしまして」

久しぶりに心から笑った気がした。

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